『約束』

○第2話○ 予想外の出来事(その4)







「───・・・・・・・・・っ、・・・、・・・っっ、・・・っっ!!!」

 美久は口をパクパクとさせ、言葉にならない声をただ吐き続ける。
 突然の激痛は、まどろんで弛緩していた身体に衝撃を与え、美久の全身は小刻みに震えた。


「・・・美久・・・」

 苦しげに顔を歪ませて涙を流す彼女に、レイは何度も唇を寄せる。
 こんな目に遭わせて泣かせているというのに、彼はどうしても止めることができなかった。
 無理矢理身体を開かせていると分かりながら、身の内から沸き上がる激しい衝動は留まる事を知らず、油断すると思いのままに求めたいという欲求に囚われてしまう。
 苦悶に歪んだ表情と小刻みに吐き出す息はあまりに痛々しい。
 きっと、どんなに優しく抱こうとしても、初めて男を受けて入れる彼女には苦痛にしかならないだろう。
 それでもこんな方法をとる必要は無かった筈だ。
 分かっているのに、欲しいと思った瞬間から自分を止められる術が見当たらなくなってしまった。


「美久、・・・これで・・・、全部だから・・・っ」

「っひ、・・・んーーっっ!! ・・・あっ・・・・・・、ぁ・・・、・・・ッ、・・・はぁっ、はあっ、あ・・・っはあ」

 レイは迷いを断ち切り、少しずつ進めていた腰を一気に落とした。
 彼はそのままの状態で大きく息をつくと、労るようにゆっくりと美久の頭を撫でて、そこで互いの視線が初めてまともに重なる。
 レイが想像以上に柔らかな眼差しをしていた事に美久は目を見開き、それに安堵したのか、少しだけ震えながら涙を零して泣き出してしまう。


「・・・も・・・・・やめよう・・・・・?」

 縋るような言葉にレイは困ったように笑う。
 彼は頷かなかった。


「・・・んんっ・・・っっ!!」

 レイが抽送を開始し、この行為を止める気など無いという意志を突きつけられ、美久の顔は苦痛に歪む。
 繰り返される腰の動きは緩慢だが、身体の中心を貫く圧倒的な熱は決して優しくない。


「・・・やぁっ、・・・・・・ッ、・・・・・・・痛・・・いよっ、・・・も、無理、・・・・・・っ、・・・っ、やだあ・・・っ」

 力無く抵抗する言葉と、弱々しく逃げようと藻掻く腕。
 その腕はレイに掴まれ、軋み続けるベッドへと沈んでいく。
 美久の苦痛に歪んだ顔を見て、レイの心が痛まないわけではなかった。
 キスするだけでも大変な騒ぎの彼女にとって、それ以上など考えにも及ばない事だったろう。
 彼女をひたすら待ち続けたと言うなら、あと少し・・・半年でも一年でも、彼女が自分を受け入れられるまで待つのもそう変わらない筈だ。
 一緒にいれば彼女が受け入れようと思う時もいつかは訪れただろう。
 しかし、そんな事は分かっている。
 分かっていても、一度爆発した衝動が積年の想いと共にあふれ出し、もう抑え込むことすら出来なくなってしまった。


「美久・・・・・・っ、美久、・・・美久・・・っ」

 熱に浮かされたような眼で何度も彼女の名前を繰り返し囁き続ける。
 その唇が切なそうに熱い息を漏らし、痛みが募って美久が顔を歪めると顔中にキスを降らせた。
 このまま欲望をぶつけるだけの行為で終わりにしていい筈がない。
 それ以上の意味があると思うから、美久と繋がりたかった。


「・・・・・・んぅ、・・・っ、・・・ん、・・・う・・・ッ、あ、・・・っ」

 レイが与える熱から逃れようと、美久は尚も身体を捩る。
 涙を浮かべた目の端にレイは唇をそっと押し当て、そのまま唇を重ねた。


「・・・ふぅ、・・・ん、・・・んー・・・」

 どうしてこんな事になっているのか、美久は未だによく分からないのだろう。
 その瞳からは困惑の色が消えていないのが何よりの証拠だ。
 けれど、ふと、彼女は痛いと訴えながらレイを見上げ、一瞬だけハッとした表情を見せた。
 レイはそれが意味するところがよくわからず内心首を傾げたが、彼女が与える快感に逆らうことはできず腰を動かし続ける。
 そのうちに美久の視線は次第にレイだけに注がれるようになり、苦痛に歪む表情も敢えて我慢するような様子を見せはじめ、そして彼女は思いもよらないことを呟いたのだ。


「レイ・・・も、・・・痛い?」

「・・・え?」

「・・・・・・っ、だって・・・レイも苦しそう、だから・・・・・・」

 美久は口ごもりながらそんなことを言う。
 それには流石にレイも言葉を失ってしまった。
 男に破瓜の痛みなどあるわけがない。
 レイにとっては寧ろ快感が募るばかりで、自分を抑える事に必死なほどだ。
 辛い事があるとすれば、繋がりたいのは自分なのに、こうして彼女を泣かせてしまっていることくらいだろう。


「レイ・・・?」

 何故この状況で相手を気遣おうと思えるのか、よりによって無理矢理身体を繋げるような男に。


「・・・オレは・・・痛くない」

 どうしようもなく胸が熱くなって、感情がこみ上げる。
 そんな事も知らない無知な彼女を、拒絶しきれず歩み寄ろうとしてしまう彼女をとても愛おしく思えた。


「・・・でも、ごめん。・・・凄く・・・幸せだ・・・」

「・・・・・そ・・・・・・っか、・・・・・なら、よかった・・・・・」

 美久は小さく息を吐いて笑った。
 呆れるほど自分勝手な相手にどうしてそんな顔を向けられるんだろう。
 こうしている間も動きを止めることすらせずに、レイは彼女を犯し続けている。
 なのに、美久は笑って彼の首に抱きつくのだ。


「・・・・・・レイがこうするのが幸せなら、・・・続けていいよ?」

 そう耳元で囁かれ、レイは唇を震わせて彼女をきつく抱きしめる。


「・・・・・・ぅっ、・・・・・あっ」

 何度も擦られて美久の下半身の痛みは徐々に麻痺してきたのか、苦悶に歪んだ表情は薄れ、その代わりに徐々に甘い吐息を漏らし始める。
 レイはそれを耳に感じて、先ほど彼女が敏感に感じた場所を擦りながら注挿を繰り返した。


「・・・・・・・・・っ、は、・・・・・・あっ・・・っ」

 そうして繰り返すうちに時折見せる違う反応にレイは目を細める。
 少しでも痛みが紛れるようにと、彼女の胸に舌を這わせ、敏感な部分を擦って甘い刺激を与え続けた。


「・・・あ・・・っ、・・・んんっ」

 美久の身体が小さく跳ねる。
 ビクンとふるえた身体が、少しずつ桃色へと染まりはじめていた。
 切ない吐息を吐き出し、無駄に力の入った身体が僅かに緩み、苦痛を訴えるだけだった眼差しに僅かな変化が見える。
 結合部から溢れる水音も少しずつ強くなり、それが助けとなって彼女の中へ突き挿れる勢いを少しだけ強めた。


「・・・まだ痛い・・・?」

「・・・・・・・・・・んんっ、・・・もう・・・よく、わかんな、い・・・っ、・・・ジンジンするよ・・・っ」

「このまま首に手を回していて。爪を立ててもひっかいても良いから・・・」

「・・・・・・ん・・・っ」

「オレの事ほんとうに好き?」

「・・・あっ、あっ、っっ、・・・・・・キ・・・っ」

「こんな事されてるのに?」

「・・・んぅ、・・・っは、あぁ、・・・・・・っ」

 レイの動きは一層激しくなった。
 息を乱し、額から汗を流しながら大きく腰を揺らし続ける。
 それに振り落とされないよう、美久は懸命にしがみついていた。


「もっと、ちゃんと言って」

「ああっ、ん・・・っ、・・・すきっ、・・・すきだよ・・・っ!!」

「・・・・・・っ」

 その言葉で、熱が全身を駆けめぐり頭が沸騰しそうになる。
 芽生えたばかりの気持ちを摘み取るような真似をされながら、それでも彼女は好きと言うのか。


「・・・、・・・あ、・・・っ、はぁっ・・・あ、ああっ」

 半ば諦めかけていた想いだった。
 もうこんな日は来ないかもしれないと、この唇が自分の名を呼んで、好きだと囁く日は二度と無いだろうと思っていた。
 だから・・・まだ夢の続きを見る事が赦されるのかと思うと、こんな幸せは他に見つからないとさえ思える。


「・・・っあ、・・・っ、あぁああーーーーッッ!」

 勢いよく身体の奥まで貫いた瞬間、美久は大きく背を逸らして痙攣し、ぷっつりと意識が途切れてベッドに身体が沈んだ。
 その直後、とてつもない快感がレイを襲い、背筋が粟立ってぶるっと身体を奮わせる。
 そして、溢れるほどの欲望を彼女の中に放ちながら、胸を焼き尽くすほどの強い想いに打ち震えた。
 全身が心臓と化したかのようにドクドクと波打ち、世の中の音が全て消え去る。
 レイは意識を失ってぴくぴくと小さく痙攣を繰り返している美久をただひたすら見つめていたが、胸の中の強い想いに押しつぶされそうになり、苦痛に顔を歪めて彼女をきつく抱きしめる。

 あぁ、だけど、オレはこの先、今以上を彼女に要求するんだろう。
 足りないと強請り続け、際限なく欲しがるに違いない。
 嫌だと言えば口を塞ぎ、逃げても引き戻して、離れるのは許さないと言って、彼女を閉じこめてしまうかも知れない。
 心の奥底に棲みついた鬱積した感情が、大切にしたいと想いながら、彼女を追いつめてしまうかも知れない。
 今でさえ、衝動に逆らえずに手を伸ばすのを止められなかった。
 どんなオレでも・・・君は傍にいてくれるんだろうか・・・・?
 ・・・君は何処までオレを赦せるだろう───










その5へつづく


<<BACK  HOME  NEXT>>



Copyright 2005 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.