『約束』

○第12話○ 過去(その3)








 レイは小さなお堂の前に続く階段に座りながら、ぼんやりと周囲を見渡していた。
 夜になれば当たり前に日が沈み、空を見上げれば丸い月が浮かんでいる。
 今まで自分がいた場所とさほど変わらない風景だが、頬を撫でる風は此処の方が少し温かい。
 不思議だったのは、貴盛たちが住むこの社を囲むように木々が豊かに茂り、僅かに結界に似た効果を生み出していることだ。
 その割には自分のような存在でもこの場所は受け入れており、不快な感覚は一切無い。


「レイ、こんなところにいたのか。夕餉は要らないのか?」

 不意に声をかけられて顔を上げると、貴盛が近づいてくるところだった。
 レイは呆れた様子で小さく首を振る。


「日に何度も食事が必要なんて、人間てのは面倒くさい生き物なんだな。オレは一回摂ったら何年かは必要ないんだ」

「・・・それは凄いな。味気ない気もするが」

「その感覚はよく分からない。他の連中も一月にいっぺんくらいの頻度でしか食事を摂らないし、味の違いなんて気にしてないと思う。あんたたちみたいに食事を愉しむという感覚がないんだよ」

「他の・・・、ということは、レイ以外にも仲間がいるのか?」

 『仲間』
 その単語に引っかかりを感じ、レイは自分の膝をぎゅっと抱えて視線を落とした。


「・・・・・・仲間なんていない。周りは敵ばかりだった」

 唯一、まともに相手をしてくれたバティンもニーナももういない。
 レイは彼らを見捨てて此処に逃げてしまったのだ・・・。
 この事を考えると身体が鉛のように重くなり、気分がどこまでも沈んでいく。
 黙り込むレイの傍に貴盛は腰を下ろし、それ以上は何も聞かず、少し冷えてきたかなとぽつりと呟いた。


「今日、君は美玖と子供達を抱えて此処に戻ったが、彼らをどう思った?」

「・・・・・・」

「断言してもいいが、かなり君に好意的だったんじゃないか?」

「・・・テング、・・・に似てる、からか?」

 レイはよく分からないままに問いかける。
 昼間に美玖から聞いた内容では、ほとんど理解できなかったのだ。
 すると、貴盛は唇を綻ばせて立ち上がり、自分たちが座っている後ろを指差した。


「お堂の中を見てごらん」

「・・・?」

「・・・あ、しまった。流石に暗すぎるか・・・。いや、今じゃなくてもいいんだ。明日の朝にでも・・・」

「結構夜目はきくけど・・・」

 レイはそう答えて立ち上がり、後ろを振り返る。
 格子になっている隙間から中を覗くと、小さな子供程の大きさの木彫りの像が置かれているのが見えた。
 姿形は人間に近いが、その生物は鳥のようなくちばしを持ち、背に黒羽が生えている。


「・・・・・・これがテングなのか?」

「そうだ。だが、実際に天狗を見た者は此処にはいない。もしかしたら架空の存在ということもあるだろう。しかし、この里に伝わる昔話には鳥のくちばしを持ち、黒羽が生えた山伏姿の烏天狗という存在が出てくる。この山々の神で、我々を見守ってくださっていると考えられているんだ。君は不思議に思うだろうが、里の多くの者がそれを信じているんだよ」

「オレには、くちばしが無いけど・・・」

「顔の造形は、どうでもいいんだ。・・・その、気を悪くしないでほしいんだが、人の姿をして羽根を持つこと自体が普通はあり得ない話だ。しかし、此処ではそれが人々の信仰の対象になっている。目の前に現れなくとも、心の中にいるというか・・・・・・。だから、君の存在を里の者が受け入れるのは、それだけこの社が彼らの心と密接に寄り添ってきた証でもあるんだ」

 黒い羽根を持つ者が此処では信仰の対象になっている。
 レイはおおまかにそれを理解したが、誰一人見たことの無い存在を此処まで無邪気に信じられることに驚きを隠せなかった。


「・・・じゃあ、貴盛に天狗の力があるっていうのは、どういう意味なんだ?」

 ふと、美玖が言っていた言葉を思い出し、レイは後ろを振り返る。
 貴盛は少し驚いた顔を見せて、『あぁ・・・』と、答えたきり黙り込んでしまった。
 しかし、そのまま言葉を待っていると、貴盛は小さく溜息を漏らして地面に転がっていた小石を何気なく手に取る。


「レイ、・・・君は変わった力を持っている?」

「・・・・・・分からない。人にとっての変わった力ってどんなものだ?」

 レイはほとんど知識を持たないまま此処に来てしまった。
 だから自分たちが人の血を捕食すること、自分たちよりも劣っているということくらいしか分からない。
 とは言え、どう劣っているかさえ、実際はよく分かっていないのだが・・・。

 すると、貴盛は拾った小石をおもむろに手のひらに乗せ、ゆっくり目を閉じる。
 暫しの沈黙が流れ、何をしようとしているか分からず、レイが首を傾げた瞬間だった。

 ───パキ

 突然、手のひらの小石が真っ二つに割れたのだ。
 その変化に気づいて手のひらを覗き込んだレイに、貴盛は小さく笑う。


「例えば、こういう力は普通の人間は持たない。天狗は神通力を持つと言われているんだ」

「・・・ジンツウリキ」

「人の持っていない様々な不思議な力と思ってくれればいい。・・・どういうわけか、僕の一族は長子だけに代々こういう力が宿る。僕がこんな力を持っていても皆が受け入れてくれるのは、ここが烏天狗を祀っている社で、そこを僕が守っているからに過ぎないんだよ。レイにはこの意味が分かるか?」

 真っ直ぐな目で問いかけられ、レイは考え込んだ。
 やろうと思えば今のようなことは自分にも出来るだろうが、こういう力は自分たちの中でも全員が持っているわけではない。
 変わった力の考え方は、貴盛とそう開きは無いように思えた。


「今のは貴盛が持つ力の一部か?」

「そうだね」

「意味は・・・、分かる。おまえは運が良かった。本来、誰とも違うと、気味悪がられる」

 その答えに貴盛は目を見開き、手のひらの石を払い、レイの傍に近づく。


「君も、他の誰とも違う力を?」

「・・・力だけじゃない。羽根はオレしか持ってない。その上、普通は死ぬようなことをされてもオレは生きてる。化け物ってよく言われた。多分、オレは存在したらいけないんだと思う」

 レイは思っているままに答えたが、貴盛は自虐的なその言葉に息を飲み、瞳を揺らめかせた。
 同情でもしたのだろうか?
 けれど、この羽根も、力も肉体も生まれたときから持っていたもので、自分ではどうしようもないものだ。
 貴盛もそうなのだろう。
 しかし、人と違うというのは多くの者の目には奇妙に映ってしまうものらしく、ナディアなどには幾度存在を否定されたか数えるのも惨めなほどだったが、それが大多数の反応なのだということは理解している。


「僕は・・・そうだね。運がいいのかもしれない。・・・けれど、今見せたような力が場合によって気味悪がられる事も分かっているつもりだ。人によっては恐怖を抱かせてしまう。だから、里の皆に見せる力は優しいものだけと決めているんだ」

「優しいもの?」

「そう。例えば、小鳥を指に留まらせるとか蝶を呼び寄せるとかね。その程度なら、皆、天狗様の力だって笑顔を見せてくれる。そうやって僕は自分を守ってきた。・・・・・・その裏で、里の皆の笑顔が凍り付くようなことを何度もしているのに・・・・・・」

 貴盛は目を伏せて小さく息を漏らす。
 彼が何をしてきたかは分からないが、やはり人と違うというのはどんな世界でもそれなりのリスクを伴うに違いない。
 しかし、今の貴盛の言葉は単なる自分語りなどではないはずだ。
 レイ自身の今後の振る舞い方に対する警告でもあるのだろう。


「オレも此処では力を極力使わないようにすればいいんだな?」

「人の世界で暮らすならその方がいい。・・・ただ、君のその髪や瞳、あと、肌の色に関して人々が反応してしまうのは見逃してほしい。ここで数日過ごして分かったと思うが、皆、黒髪、黒い瞳ばかりだろう? 肌も皆、君ほど白くない。言い方は悪いが、とても珍しいんだ。僕からすると、なんというか・・・とても綺麗なもののように見えてしまう。これは嘘でも世辞でもなくて、美玖も似たような感想を持っていると思うよ」

「・・・美玖も?」

 そう言えば、この瞳を覗き込んだ美玖も似たようなことを言っていた。
 本当にそんなことを思っていたんだろうか?
 此処での反応は今までと違いすぎて一々混乱する。


「・・・・・・部屋に戻る」

 お堂に続く階段から飛び降り、レイはそれだけ言うとその場を離れる。
 後ろから『おやすみ』と声をかけられたが、何だかムズムズして返事をすることは出来なかった。




 ───その後、レイが向かったのは自分の部屋ではなかった。

 自分でもよく分からないが、話に出てきた所為か美玖の元へと自然と足が向いていたのだ。
 けれど、彼女は風呂を済ませた早々に床に就いたようで、部屋に忍び込んだ時、既に彼女は寝息を立てていた。
 レイは枕元にそっと立ち、そんな彼女の寝顔をものも言わずにじっと覗き込んでいた。


「・・・・・・、・・・・・・レイ?」

 突然、目を瞑ったまま、美玖が口を開く。
 気配は消していたので反応があるとは思っておらず、レイは僅かに目を見開いた。


「あ、やっぱり」

 ぱちっと目を開け、にっこりと笑顔を向けられる。
 何となく気まずい気分になり、少しだけ後ろに下がった。


「待って、行かないで。ねぇ、レイ、お話しようよ。座って、ね?」

「・・・・・・寝ないのか?」

「お話してから」

 そう言われてしまうと座らざるを得ない気がして、レイは迷った挙げ句に腰を下ろした。


「ふふ・・・、レイはあに様より大きいんだね。あに様の着物では小さいみたい。仕立て直してもらわないとね」

「・・・変か?」

「ううん。とっても似合ってる。此処の人みたい」

 それは人間みたいだという意味なのだろうか。
 にこにこして言う美玖からは悪意を感じなくて、素直に話を受け止めていた。


「・・・・・・オレ、・・・昼間、・・・飛んだけど・・・」

「うん。すごかった!」

「・・・・・・もう、ああいうのは、あまりやらないことにした」

「えっ、どうして?」

「この世界で生きるには、なるべく人間のようにしないといけないから」

「そうなんだ・・・」

 しょんぼりしている美玖は心底残念そうだ。
 そんな反応にくすぐったさを感じ、レイはどうしていいかわからず立ち上がる。


「もう行っちゃうの?」

「・・・・・・」

 問いかけに答えず、背を向ける。
 すると、美玖が身を起こしたのか、後ろで布団がモゾモゾと動く音がした。
 レイはそのまま立ち去るか話を続けるか迷いながら、一度だけ振り返る。


「なあ、・・・オレ、気持ち悪くない? 本当に怖いとは思わないのか?」

 どうしてか、こんな馬鹿な事を問いかけていた。
 美玖になど、人間になど、どう思われようが気にする必要の無い話だ。
 けれど、自分にとってこれほどの非日常的な反応は戸惑いの連続で、彼女の口からはっきりと答えを聞いてみたかった。


「思わないよ」

 真っ直ぐな目で美玖が頷く。


「・・・・・・そう」

 何故だか酷く安心している自分がいる。
 レイは小さく頷き、彼女の部屋をそっと出て、自分に与えられた部屋へと大人しく戻っていく。
 敷かれた布団に横になると一気に睡魔に襲われ、その夜は今までに無いくらいぐっすりと深い眠りに落ちて、朝まで目が覚める事は無かった。








▽  ▽  ▽  ▽


 それからの数日間、レイはただひたすらのんびりと過ごしていた。
 此処を出ることはいつでも出来たが、屋敷の中はバアルよりも遥かに居心地が良い。
 悪意を持って彼を見るような輩がほとんどいないことが、レイの心を落ち着かせる一番の要因となっている。
 それでも端々に警戒心を覗かせる事は有ったが、美玖に連れられて里の中を散歩に出るほどに、レイはこの土地に興味を持ち始めていた。


「レイ、外は嫌い? 社の庭で休んでいる方が良かった?」

 隣を歩く美玖が突然そんな事を言い出す。
 意味が分からず黙っていると、眉間を指差して『シワが寄ってる』と指摘された。


「・・・いや、・・・何か、妙に視線が・・・・・・、落ち着かない」

 レイは周囲を見渡し、溜息を漏らした。
 里の中をこうして歩くのは今日が初めてだ。
 しかし、人々はレイを見つけた途端、動きを止めてじっと見続けるのだ。
 それは姿が見えなくなるまで続き、このあからさまな視線はかなり落ち着かないものだった。


「大丈夫。此処は生まれてから死ぬまで里を出ない人も多いから、外から来た人が珍しいだけ。慣れたら仲良くなれるわ」

「・・・別に仲良くならなくていい」

「どうして?」

「そういうのは、・・・いらない」

 レイは背筋をブルッと震わせ、美玖から顔を背けた。
 要らないものは要らない。
 そんな恐ろしいものを欲しがることなんて出来るわけがない。


「だけど、私はレイと仲良くしたいと思ってるよ?」

「・・・・・・」

「レイ・・・、此処に来る前に何があったの・・・? もし私で良ければ話を・・・」

「うるさい!!」

 突然声を荒げたレイの様子に、美玖は目を丸くして固まっている。
 しかし、当のレイ本人でさえ自分の声の大きさに驚いていた。
 どうしてか彼女には自分の汚い過去を聞かれたくないと思っただけで、そんな顔をさせるつもりはなかったのだ。


「ごめん、ね」

「・・・・・・」

「あ、レイ・・・っ!?」

 気まずい沈黙に堪えられず、レイは唇を噛み締め、彼女の傍から走り去った。
 仲良くなんて、出来るわけが無い。
 安易にそんな言葉を聞かされても、素直に聞く事は出来なかった。


 レイは人々の視線からも逃れようとしているうちに、いつしか里の外れの方までやってきていた。
 茂った草むらに座り込み、目の前に流れる川をじっと見つめる。
 此処はバアルより何倍も居心地はいいけれど、誰かと係わり合いになるのがこれほど怖いこととは知らなかった。
 貴盛も美玖も事有るごとに手を伸ばしてくる。
 その度に胸の奥の深い場所が震えてしまう。
 彼らの手が不快に思うわけではないが、いつもとても怖いのだ。
 自分からその手を取ってしまったら、取り返しがつかなくなるように思えて恐ろしくなる。

 たった数日だ・・・
 それでも、随分馴れ合ってしまった。
 彼らが食事をする度に呼ばれ、何を食べても味が良くわからないながらもひと口ふた口飲み込んで、後は二人の食べている様子をただ眺めていた。
 部屋でぼーっとしていると、美玖がやってきて、日がな彼女の話に耳を傾ける。
 貴盛は知識を広げられるからと色んな本を渡してくるため、夜はずっと本を読んで翌日感想を伝えた。
 屋敷で働く使用人達の動きを眺めていると、皆笑顔を向けてくる。
 誰も悪意を向けない、閉じ込めたりしない。
 息が詰まることだって無かった。
 あまりに居心地が良すぎて、こういうものが欲しかった気がして、何度もその考えを頭から打ち消した。




「・・・・・・あんたが天狗様?」

 背中から突然声をかけられ、振り返る。
 知らない女が立っていた。


「これはまた・・・、随分な色男だねぇ・・・噂以上だわぁ」

 レイを見た途端、女は嬉しそうに笑みを漏らし、そそくさと近づいてくる。


「社からは出てこないって聞いてたから、あたしなんかが会えるお方じゃないと思ってたよ」

「・・・・・・」

「ほーんと、いい男。天狗様なんて信じてもいなかったけど・・・」

 そう言って女はレイの隣に腰を下ろし、顔を覗き込んでくる。
 気色ばんだ頬、潤んだ瞳、濡れた唇・・・何となく嫌な感覚が呼び起こされる。
 まさかいきなりそれはないだろうと思いながらも、レイは少しだけ女から離れようと座る場所をずらした。


「あん、初心なのねぇ・・・。それともあたしを警戒してるのかい?」

「・・・・・・」

「ま、この里の連中にも嫌がられてるからねぇ。・・・こんな田舎でさぁ、男共を喜ばせることで生計を立ててりゃねぇ。天狗様もあたしみたいのは虫酸が走るかい?」

「分からない・・・」

「優しいねぇ・・・、こぉんないい男で、逞しい身体で・・・、あぁ、堪らない。一生分の運があたしにも回ってきたのかねぇ・・・」

 女はうっとりしながら、にじりよってくる。
 やはり"これ"はそういうことなんだろうかと、レイは頭の中でぼんやりとそんなことを考えていた。


「ねぇ、ちゃんと気持ちよくするからさ。あの世にいっちまうくらいだって評判なんだよ。だからさ、ね、わかるだろ? あたしの願いをひとつ聞いておくれよぉ・・・」

 レイの腕にしなだれ掛かり、女は上目遣いで甘く囁く。
 着物の前を少しはだけさせて、『ね?』と鼻にかかった声で強請っているのがわかった。
 ぞっとする。
 背筋が凍った。
 どこの世界でも同じなのかと・・・。


「やめろ・・・、オレはそういうんじゃない」

 レイは女の身体を押し返し、立ち上がる。
 そのまま去ろうとしたが、女はレイの太腿にしがみつき、離そうとしない。
 貴盛に力は使うなと言われたのが頭に過り、寸前のところで我慢するが、そんなレイの気持ちを察する事無く女は尚も執拗に迫ってくる。


「あぁん、意地悪いわないでおくれよぉ。ずっと不幸だったんだ、願いの一つくらいいいじゃないか。ただでなんて、言ってないだろ? 試しに口でやってやるから・・・ねぇ、それでどんな塩梅か・・・」

「やめ・・・っ」

「───レイッ!!」

「・・・っ!?」

 振り払おうとしていると、突然後ろから自分の名を叫ぶ声にハッとした。


「美玖・・・」

 苦しげに肩で息をして、髪を振り乱している美玖が少し離れたところに立っている。
 追いかけてきたのかと、何となくそのことに安堵を憶えるが、彼女の顔色は心無しか青ざめているように思えた。


「・・・・・・美玖?」

「あ・・・・・・、わ、・・・私・・・・・・」

 美玖は俯き、微かな動揺を見せていたが、それ以上何も言わずに慌てた様子で走り去ってしまう。


「・・・ちょ、・・・どうしたんだ?」

「ほら、野暮だと思って行ってくれたんだ。案外、社の娘も大人なのかねぇ」

「・・・ッ、だから離せよ!! オレは天狗でもないし、願いなんて聞かない。あんたの不幸なんてオレには関係無いだろ!」

「何だい、急につれない事を言って・・・っ! 社の娘に見つかったのがそんなにまずいっていうのかい? ・・・全く、男はどうしてああいう清楚なのがいいんだろうね」

 女は急に脱力した様子で、レイから離れた。
 どうしていきなり美玖のことをそんなふうに言い出すのかよく分からない。
 レイは僅かに考えを巡らせたが、取りあえず美玖を追いかけようと女に背を向けた。


「ふん、・・・あんたが天狗様だろうがなんだろうが、もうどっちでもいいけどさ。あの娘は駄目だよ」

「・・・・・・?」

 背中から聞こえた女の言葉にレイの足がピタリと止まる。
 一体どういう意味なのかが分からずに振り返ると、女はニヤリと笑みを浮かべた。


「山を下りたでっかい屋敷の金持ちに囲われるのが決まってるんだよ。相手は五十を過ぎた爺さ。何人も若い娘を囲って好き勝手やってるって噂だよ」

「えっ」

「権力には所詮社の若様もあがなえないってことさ。可愛い可愛い妹をあんな爺に差し出しちまうんだから」

 女がそれを言い終わるか終わらないかのうちにレイは駆け出していた。

 貴盛が美玖を差し出す?

 胸の中のもやもやが大きく膨らむ。
 何だか酷く裏切られたような・・・とても嫌な気分だった。









その4へつづく



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