『呪縛』

○第9話○ 差しのべられた手(その6)








「そんなところで何をしている。近くに来い」


 多摩の命令口調が湯殿に響いた。

 彼は浴槽の中央の噴水を背にして裸体を隠す事もせず、促すように振り返る。
 だが美濃が巨大な浴槽の端でもじもじしていると、多摩は不機嫌そうに片眉をつり上げてみせた。


「・・・ッ、・・・・・・・・・ッッ、だって・・・同じことされるなら・・・、部屋のほうが・・・・・・」


 そう言って美濃は目を逸らして俯く。

 今さら多摩と身体を繋げる事をどうこう言う訳ではなかったが、いつもの何十倍もの広さのある湯殿ではやたらと声も響くうえ、自分がとんでもない事をしているという背徳感に気づかされて、それがとても厭なのだ。

 しかしそんな思いが籠もった抵抗を彼が理解する訳もなく、自ら美濃の方に近づいてあっさりと彼女を抱き上げ浴槽の中央まで運んでしまう。


「・・・やッ」

「ここで俺がおまえを抱くと思っているのか?」

「・・・・・・だって・・・」


 いつだって多摩は場所なんて選ばない癖にと唇を噛み締める美濃の首筋を舌が這う。


「・・・んっ」

 小さな声をあげ自分を抱き上げる腕にしがみついた。


「・・・よく分かっているじゃないか」

「・・・ッ、・・・やっ、・・・耳・・・の側・・・で、しゃべんな・・・で」


 耳にかかる息で身体に力が入らなくなる。
 真っ赤になって身を捩ると耳たぶを甘噛みされ、指先で胸の頂を軽く弾かれた。


「・・・あっ・・・・・」

「こうやって直ぐに胸の先を硬く尖らせ、煽るような眼で俺を見る癖に・・・・・・おまえの唇はいつも強情を張る」


 そう言うと多摩は胸に顔を埋め、主張しはじめた頂を唇で挟み舌先を使って執拗に転がしていく。
 美濃は強く目を瞑って声を漏らさないよう懸命に堪えるが、抱き上げる多摩の力強い右手が意地悪な仕草で太股を撫で、彼女の反応を引き出そうとして、態と中心には触れずに指先が周囲をなぞるようにしてゆっくりと淫らに動きまわる。


「・・・・・・ぁ・・・・・・ッ、やぁ・・・やー・・・ッ」


 美濃はもどかしい動きに堪らず声をあげた。
 ハッとして首を振り今のは違うと訴えるが、肝心な部分には触れようとしなかった意地悪な指が今更だと言わんばかりに中心を捉えてしまう。


「・・・あっ、・・・あ、違・・・ッ」

「何が違う? ここを擦って欲しいんだろう?」

「んっ、・・・はっ、・・・っ、・・・ッ」

「・・・・・・中は・・・・・・これでは物足りないようだな」

「あっ、・・・ッ、やーっ、・・・ッ多摩・・・多摩・・・ッ・・・ッ」


 ほんの少し中心を擦られただけで甘い息を吐き出し、それを見計らったように中に指を入れられる。
 突然の侵入にも関わらず受け入れる事に何の抵抗も示さないこの身体は、何度も抜き差しされるうちに熱くなる一方で、美濃は浅い息を何度も吐き出しながら震える手で多摩の首にしがみついた。


「・・・・・・これでも違うとおまえは言うのか・・・?」

「・・・あっ、あっ、あーーっ、やぁーー」


 あっという間に陥落した身体は、自分が思う以上の淫らさを持って多摩が与える全てのものを貪欲に呑み込んでみせる。
 ぐちゅぐちゅとはしたない音を立てて彼の指を濡らし、腰を揺らめかせて恥ずかしい程に声をあげて・・・


「・・・望みのままに強請ってみろ。欲しいだけくれてやる」

「はっ、はぁっ、ああっ、あっ、ふぁ、・・・ッっは、あ、いや、いやぁ、・・・そんなに、・・・・ッ激しく、したら・・・、あ、ッ、・・・ッ、やーーーーーーぁッ!!」


 弱いところばかりを執拗に擦られ、彼の言葉ひとつでたがが外れた身体はびくびくと内も外も奮わせながら呆気なく上り詰めた。
 多摩は苦しそうに身悶える様を愉しそうに眺め、彼女を抱き締めながら浴槽に腰を下ろしてゆっくりと湯に浸かる。



「・・・・・・随分早いな・・・、湯殿でするのはいやなのだろう?」

「あ・・・ッ、はぁっ、は、・・・っはぁ、あ、・・・っふ・・・・・・イジワル・・・・・・・・ッ」


 恨めしそうに睨むと、多摩は眼を細めて笑った。
 口では相変わらず意地悪ばかりを言う癖に、何だかとても嬉しそうに・・・


「・・・・・・・・・っ・・・」


 美濃は思わず息を呑んだ。


 多摩は最近こんな風に笑う時がある・・・。

 それは目が覚めて多摩がいなかったあの日から・・・泣き出して多摩を追いかけたあの日からだった。


 だけど、それをどう捉えればいいのか分からない。
 本当に優しくされているような、まるで多摩に想いを寄せられているような変な気持ちになって困るのだ。




「・・・美濃・・・指だけで足りるのか?」

「・・・・・・っ・・・ぁ・・・」


 言葉に詰まっていると身体の中心に埋め込まれたままの指をぐるりと掻き回され、美濃の喉がヒクンと鳴った。
 上り詰めたばかりで敏感になりすぎた身体ではその刺激に追いつけないのに・・・


「・・・っやっ、いやっ、・・・多摩・・・多摩・・・ッ、ナカ・・・擦らな・・・で・・・ッ、・・・あ・・・やッ、お湯が・・・入って・・・やっ、やだぁ」


 多摩が浴槽の中に身体を沈めた所為で、指の隙間から湯が侵入してくる。
 美濃は涙を浮かべてこんなのは厭だとしがみついて訴えた。


「・・・ならば、美濃・・・・・・このまま・・・俺に跨れ・・・・・」

「・・・・・・はっ・・・あ、・・・あぅ・・・」


 耳元で低い声が囁き、背筋が粟立った。

 指が引き抜かれ、有無を云わさず腰を掴まれ多摩の上に股がされる。
 中心に多摩の雄が当たって漸く意味が分かり、美濃は息を呑んだ。


「・・・・・・あ、あ、あ・・・・・・熱・・・ッ・・・・・・あ、あ・・・・・・ッ」


 ズブズブと自分の中が多摩を呑み込んでいく・・・
 その圧迫感に喉を引きつらせていると、多摩は腰を掴む手に力を込めて身体ごと引き寄せ、隙間も無いくらいぴったりと身体を繋げてきた。


「あーーっ、・・・・・・や、・・・あっ・・・は・・・」

「・・・・・湯など入り込む隙も無いほど、俺で満たされているだろう・・・? 美濃・・・おまえの望むように動いてみろ・・・合わせてやる・・・」

「・・・やっ、や、そんなの・・・やだ・・・」


 だけど、否定の言葉を口にするほど腰を掴む多摩の手が美濃の身体を揺さぶって・・・。
 口ではどんなに否定してみても身体は多摩のする事には従順で、彼の意にそぐわない事を言えば言うほど追いつめられて簡単に理性が奪われてしまう。

 一度でも快感を感じてしまえば最後・・・知らずの内にゆらゆらと腰を揺らして、彼の滑らかな肌に自分の胸を擦り付けて・・・

 多摩は薄く笑い、合わせると言った言葉通り腰を突き上げて一層深まりが強くなるように動いてみせた。


 身体が熱い。
 二人の動きに同調するように湯が激しく波打ち、湯殿いっぱいに響く全ての音が頭の芯まで融かしていく・・・



「・・・・・・美濃・・・美濃・・・・・・」

「は・・・あぅ・・・あ、あむ・・・ぅ・・・ん、ん・・・っ」


 唇を強請られ、腰を揺らしながらお互いの舌が激しく絡み合う。
 苦しくなって逃げようとすれば追いかけられて、時折出来る隙間から息継ぎをするように空気を求めた。

 ばしゃばしゃと波打つ湯が一層大きな音を立て、藻掻く程に腰を掴む多摩の両手に強く引き寄せられ腰を突き上げられて深い繋がりと激しい注挿で意識が曖昧になっていく。


「・・・・・・ん、ん、・・・んっ、ッ、・・・ふぁ・・・ん、・・・ふぅ、ん、ん・・・ん」


 苦しいのに息が出来ないのに。
 恥ずかしいほど淫らな自分に羞恥するのに、彼と繋がるといつも恥ずかしい自分になるのを止められない。


「・・・美濃、もっと俺が欲しいだろう?」


 漸く唇を解放されて息をつこうとしたが、囁く低音が耳元を刺激して身体の隅々まで浸透する熱が間断なく襲い、僅かな隙も与えない。
 溢れる涙で視界が霞み、美濃は身体中を奮わせながら息を弾ませて喘いだ。


「あっ、っは、は、は、ぁっ、っはぁっ、はぁ、多摩、・・・た、・・・、多摩、や、・・・苦し、・・苦しい・・・よぅっ・・・あっ、あぁっ、多摩、多摩、・・・・・・ん、・・・多摩・・・ぁ・・ッ」

「・・・っ・・・美濃・・・、もっと側に」


 これ以上どうやっても近づけないというのに、多摩はより深く繋がる事を求めた。
 彼自身も切羽詰まった様子でいつ果ててもおかしくないほどに余裕が無く、興奮した紅い瞳が欲情で濡れ、美濃の強い締め付けに苦しそうに喘いで強く腰を突き上げた。


「あっ、やぁ、だめ・・・やぁ、あ、あ、・・・も、・・・多摩、多摩ッ、多摩ぁっ」


 もう限界だと首を振って強く抱きついた。
 身体の奥底から沸き上がる快感が痛いほどに襲いかかって、ぶるぶると奮えてくる。


「やぁっ、あん、あぁ、あ、あ、多摩ッ、・・・や、あーッ、あっあっ、あぁーーーッッ」


 ぎゅうぅっと全身を強ばらせ、刺激を与え続ける多摩にもその余波は充分過ぎるほど伝わり、断続的な強い痙攣が一層の締め付けを与える。


「あっ、ああーーーっ!」

「・・・・・・っく、・・・ぁ・・・、・・・美濃・・・ッ」


 大きく身体を波打たせて果てる美濃を感じながら、多摩は掠れた声で小さく喘ぎ、襲い来る最後の瞬間にぞわぞわと全身を粟立たせながら精を放った。

 互いに声も出ないほどの深い快感で頭の芯が痺れ、それでもまだ足りないと多摩は美濃を求めて鎖骨や首筋に唇を這わせ、ぐったりして力が抜けてしまった彼女の身体をきつく抱きしめた。



「・・・・・・はぁ、・・・はッ、は、・・・はっ、・・・・・・美濃・・・・・・」



 そして飽くことなくもう一度彼女を求めようと身体を抱え直したとき、何となく美濃の様子がいつもと違う事に気がついたのだ。




「・・・・・・・・・美濃・・・?」


「・・・はっ、はっ・・・はっ、・・・はっ、・・・は・・・っ」


 彼女の息は一向に整う気配もなく、苦しそうに肩で息をしている。
 よく見れば顔を真っ赤にして明らかに逆上せているようだった。


 そう言えば苦しいと藻掻いていた気がする・・・と先程までの美濃を思い出し、あれは単に呼吸出来ずに喘いでいたわけではなかったのかと漸く理解する。


 多摩は美濃を抱き上げたまま立ち上がり、巨大な浴槽からあがって脱衣室へと彼女を運んだ。





「・・・・・・・・・美濃・・・・・・」


「・・・ぁ・・・、は、はっ、・・・ん・・・・・ッ、・・・は、はっ」


 ぐったりと肢体を投げ出したままで肩を上下しながら苦しそうな様子だが、どうやら意識はあるようだ。
 安堵したように多摩は僅かに息を吐き出し、身体を冷ますために窓と入り口の戸を少しだけ開けてやった。

 そして彼女の柔らかな手をやんわりと握って、平常時より随分高い体温に若干驚きながら唇を押し当てた。



「・・・・・・おまえの言う通り、ここではあまりしない方がいいようだな・・・」



 あまりに穏やかな声音に驚いた美濃が目を開ける。


 ・・・・・・どうしてそんな顔・・・


 多摩の眼差しの柔らかさと、自嘲しながら笑いを漏らす口元がとても優しくて胸が痛くなった。





「少しここで休め」



 多摩の綺麗な瞳はいつだって真っ直ぐに美濃を捉えて離さない。
 だけどそれを恥ずかしく思う事なんて今まで無かったのに・・・・・・



「・・・・・・うん」


 美濃は震える声を誤魔化すように静かに目を閉じた。



 こんなの駄目なのに、絶対駄目なのに。



 触れる手が優しいからいけない。

 酷い事しかしてこなかった癖に、たくさんのものを壊した癖に。




 だけど・・・・・・



 どんなに憎いと思っても嫌いになれない私が一番酷い・・・・・・───












その7へつづく


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