○第7話○ 捕獲命令(その3)
美久は朦朧とする意識の中で、現実と夢の境界線上を彷徨っていた。
予想もしない所から突然の苦しみを与えられて意識が途絶えたが、次第にそれも戻り始めていく。
そして、少しずつ現実を取り戻していくうちに、すぐ近くで誰かが喋っているのが頭に響いてくるのを感じていた。
「・・・ちょっとやりすぎじゃねぇ?」
「何言ってんだよ。お前だってムカついただろ?」
「まぁ、そうだけど。でも女を殴るのは・・・」
「鳩尾にちょっとヒジ入れただけだよ。軽くだって、かる〜く」
「だけど想像以上にヤッてくれたよなぁ。牧口とは別れたとか言って、結局切れてなかったって事だろ?」
「ていうかさ、そもそも普通のジョシコーセーは複数の男を相手になんてしないから。そのうえ同じクラスとかって、もっと有り得ねぇし」
「つまりオレ等ってナニ? 普通じゃない美久ちゃんに遊ばれちゃった?」
間近で交わされる信じがたい会話に、美久の意識は一気に覚醒していく。
どれも身に覚えのない内容ばかりで、何を言っているのか全く理解出来ない。
レイと別れたってなに・・・?
複数の男って・・・。遊ばれるとか全然意味が分からない・・・
彼らの声はどれも聞き覚えがあり、同じクラスの男子生徒だと言うことは何となくわかる。
けれどその彼らとは殆ど口をきいたこともなく、当然ながら名前で呼ばれる関係でもないのだ。
しかし、今は疑問よりも身の安全の方が重要だ。
例え自分に非が無いと思ってもこうして連れ込まれている時点で嫌な予感しかせず、今の会話からも無事に帰してくれるとは思えなかった。
目が覚めたと気づかれたら何をされるのか、想像する事すらおぞましい。
それにここがどこなのか・・・来るまでに気を失っていた美久には見当もつかない。
近くに男子生徒がいるという理由だけではなく、この空間は妙に男臭く感じる。
それがどうしたと言われてしまえば、それだけの事だけれど・・・
「なぁ・・・随分長くない?」
「あ?」
「気ぃ失ってるの。もう起こしちまおーぜ」
「・・・だな」
彼らの会話に心臓が飛び跳ねる。
もう目が覚めようが覚めまいが関係ない。
逃げるにはどうしたらいいんだろう、どうしたら・・・
「おい美久〜、・・・美久ちゃ〜ん」
一人の男の手が美久の肩を掴んだ。
「きゃあっ!」
ビクッと大きく震えて拒絶反応から思わず飛び起きる。
「・・・・・・あっ・・・・・・」
・・・・・・バカ・・・
どうしよう、最悪だ。
「お? 何だよ、起きてたの?」
「・・・・・・っっ・・・っ」
ニッと笑ったその男は、先ほど頭痛を訴えていたクラスメイトだ。
その周りにも知っている顔が3人・・・やはり全員同じクラスの男子生徒だった。
彼らはクラスでも割と目立つグループで、この4人で行動しているのを良く目にしていたし、仲も良さそうに見えた。
だからといって彼らとの接点が特にあるわけじゃない。
内心ではかなり動揺していた美久だが、彼らを刺激しないよう、表面的には極力平静を装うしかなかった。
「・・・芦田くん、頭痛・・・は?」
「は? んなのウソに決まってるじゃん。オレ等が何で美久をこんなむさ苦しい所に連れてきたのか分かってんだろ?」
「そんなの知らな・・・っ」
ダンッ!
「・・・・・・っ!?」
大きな音を立てられ、美久は驚いて口を閉ざす。
そして壁に縫い止めるように美久の身体の両側に手をつくと、息が顔にかかるまでに距離が縮まり、美久は恐怖に身を竦ませた。
「今朝さぁ、クラスに一人で入って来たのはオレ等に知られたくなかったからじゃないの?」
「・・・え?」
意味が分からず聞き返すと『しらを切るつもりかよ』と皮肉気に失笑された。
「気づかないと思ったのかよ。牧口と学校に来たのはちゃ〜んと知ってるんだよ。・・・なぁ、お前イイ根性してるよなぁ。教えてくれよ、オレ等と遊んでおきながらどんな顔して牧口ともつき合ってんの? この二週間散々やることやっといて今更知らないで通用すると思ってんの?」
歪んだ顔が怒りに染まっている。
これ程間近で見ていれば、彼らが冗談でこんな事をしているわけではないと理解出来る。
だとしても、本当に美久には何一つ身に覚えが無いのだ。
それを彼らにどう言えば分かってもらえるのか、言うほどに逆上させてしまう気がして怖くて堪らない。
「大体さぁ、オレらの事なんてとっくにクラスの奴らに知られてるよ。みんなの冷た〜い眼、わかってんでしょ?」
「アレだけ毎日一緒にいれば、どっかから勝手にウワサが流れるのも仕方ないよね」
「ていうか、教室でヤったの誰かに見られたんじゃねぇの?」
「それとも屋上? ベタな体育倉庫?」
「どれも一緒だよ!」
ギャハハ・・・と下品に笑う男子生徒達。
目の前が真っ暗になっていくようだった。
何もかも見に憶えはないのに、何を言っても無駄に思えてくる。
───私はただ・・・いつも通りの学校生活をレイと過ごしたかっただけなのに・・・
だって、こんなのおかしい。
私・・・ずっと学校休んでたのに・・・これじゃ・・・まるでこの2週間、ちゃんと来ていたみたいだ。
「・・・・・・さて、と」
その一言で、男達の目つきが変わった。
「・・・っ!? やっ・・・っ」
逃げる隙も与えられずに美久の身体は彼らの腕に抑え込まれ、完全に動きを封じられる。
実に手際よく、あっという間の出来事だった。
「や、じゃないよ?」
「・・・ひっ、・・・っっ、やだあぁあっ」
制服の下に彼らの手が忍び込み、美久は悲鳴をあげた。
舌打ちをした男は美久の口を手で押さえ、それ以上声をあげることを許してくれない。
「・・・んんっ、んーーーーーっ・・・っっ」
スカートを捲り上げられ、せめてもの抵抗で身体を捩ろうと力を振り絞るが、4人の男に抑え付けられた状態で一体何が出来るというのか。
しかも美久の涙に濡れた瞳や非力な抵抗は、より一層の興奮を彼らに与えるだけで、身体中を這い回る手がブラジャーを外し直接胸を揉みしだき、息を荒くした一人が色づく突起にしゃぶりつく。
それを見た別の男が卑猥に笑い、ショーツに手をかけると一気に引きずり降ろして足下に投げ捨てた。
美久は悲鳴すらあげられずに拘束されたままそれらを視界の隅で捉え、幾粒もの大きな涙の粒を零して頬を濡らした。
いいように身体中を弄ばれ、嫌悪感でいっぱいなのに回避することも出来ない。
怖くて悔しくて、苦しくて哀しくて、非力な自分をこれ程呪わしく思った事はない。
けれど、度を超えた恐怖は、美久にそれ以上のまともな意識を保つことを赦さなかった。
そのまま目の前が真っ白になっていくと、くったりと彼女は意識を失ってしまったのだ。
───その直後だった。
「・・・・・・おい、何か・・・・・・揺れてないか・・・・・・?」
「え?」
美久が気を失った直後、4人のうちの誰かがそんな疑問を口にした。
言われたもう一人が『そうかぁ?』と首を傾げながら動きを止めて揺れを確認している。
すると激しい地響きが遠くの方から聞こえ、驚きの声を上げる。
それは身動きを封じるほどの凄まじい揺れで、その後の彼らは美久に触れるどころか、ただ床に這いつくばる事しか出来なかった。
───ドオオオオオオン・・・・
外は大きな揺れと共に、大地が激しい悲鳴をあげていた。
突然の凄まじい地面の揺れを感じて、生徒たちが縋れるものを探して悲鳴をあげている。
しかし、その横を通り抜けていく生徒が一人。
それは紛れもなくレイの姿だったが、彼の耳には大地の呻きも生徒の悲鳴も届いていなかった。
感情の波に攫われて、爆発しそうな心を押しとどめる事も出来ず、金色に瞬いた瞳を隠すことなく廊下を駆け抜ける。
「───・・・・・殺してやる!!!」
低く叫ぶと、まるでレイの叫びに同調するように大きく地面がひび割れ、方々から大地が唸りをあげる音が絶叫のように響き渡った。
彼は怒りに震えながら目の前にある部室棟へ駆け上がり、恐らく鍵がかかっているであろう美久のいる部屋の入り口を感情のままに破壊する。
ぐしゃんと妙な音をたてたドアは壁にめり込んで、凄まじい力によって不自然に変形した取っ手がレイの手の中からゴトンと音を立ててこぼれ落ちる。
彼の瞳は憎悪で金から紅へと変貌し、部屋の中をぐるりと睨め回すと、突然の揺れから身を守るために床に這いつくばっている男子生徒が4人と、部屋の奥に横たわる白い肢体を目にした。
白い肢体・・・それは間違う筈もない、美久の姿だ。
此処からでも分かる。
彼女の頬からは幾筋もの涙の筋が伝っていて、とてつもない恐怖を体験したのだと言う事がありありと見て取れる。
レイは男達を蹴飛ばしながら美久の元へと駆け寄り、その体を抱きしめた。
辺りには引きちぎられた制服が散らばり、下着までもが無造作に投げ捨てられている。
・・・・・・殺してやる。
跡形もなく引き裂いて、粉々になるまで壊してやる・・・・
憎悪に取り憑かれるままに、レイは彼らに掴みかかろうとしていた。