『呪縛』
○第8話○ 破滅の恋(その2)
乾は部屋に戻るなりここを出ることを伊予に告げた。 「・・・えっ・・・・・・ここを・・・出るのですか?」 彼女は酷く驚いていた。 「だって俺ら、邪魔だろ?」 「・・・そう・・・ですね」 俯きそれきり黙り込む伊予の気持ちが分からないわけではなかった。 彼女は多摩に恋心を抱いている。 だがそれは、全く相手にされなくても、ほんの少し姿を見かけるだけでも構わないと思ってしまうほど、望みの無い儚い恋だった。 「お前のそれはさ・・・報われないの、わかってんだろう?」 伊予は小さく頷き、力なく笑う。 そんなことは、これまでの扱いで厭と言うほど分かっている。 彼女は本来なら多摩の子を産むために選ばれた女の一人だった。 これ以上無いくらいの栄誉な出来事だったのと同時に、幾度か多摩が通り過ぎる姿を家の中から見ていた伊予は、それだけで彼に理想を描き運命を感じてしまった。 だが、実際の多摩は想像とは全く違っていた。 触れるのさえ厭わしいと拒絶され・・・かわりに乾の相手を強要されたりもした。 良い思い出なんて・・・無いに等しい。 ・・・けれど・・・どんな酷い仕打ちを受けようと、あの美しい姿で残酷に笑みを浮かべる様にどうしようもなく惹かれてしまう。 どうにもならない気持ちだけが消えることなく、胸の深い所に残ってしまったのだ。 「この数日、多摩が誰と何してたか、知ってるんだろう?」 「・・・・・・えぇ・・・」 あの腕が抱きしめるのは私じゃない。 あの目が見つめるのも、唇を重ねるのも・・・全部全部、私ではない、たった一人の為だけにある。 乾は悲しそうに俯く伊予を見て、『あ〜ぁ』とため息を漏らす。 ・・・・あんだけ無視されてて・・・すげぇなぁ・・・ そしてふと、ある事に思い至る。 今度は扉に背中を凭れて静かに佇む巽に目を向けた。 「そう言えば・・・巽さぁ」 「・・・何だ」 「お前はどうなの?」 「・・・何のことだ」 あれだけ王を敬愛していた男が、まるで心を乗っ取られてしまったかのように、今は多摩に跪いてみせる。 勿論演技なんかじゃないってことは分かっている。 だが・・・どうしても引っ掛かるのだ。 「・・・・・・よく考えたら、記憶が無いとか言うわけじゃないよな? 俺の事分かってるんだし」 「・・・何を言っている?」 「てことは、姫さまの事だって覚えてるって事だよな?」 「・・・・・・」 そうそう、それだよ。 乾に対する接し方が全く変わっていないということは、多摩に支配されていると言っても記憶が消えたわけではないのだろう。 ここ数日の巽の行動を見ていても操り人形という雰囲気はなく、今までの彼のまま自分の意志を持って静かに過ごしていると理解する方が自然だった。 王に対して抱いていた家臣としての絶対の気持ちが、多摩のものになったというだけだとすると・・・ ・・・・・・だったら。 「・・・・・・・・・まさか・・・・・・姫さまの事は・・・・・・・・・・・・」 何だかとんでもなく悲惨な事に気づいてしまった気が・・・・ 巽は表情を変えず、静かに口を開いた。 「主の想い人だ・・・・・・この気持ちは表に出て良いものではない」 ・・・・・・あぁ・・・やっぱり・・・そういうこと・・・・・・ 「やっぱ、ここを出て正解かもね・・・・・・」 苦笑いしか出来ないこの状況に、乾は一度だけため息を吐いた。 ・・・まぁ、でも、多摩の天国も今だけだろう。 姫さまに堪えられるわけがない。 真綿にくるまれて育った姫さまが、多摩の狂気を理解出来るとはどうしても思えないんだ。 相思相愛、なんてやってくるわけがないんだよ。 その方が楽しい。 俺は、もっと多摩が狂うのを見てみたい。 ▽ ▽ ▽ ▽ 翌朝を待たず3人は宮殿を出て行った。 巽は変わらず寡黙に無駄なく、乾は持ち前の愛嬌ある笑顔で手を振り・・・ そして、紅一点の伊予は最後まで多摩を恋い慕う目で寂しそうに見上げたが、一度だけ会釈をして何も言わず旅だった。 多摩は朝陽が上るまで空を見上げ、障害物の無い平らな世界を心地よく感じていた。 ふと、乾の言う政治的に、という言葉が妙に頭を掠めたが、多摩の思考はそこまでしか追いかけなかった。 そろそろ中に戻ろうと思った矢先、人影が視界に入ったからである。 人影は宮殿正面に佇んでいる多摩から見て西の出口からふらふらと出てきた。 「・・・・・・美濃」 見紛うはずもない。 寝ているあの子を置いて出て、1日以上経過している。 目覚めて誰もいないと知り、逃げだそうと考えたのだろう。 取る物も取りあえずといった風で、布を身体にただ巻き付けているだけのように見える。 だが、勢いで飛び出したものの・・・・・・ 目の前に拡がった虚無の光景に愕然とし、よろめきながらその場にへたり込んでしまった。 多摩は美濃のいる方へ足早に向かう。 近づくほど、彼女の呆然とした様子がよく分かる。 何が起きているのか理解出来ず・・・逃げることも忘れてしまっているようだった。 しかし、かさついた土を蹴る足音にビクリと震え、多摩が近づいて来た事に気づくと慌てて立ち上がり、もつれそうになりながら走り出す。 逃げるその様子が堪らない気分にさせる。 懸命に走っても距離が簡単に縮まってしまうのに、蒼白しながら息を切らすその様子が胸をくすぐる。 「どこへ行く・・・?」 美濃の右腕をあっさり掴んで引き寄せ、多摩は彼女の耳元で囁いた。 巻き付けていただけの布地は勢いで外れ、フワリと風に舞い地面に落ちた。 「・・・やっ・・・・やっ、やだっ!!! いやっ!!!」 じたばたと藻掻き、全身で拒絶を示す。 「いやっ、いやっ、ここはどこっ!?」 「おまえの方がよく知っている」 「こんなとこ知らないっ! 何で何もないの!? 何で誰もいないの!? みんな、どこに行ったの!? 私を置いてどこに行っちゃったの! いやぁああっ、父さま、母さま、巽ぃ! どうして私も一緒に連れていってくれないの?」 感情が爆発して泣きわめく美濃の口からは次々と彼女の愛しい名前が飛び出し、多摩にとって行き場のない思いが募っていく。 目眩がする。 何度も何度も美濃は、自分以外の者に思いを馳せて泣き叫ぶ。 それはあまりに遠すぎて、酷く苛々するものだった。 「・・・・・・んぅ・・・っふううっ!!!」 多摩は美濃の口を手で塞ぎ、後ろから更に強く抱きしめた。 その口で俺以外の名を呼ぶな。 「───そうだ、おまえはここを知らない。ここは俺たちだけの世界。誰もいない二人だけの世界だ」 「・・・・・・っ・・・・・・ふぅ・・・ぅううっ」 身につけるものの無くなった柔らかい肢体を掻き抱き、彼女の肌に手を滑らせる。 そこで初めて何も身に纏っていないことに気づいたらしく、驚き藻掻くか弱い力を容易くねじ伏せた。 「もう俺とおまえだけ、永遠に二人の世界で生きるのだ」 「・・・んぅっ、んんっ、ふぅぅうっ・・・っ」 指が下肢に触れる。 滑らかな太ももを伝い、震える彼女を無視しながら無遠慮に中心に辿り着いた。 「・・・んっ、ん、・・・ぅんーーっ」 蕾を擦って嬲るように刺激してやると、この数日で覚え込まされた身体は従順に反応を示し、美濃の息は上がり、頬は薔薇色に染まった。 多摩はその頬にキスを落とし、そっと囁いた。 「俺から逃げるつもりだったのか?」 「・・・ふぅ、んーー」 「どこにいても俺はおまえを見つける。逃げることは赦さない。・・・・・・すこし、お仕置きが必要だな」 「っ、んぅっ、んっ、んーっ、っ」 指が一つ中に入って淫らに動く。 こんなに晴れた空の下で・・・そう思うと美濃の頬は羞恥で更に紅く染まった。 更にもう一本指が増やされ、既に知り尽くしたと言わんばかりに美濃の感じる場所ばかりを刺激され、逃げ場のない快感が突き上げて無意識のうちに腰を揺らしてしまう。 美濃の可愛らしい啼き声が手の中で奮えた。 多摩は彼女の耳を甘噛みする。 「・・・・・・んっ、っっっ、・・・っんーっ」 身体が小さく跳ねる。 余裕のない切羽詰まった表情で、限界まで追い込まれているのが見て取れた。 あと少し・・・理解した多摩は、一層奥まで刺激した。 「っ、ん、・・・・・・・・・っっーーーっ」 ひくひくと小さく痙攣し、美濃は指だけで呆気なく果ててしまった。 「・・・おまえの中・・・すごいな。うねって、締め付けて、・・・凄く熱い」 漸く口を塞いだ手を外し、耳元で多摩が囁く。 恥ずかしくて火を噴きそうだった。 反論する言葉も見つからない・・・ 涙が溢れた。 何でこんなに・・・。 どうしてこの身体は・・・こんなに簡単なの・・・・・・ 「ここは・・・もう指では足りないだろう?」 ガクガクと奮えて支え無しに立っていられないのを良いことに、多摩は美濃の身体を自分に振り向かせフワリと軽く抱き上げた。 「・・・・・・っ! あっ、あーーーっ」 突然の事に悲鳴をあげた。 多摩は抱き上げただけではなく、そのまま身体を繋げてきたのである。 あまりの深さに美濃の背中が大きく反れた。 「・・・あっあっ、あ、あぅ・・・・・・ッ」 息をつく暇もなく、多摩は宮殿へ歩き出した。 一歩の振動が大きく響いて、その度にぐちゅぐちゅ、と嫌らしい音が響く。 「いやっ・・・あっ、いや、いやっ・・・・・・っあぅ・・・ぁっ、やぁーーっ」 いやだ、こんな格好。 お日様の下で・・・こんな、非道い・・・・・・っ こんな事をされて、抵抗も出来なくて。 二人だけの世界って何? コワイよ、私、このままどうなっちゃうの? 藻掻いても力強い腕が抵抗を許してくれない。 涼しい顔で何度も何度も追い詰める。 助けて、助けて、 父さま、・・・母さま、 「・・・うぇえっ、・・・あぅ・・・っ、あっ、・・・た・・・つみぃ・・・っ!」 「・・・・・・っ、・・・・・・・まだ言うか・・・・・・・・」 無意識でついて出てしまった巽の名前に多摩の目の色が変わる。 不愉快だと言わんばかりに片眉をつり上げ、一層紅く光らせた目の色に美濃がおびえた。 「もうおまえには誰もいない。俺だけがこの世界で唯一の存在だ、俺だけを見ろ、俺だけを想って、俺だけを感じろ。他の誰を思うことも、口に出すことも、俺は許さぬ!」 強く唇を重ね、多摩は感情をぶつけた。 激しい独占欲に支配され、その感情がどこからやってくるものなのかは分からない。 そうだ、分からない。 何故美濃と身体を繋げたいのか、唇を重ねたいのか、 彼女の一挙手一投足に、これ程の強い感情が生まれるのかも。 「・・・あっ、あっ、あっ、あーーーーーっ」 思いのままに、彼女の中を掻き回し、貪欲に貪る。 おまえも・・・俺と同じになればいいのだ。 俺しか思い浮かばないほどに、埋め尽くされればいい。 「おまえのものは全部、・・・・・・・・・俺が壊したよ───?」 強く激しい感情に支配されるといい。 「・・・・・・っひ、・・・───ッ、あぁ・・・ッく・・・・・・っあーーーっ!!」 それが例え、憎しみでも─── 美濃の目の色が驚愕と、絶望と、怒りと、悲しみ、あらゆる感情に振り回されているのに、快感に抵抗できずに濡れている。 それでいい。 絶頂の中で、俺を憎いと、一番憎いと思って、俺だけで埋め尽くされろ・・・ そうしておまえは、永遠に俺の胸で殺意を抱きながら抱かれ続ければいいのだ。 その3へつづく Copyright 2009 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |