『呪縛』
○第8話○ 破滅の恋(その4)
───ぱしゃ・・・・・・ 穢れた身体を浄める為、多摩は美濃を抱きかかえながら巨大な浴槽に身を沈めた。 身体中に散らばる赤い鬱血の痕が、行為の激しさを物語る。 「・・・・・・ぅ・・・・・・ん・・・・・・」 意識が戻りかけているのか、美濃の瞼がぴくぴくと動いている。 多摩は別段それを気にかけることもなく、彼女の身体を湯に浮かべながら滑らかな肌を愉しんでいた。 その内に本格的に目が覚めてきたらしく、美濃の目がぼんやりと開いた。 「・・・・・・・・・・・・ぁ」 多摩は美濃の頬を撫で、僅かに眼を細めた。 次第に意識がはっきりしてきた美濃は辺りを見渡し、見知った風景に不思議そうな顔をした。 「・・・・・・・・・湯殿・・・?」 小さく呟き、もう一度多摩に目を向けると彼は僅かに頷いてみせた。 身体が弛緩する。 最適の温度に暖められた湯がとても心地良くて。 「・・・・多摩が・・・・・・用意したの?」 「他に誰がいる?」 「・・・・・・ん」 頷くと同時に多摩の手に引き寄せられた。 すっかり慣らされてしまった彼の胸の中・・・触れられることに抵抗を感じなくなってしまった自分が恐ろしい。 首の後ろを多摩の大きな手が緩慢に撫でる。 美濃は目を閉じた。 「・・・おまえはまだそのように油断した顔をするのだな」 「・・・?」 多摩が何を言っているのか分からなくて美濃は首を傾げる。 だが、それに対しての返答はなく、彼は美濃の瞼に唇を寄せ、額、頬、鼻、唇へと次々とキスを降らせてきた。 あまりに柔らかい動作で、気持ち良いと思ってしまう。 酷いことばかりする癖に、この唇は何故かいつも優しいのだ。 「・・・美濃、舌を差し出せ」 「・・・・・・」 命令口調に、思わず舌を差し出してしまう。 お互いの舌が重なり、くちゅ、と湿った音がした。 何度も何度も舌を絡ませて、一つに溶け合ってしまいそうな程濃密に絡まり合って・・・ 「・・・ぁ・・・ふ・・・・・・っ」 頬が上気して薔薇色に染まると漸く唇が離れ、欲情して濡れた眼をした多摩と視線がカチリとあう。 「・・・・・・美濃・・・・・・俺に触れてみろ」 「・・・え? ・・・ぁ・・・っ」 手を掴まれ、多摩の雄へと導かれる。 張り詰めた熱を手の平に感じ、びくんと奮えた。 ・・・これって・・・ 「やっ・・・っ」 「今更どうした、いつもおまえの中に挿っているだろう?」 「・・・っ」 生々しい感触が手の平を伝ってくる。 この熱も形も・・・知っているからこそ余計に・・・ 「・・・っ、・・・や・・・っ」 美濃は恥ずかしくて泣きそうになるのを堪えて多摩の身体を押した。 けれど掴んだ腕は離れず、手の平に感じる熱が一層脈打った。 ・・・こんなの・・・っ いやだ、少し前の自分はこんな事を知らなかったのに。 リアルな感触が頭の中を刺激して赤面する。 涙を滲ませ真っ赤になった美濃を見て、多摩は眼を細めて笑い、手を離してやった。 美濃は誰が見ても分かるくらいに、ほっとしている。 そんな所が多摩の嗜虐心を煽るのだが、本人は気づかないのだろう。 ・・・ざぶん・・・ッ 湯が大きく波打つ。 多摩は美濃の身体を抱き上げ、浴槽の端まで連れて行き腰掛けさせた。 目が合う。 誰より紅く綺麗だと思った瞳が美濃だけを映している。 色白の肌がうっすらと色づいて、着物を着ているときは華奢に見える身体にはしなやかな筋肉がついていて、濡れた長い黒髪が肌を伝う姿が妖艶で目を奪われる。 多摩みたいに綺麗になりたいって・・・・・憧れてたっけ・・・ 少し前までの私は、彼が綺麗すぎて自分と違う性を持っているなんて理解していなかったのだ。 彼は男性で、簡単に私の身体を自由に出来る力を持っていたのに。 「っあっ!!!」 びくん、と身体が跳ねる。 足を開かされ、身体の中心を彼の熱い舌が触れたのだ。 「・・・・・・このところ・・・少し激しすぎたか・・・?」 「・・・あっ、・・・っんんっ」 「・・・・・少し・・・赤くなっている」 「そんな・・・の。最初から酷くしたくせにっ・・・っ」 「それもそうだ」 「あっ、・・・ふ・・・ぅ・・・っん、」 いたぶるように舌が這う。 どうすればソコが反応するのか、彼にはもう手に取るようにわかるのだ。 「・・・・・・ぁ・・・」 ひく、と喉が鳴り背を弓なりに反らした。 身体が・・・おかしくなる。 「やぁ・・・っ、もぅ・・・・・見ないで・・・舐めちゃ、いやだ・・・っ」 私じゃなくなる。 もっと沢山考えたいことあるのに、いっぱい考えなくちゃいけないのに。 「おまえは、分かっていない」 「なに・・・が、」 「俺がいないことに、おまえはもう堪えられないのだ」 「そんなわけ・・・っ」 ない、と言おうとして、心を見透かすような眼をした多摩を見て、意味もなく言葉を失う。 多摩は器用に動く舌でもう一度ぴちゃ・・・と中心を舐め上げると、大きく反応する美濃を余所に、あっさり中断して顔を上げた。 「・・・なら、ここでやめるか?」 「えっ」 「こんなに溢れて・・・身体の方が余程素直に欲しいと言っているが」 人差し指をぐちゅ、と第二関節まで沈み込ませ、中でくるくると動かす。 「あっ、あぁ・・・っふ」 真っ赤になって熱い息を吐くと、多摩は意地悪く笑って指を引き抜いてしまった。 「・・・・・・ぁ・・・っ」 「・・・・・物足りないのか?」 「・・・・・・っ!」 図星を指されて益々紅潮する。 「そんな刺激だけでおまえが満足出来るわけがない」 「やめて・・・っ」 「ほら」 「あっあーーっ、」 言い訳のしようもない程、はしたなく濡らした秘部に人差し指と中指を一度に挿れられ、一段と反応してしまう所ばかりを擦られる。 擦られる度に厭らしい音がして、恥ずかしいのに快感が止まらなくて、美濃は無意識に自分からゆらゆらと腰を揺らしていた。 「・・・・・・欲しいと言え」 「あっ、あっ、あっあーーっ」 「俺が欲しいと、強請れ」 一層激しく抜き差しされ、美濃は涙をポロポロと零しながら喘いだ。 頭の芯から支配される。 「・・・あぁ、・・・ああっ、多摩・・・ぁ・・・っ」 美濃はやがてくる絶頂を待ちきれず、多摩の肩にしがみつき大きく腰を揺らす。 多摩はそれを手助けするように、長い指で彼女の一番感じやすい部分を擦ってやり、限界近くまで追いつめられて肩で激しく呼吸しながら乱れ啼く様子を静かに見ていた。 ・・・・・・と、 「・・あっ、あっ、・・・ぁ・・・・・・っ、・・・・・やぁーっ・・・」 もう直ぐ其処まできていた絶頂を前に、彼はまたしても指を引き抜いてしまった。 美濃は何が起こったか理解出来ないまま悲鳴に似た声をあげ、冷静な顔で静かに立つ多摩を目に涙をいっぱいに溜めながら見上げた。 「・・・・・・・・・ぁっ、・・・や・・・・・・どう、して・・・?」 多摩は濡れそぼった己の指を美味しそうにしゃぶると、愉しそうに笑った。 「今のおまえ、俺が欲しくて堪らない顔をしている」 「・・・っ!!!」 「だが・・・お強請りが出来なかったおまえが悪い。・・・今日はしない。残念だったな」 そう言うと、多摩は湯から上がり美濃の横を通り過ぎ、そのまま湯殿から出て行ってしまった。 何が起こったのかやっぱり理解出来ない美濃は、中途半端にされて熱くなったまま収まらない自分の身体をぎゅっと抱きしめた。 心臓がどくどくと脈打って止まらない。 身体が・・・・・・酷く疼いて・・・熱くて熱くて・・・・・・ 「・・・・・・やだぁっ、・・・どうしてぇ!?」 首をふるふると横に振り、違う違うと自分に言い聞かせた。 どうしよう。 こわいよ、私の身体・・・どうなっちゃったの? お腹の奥がジンジンして止まらない。 美濃はうまく立てない足に何とか力を入れて、フラフラしながら立ち上がった。 そして、側にあった桶に水をたっぷり汲んで頭から何度もかぶる。 そうすることで少しは熱が冷めた気がしたので、彼女は何度も何度も水をかぶり、終いには身体の芯が凍える程浴び続けた。 ───今のおまえ、俺が欲しくて堪らない顔をしている 「・・・・・・・・そんなわけないっ!!」 自分に言い聞かせていないとおかしくなりそうだった。 認めてしまったら全てが壊れてしまう。 絶対に多摩を求めてはいけないのだ。 だけど、多摩に貪り尽くされた身体は、一度快感を与えられると真っ白になるまで鎮まらない。 この身体は多摩と肌を重ねることを望んでいるみたいに、どんなに冷え切っても熱がくすぶり続けて・・・ 「・・・・・こんなの・・・ひどい・・・・・・っ」 壊れるほどに無茶苦茶にされる方が余程堪えられる。 いやだと言いながら思うままにされていた方が、こんな気持ちを知らなくて済んだもの。 美濃はそう思ってしまう自分が苦しくて悔しくて泣き続けた。 だけど、身体の奥の熱はいつまで経っても収まることはなくて。 このまま部屋に戻る事に美濃は恐怖を感じた。 またさっきのように途中まで弄ばれて寸前で突き放されたら・・・ もしそんなのを一晩中繰り返されたら・・・ 一晩だけじゃ終わらなくて何日も何十日も繰り返されたら・・・ 何を口走ってしまうか分からない。 彼の望むままの言葉を紡いでしまうかも知れない。 いやだよ、部屋に戻りたくない・・・っ 美濃は立ち上がり湯殿から出て行く。 辺りに多摩の気配は無く、彼は部屋に戻ったのだと少し安堵した。 決心するには十分なほど条件は揃っている。 ───彼女は二度目の脱走を試みたのだった。 多摩は部屋で一人、静かに窓の外を眺めていた。 その姿は一向に部屋に戻らない美濃を待つ様子でもなく、ただじっと窓の外だけに意識を傾けている。 一見静かで変化のないその様子は空が朱に染まる頃まで続いたが、宮殿の外を走り去る美濃の後ろ姿を見つけ、彼は僅かに微笑を浮かべた。 そして、歌を口ずさむように愉しそうに数え始めるのだ。 「・・・いーち、にーぃ、さん、しーぃ・・・ごー・・・」 ───百まで数えたら、またおまえを捕まえてやる。 ・・・全て彼の手のひらで踊らされているだけに過ぎないことを、彼女は思いつきもしない。 その5へつづく Copyright 2009 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |