『呪縛』

○第8話○ 破滅の恋(その3)








 美濃は玉欄に似てきたな。

 父さまが目を細めて、あったかくて大きな手の平で私の頬を撫でる。


 うれしい、母さまみたいな女性になりたいの。

 いつまでも大好きな人に愛される、そんな女性になりたい。






 美濃、そんなに泣いてどうしたの?

 何を泣くの?


 きっと、悲しい夢を見ていたのね。
 でも、現実のあなたを泣かせるものなんて何も無いわ。


 あなたは誰より幸せになるの。

 皆、あなたが大好きよ。




 そうやって大好きな母さまに起こされる夢を見る・・・・・・






 貴女の未来に、私が隣にいてもいいでしょうか?


 そう言って巽の唇が私の頬に触れた。

 私が貴方の隣にいたかったのよ。


 受け止めてくれて、ありがとう・・・私は誰より幸せな花嫁になるんだわ。








 自分の中に多摩を受け入れる度、幸せな夢ばかり追いかける。


 幸せな夢を追いかけていないと、現実に押しつぶされてしまうよ。















「・・・ふぁ・・・・・・、ん、・・・・・っっ」


 多摩の赤い舌が、手の平をピチャ・・・と舐める。
 そのまま美濃の指一本一本を根本まで咥え込み、舌をねっとりと絡ませる。
 卑猥に動くその舌は全ての指を味わい尽くすと、ゆっくりと腕を伝っていき、鎖骨へと辿り着いた。

 多摩は彼女の身体中を舌と唇で愛撫しながら、ぐ、と腰を突き上げる。


「・・・っは、・・・ぁう・・・っ、・・・も・・・やだぁ・・・っっ」


 美濃は小さく喘ぎ、跳ね上がった。
 頬には涙の筋が幾筋も流れ落ち、止めどなく溢れる涙の粒が彼女の心の訴えだった。


 その訴えが届いたことは一度だって無く、多摩はきっと弱って陥落する様を愉しんでいるのだと思った。


「・・・おまえはいつも形ばかり抵抗する」

「あぅ・・・あっ、ん、・・・ふっ、は、っ、っあ・・・っ」



 どこから出ている声なの?

 なんて厭らしい声。


 だけど、美濃にはどうすることも出来ない程、力の差は歴然としていた。
 憎しみとか、抵抗とか、そういうのは多分、何かを考える余裕がある者だけに与えられた特権なのだ。
 朝晩の区別が無くなるほど身体を繋げ、まともな思考まで奪われ、悪夢のように同じ行為が繰り返し繰り返し。

 何度意識を手放しても、目が覚めれば繰り返される行為に抵抗を諦めたこの身体は、与えられる刺激に対して従順だ。



「・・・・・・んっ、んっ、・・・っはっ、あっ、・・・ああぁっ」



 ・・・恨めしい程、身体が受け入れる。

 身体の相性が良いのだと、お互いにこれ以上の身体は無いのだと、いつだったか多摩が言っていた。


 それならそれでいい。

 だから初めての時も乱れてしまったのだと、身体がぴったりだからいけないのだと言い訳が出来る。
 心を預けたわけじゃない、身体だけ陥落しただけなんだって。



 頭の中は靄がかかり、ドロッとした汚泥に身動きを封じられているみたいで、考えることを拒絶する。
 快楽に身を任せてしまいたいと、いつも途中から意識が曖昧になる。


「・・・ふぁ、・・・あっ、あんっ、あっあ、ああっ」


 ベッドの音が断続的に軋み、耳の側では多摩の熱い息づかい。
 行為が続くほど、足のつま先から頭のてっぺんまで自分のものではなくなっていく。

 多摩の与える快楽に溺れ、抵抗を諦めて、考えることすら止めて・・・



「・・・・・・っは・・・・・・、っっ、・・・あ、あ、あーーーーーーーっ」



 浅ましく厭らしく娼婦のように果てて何度でも受け止め、一体どこまで墜ちればいいの───




「・・・・・・あ、・・・ぅ・・・・・・は、・・・・・・たすけて・・・・・・」



 美濃の目が何を捕らえることなく空を彷徨う。
 伸ばされた手を掴むのは、多摩。




 ───助けは来ない・・・



 何度手を伸ばしても、愛してくれたあの人達はもういないのだ。





 だから・・・夢を見る。

 幸せな夢ばかり見る。





 ずっと夢の中にいれたらいい・・・


 もう、・・・・・・いやだよ。













「・・・・・・・・・・・・・ッ、・・・・・・はっ・・・・・・、もう・・・意識を飛ばしたのか・・・・・・」



 多摩は美濃の手に口づけ、荒い息を吐き出しながら泣きはらしたその顔を見つめた。

 朝から何度彼女の中に精を放ったかは覚えていない。
 一度身体を繋げると訳が分からなくなる。

 美濃が意識を手放すまで、酷いときは意識が無くてもこの小さな身体を貪って。



 泣き濡れた寝顔に手を伸ばし、頬を撫でる。


 滑らかな頬が、心地良い。


 多摩は美濃の唇をぺろ、と舐めると、食い尽くすように重ねた。
 甘い唇、柔らかい小さな舌が胸をちりつかせる。

 多摩は意識のない身体を抱き起こし、自分の腕で包み込んだ。

 あどけない寝顔と柔らかな感触を胸に抱き、多摩の冷たく整った顔が僅かに綻ぶ。



「・・・・・・やはり・・・・・・おまえは、温かい・・・・・・」



 どうして美濃だけが違う?

 美濃だけが、俺を狂わせる。



 この異常な執着は美濃にしか向かない。

 俺はおまえの全てが欲しくて今ここに居る。



 だから、足りないのだ。
 俺は全てを手に入れていない。




「・・・・・・・・・・・・おまえ、・・・・・・どうして俺を見ない?」




 いつも何かがすれ違う。

 おまえの中に刻んでいる間は、俺に縋り付くのに。

 抱いていないとおまえを見失う。



「・・・・・・美濃・・・・・・美濃・・・・・・おまえ、俺のことを、もっと強く憎め」



 夢の中でも憎い俺に抱かれるくらい、現実も夢も、逃げ場を無くして俺で狂えばいい。



 俺はどんなおまえだろうと、側にいるならいい。

 手を伸ばせば触れられるこの世界が、どうしても必要なのだ。






 そう考える一方で、胸の中の彼女を抱きしめる腕は壊れ物を扱うみたいに優しい。

 このまま壊してしまいたい衝動に駆られながらも、彼がそうしないのは、彼女を慈しむ気持ちが確実に存在するからだ。


 彼が求めるものは、本当はこういう関係ではなかったのかもしれない。

 もっと穏やかな方法があっただろう。



 だが、今更それを知ったからと言って、失ったものを取り戻すことなど出来はしないのだ。










その4へつづく


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