『呪縛』

○第7話○ 運命の選択(その4)








 乾の意識は途切れ、彼はピクリとも動かなくなった。
 直ぐ側では多摩と巽が対峙し、彼らもまた微動だにしない。


 異変があるとすれば、多摩が巽から眼が離せないということだった。
 正確には、巽の瞳から放たれる光に。

 妙な感覚だった。
 身体の隅々から心の奥底まで全てを覗き見られているような。

 その妙な感覚から抜け出すことは、どうやら出来ないらしい。
 多摩は二度三度他へ意識を向けようと試みて、それが無駄な事と知った。


 そして、



「・・・・・・・・・」



 最初は走馬燈のように・・・

 次第に嵐のように己の内部を何かが駆けめぐる。



 一体何が起こっているのか・・・思考の冷静な部分が状況把握をしようと考えを巡らすも、答えを導き出すには至らなかった。







    神子の里、館で一人過ごす己の姿。

    永遠に続くかと思われる程、長きに渡る静寂を生き、

    時折外に出てはままごとのように神託を授け、再び館に戻るだけの日々。

    繰り返される輪の外で、唯一見えた色鮮やかなものは・・・

    笑う、泣く、怒る、喜ぶ、考えることと行動が同時に飛び出る無邪気な少女。

    共に過ごしたのは本来なら記憶にすら残らないような僅かな日々。

    それでも少女は別れが近づくと、小さな柔らかい手で懸命に抱きついてきた。

    多摩が好きだと幼く泣く様子に戸惑いを覚えながらも、

    その存在全てが欲しいと、漠然と思った自分がいた───










 これは・・・。

 そうだ、これは俺の、今に至るまでの歴史だ。


 これだけが俺の生きた歴史。




 この後知ることになる己の生い立ちと、それが原因で生じた出来事で俺の数年間は停止するに至ったが、それに対して思うことは特にはない。
 おそらくは、この先もずっと。




 自由とは何か。

 思うままに過ごすとは何か。






 答えは出ている、俺は美濃と───















 ───ボコ・・・ッ・・・・・・











「・・・・・・・・・・・・・・・・?」






 奇妙な音が己の身体の中から聞こえ、意味も分からず首をかしげる。


 何かがおかしい。



 俺の頭の中、思考、同じ事を繰り返している。







    美濃との別れ、


    まるで今生の別れのように泣きはらした顔で、あの子が抱きつく・・・


    今は一緒にはいられない。

    そう思っていても、本当は一秒でも長く・・・


    ただあの子を見ているだけでも・・・・・・












 ───メキ・・・、ボキ・・・・・・ッ







「・・・・・・・・・・・ッ!?」





 その時ようやく巽の瞳から意識が逸れた。

 そして、己の身体に起こる激痛から異常を知る。





 腕、両腕とも、見事なまでに骨が砕けていた。






「・・・・・・なんだ? ・・・・・・面白いことをする。触れずに身体を壊せるのか・・・?」



 喋ると何かが腹から沸き上がり咽せそうな・・・


 ゴホッ、と一回だけ咳き込むと、待ちかまえていたかのように血液が吐き出された。






 ・・・・・・・・・内臓を、潰したか。







 ───だが、




「・・・・・・それだけだと・・・ッ!? ・・・・・・これ程、残酷な人生を歩みながら、あなたが傷ついたのは、唯一度、美濃さまとの別れだけだというのか・・・!?」


 眼前で血を吐く多摩を、巽は信じがたいものを見るような眼で、呆然と立ちつくしていた。


「おまえ、面白い力だ。・・・・・・ゲホッ・・・・・・、あれは俺の歴史、何をした? あれを見るだけでどうやって壊す?」

「有り得ない・・・・・・」

「・・・・・・?」

「この力を使って生きていられる者がいるなど・・・・・・ッ、これは誰もが持つ心の傷を何万倍にも増幅させ身体を傷つける事で具現化したものだ。耐えきれずに身体が爆発してしまうケースが殆どで、心に傷が多ければ多い程、跡形も残らない・・・いや、傷のない者など存在しない・・・!」



 だからこそ、相手が多摩であろうと、これだけの外傷は与えられた。

 しかし、こんな事は初めてだった。




 力を使って“身体が残っている”人物など、これまでただ一人としていなかったのだ。






「俺の身体を爆発させる気だったのか?」


 血に濡れた唇から、真っ赤な舌がのぞく。


「木っ端微塵になった俺を、おまえは想像していたのか?」



 ぺろり、己の血液を旨そうになめあげる。
 瞳が怪しく光った。




「面白いな、おまえ。・・・・・・とても面白い。殺すには惜しい・・・・・・」


「・・・・・・ッ」




「そうだ、・・・・・・おまえ、俺に服従しろ」



「・・・なっ!?」



「その力も、他の輩にはもっと効果的に働くのだろう? これからは俺の為に活用すればいい」


「・・・馬鹿なッ!! 俺は陛下の為に働き、この先は美濃さまの為に生きる!」



 巽が鋭く言い放つと、多摩の眼が更に怪しく紅く光った。



「服従とは身も心も従うというもの。命令には忠実に・・・主君に背く事は赦されぬ」



 ニィ・・・、と寒気のする笑みを浮かべ、多摩は逆流する血液に再び咽せた。
 ビシャ! と嫌な音をたて、吐き出された血液を巽の頬が浴びる。



「・・・・・・くっ・・・」


 血の粒が眼に入り、顔をしかめる。




「・・・おまえ、自分自身に誓いを立てていると言ったな・・・?」




 空が黒い。

 雷雲がけたたましく鳴り響き、館の側に立つ大木に直撃した。




「これからは俺に誓いを立てろ、永遠に絶対服従すると」



 この紅い眼が世界を闇へと覆い尽くす。

 絶対に支配はされない、・・・強く念じ続けたが、頬にかかった多摩の血がジクジクして。
 ジクジクと・・・驚くほどの早さをもって自分の中へ浸食して。


 食い尽くされる。


 誰より輝く紅い瞳が闇を彷徨わせ、逃げ場も与えず四方から指の先から髪の一筋までをも食らいつくし・・・









「・・・・・・・・・・・・ぅ・・・・・・・・・ああぁああ・・・・・・ッ・・・・・・アーーーー・・・・・・・・・・・・ッ───」










 ───抵抗が・・・・・・闇にのまれる。





 己自身の誇りも、

 信念も、

 希望も、





 描いていた未来すら・・・








 ───美濃さま・・・・・・








 暗黒が心を蝕み、喰らいつくす最期の瞬間、

 彼女の笑顔が浮かび・・・







 ・・・そして消えた。














その5へつづく


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