『手の中の幸せ』

○第1話○ 夢物語(後編)











「・・・・・・ひ・・・ぅ・・・っ」





 そして、痛みと苦しみ、何より屈辱のあまりに彼女の呼吸は止まり、視線が宙を彷徨った・・・・・・。




 たすけて


 たすけて


 たすけて







 ───瞬間、爆発的なエネルギーが、身体の中から溢れだす。






 男の一人が異変に気づいたのは、その直後だった。





「な、なんだっ・・・っ、身体が!? ・・・あ、あぁあっっ! アアァアアアアアアッ!!?」




 驚嘆して怯える声、
 そのエネルギーと共に発せられた閃光。


 それらは見る間に一人の男の身体を溶かそうとしていた。







 たすけて、

 たすけて・・・



 たすけ・・・・・・て・・・・・・







「おい!? どうした」


「うわ、わあぁ、あああああ───、・・・っ、ぎゃあぁあぁああっ」





 一閃の光が方々に飛び散ったのと同時に、男達の絶叫が断末魔となって森中に木霊する。


 ビオラはただ恐怖で身体を震わせ、自分の身体を這う手から解放された事で気が触れそうな自分の意識が元に戻っていくのを感じて、そこで初めて周囲に起こった違和感をその身に感じた。








「・・・・・・え・・・・・・・・・・・・?」




 未だ身体を震わせるビオラが見た光景は有り得ないものだった。


 どんなに周囲を見回した所で、広がるのは辺り一面何もなくなってしまった焼け野原。
 彼女の立っている場所以外、本当に何も・・・跡形もなく消えていたのだ。




 そして閃光を放ち続けていた獰猛なエネルギーは温かい光へと変化し、まるで彼女の全てを守ろうとするかのように身体を包み込み・・・・・・






「・・・・・・な、・・・に・・・・・・・・?」


 目の前にいた男達は・・・・・・・・・・、・・・今の力は・・・・・。

 ビオラはペタリ、とその場に座り込んだ。



 こんな力、私は・・・持ってない・・・・・・

 なら・・・・・・誰が・・・?
 レイドック?

 周囲を見渡す。
 だが、レイドックの気配など感じ取れない。
 第一男達が言っていた・・・明日の昼頃までは目覚めないと・・・・


 だったら・・・・

 ・・・・・だったら・・・・・・?



 ビオラの中の疑問が何かを導き出した。
 大事そうに押さえた腹部を見つめ、しばし逡巡する。




「・・・・・・・・・・・・・」



 お腹が・・・あったかい・・・





「───赤ちゃん」



 彼女の両の瞳からは押さえようのない涙が頬を伝った。


 この子が?
 まだ、腹の膨らみすらないこの命が護ってくれたというのか。




「・・・・・・あなた・・・・なの・・・?」



 今すぐ戻ってレイドックに教えてあげたかった。



 けれど、今、私がレイドックの元へ戻ったら・・・・・・


 ・・・・・・きっと・・・・・・こんな事が何度も繰り返されるのだ・・・

 ずっとずっと、終わる事無く・・・・・・



「・・・・・・うぅ・・・っ、・・・・・・レイドック・・・・・ッ・・・・私は・・・・・・大丈夫だよ。・・・・・・がんばれる・・・もの・・・・・・」



 きっと・・・・・・レイドックは・・・・・・だいじょうぶ。

 傷一つ付けられることはないわ。
 大事に大事に、王宮に連れ戻されるだけ。


 ・・・負けない、絶対に。
 赤ちゃんの顔を見るんだ。


 ビオラは決心したようにその場から立ち上がった。
 今のエネルギーを感づいて、追っ手が此方に向かっているかもしれない。
 感傷に耽っている場合ではなかった。



「・・・・・・・・・がんばる、から・・・」


 止めどない涙を袖口で何度も拭い、『遠くへ』それだけを頭に描きながら、ビオラはその場から走り去った。





 ・・・生きていける。


 思い出だけで、それだけで・・・・・・











『大きくなったら、レイドックのお嫁さんにしてね』

『・・・・・・っ』

『わたくしね、レイドックが、世界で一番だぁいすき♪』

『・・・わかった。約束』









 遠い日の約束は、

 きっと、永遠に果たされることはないだろうけれど───

















▽  ▽  ▽  ▽


「レイドックさまぁ、レイドックさまぁあっ」


 泣きじゃくる少女の声を意識の向こうで感じ、レイドックが目覚めたのは翌日の早朝の事であった。

 その間レイドックから片時も離れる事なく、フィーシャはただ泣き続けていた。


「・・・・・・ここは・・・・・・・・・」

 あたりを見回して、ここが今まで過ごしていた場所ではないと知り、更には王宮内部の彼の自室だとわかり、レイドックは愕然とした表情で目を見開いた。


「どういうことだ・・・ビオラ、ビオラっ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「フィーシャ、・・・っ、ビオラはどこだ!?」

「うわああん、ごめんなさああいいぃぃっ!!!!」


 これが非常事態以外のなにものだというのだろう。
 レイドックの背筋に悪寒が走り、顔を真っ青にしてベッドから立ち上がる。



「行くぞっ!!」


「なりません」



 レイドックが立ち上がった瞬間扉が開き、数十名もの男たちが彼の前に立ちはだかる。
 邪魔だてするものは容赦しないとばかりに、苛烈な金色に瞳を瞬かせ、彼の周囲には瞬時にエネルギーが増幅していた。


 だが次の瞬間、男たちの中から一人の男が一歩前へと躍り出て、あまりに許し難い言葉を吐き出したのである。


「陛下の行動一つでビオラさまとお腹の御子の命が左右されると言っても、その力を我らに向けますか?」

「・・・・・・な、・・・にっ!?」

「我々の望みは、陛下に元の位置へ戻っていただく事だけ・・・・・・聞き入れて戴ければもう手出しは致しません、罰も受けましょう」



 手出し・・・・・・だと!?



「ビオラに何かしたのか!?」

「一部の過激なものがビオラさまを追って行きましたが・・・森の一部が消滅したのを確認しました。彼らは未だ戻りません。・・・しかし、女が一人走り去る姿を目撃したと村の者からの報告があり・・・恐らく生存しているものと・・・・・・陛下のご決断によってはこれ以上ビオラさまを追い立てるような真似は致しません・・・・・・」


「・・・・・・貴様ら・・・っ!!」



 なんと、愚劣な・・・

 レイドックの拳にエネルギーが集中する。
 この怒りはとても押さえきれるようなものではなかった。


「だめです、レイドックさまぁっ!」

 フィーシャが泣きながらレイドックに縋り付く。
 その声が彼の理性を僅かにつなぎ止めた。


「フィーシャ・・・っ、だが、こいつらは」

「私が悪いんです、隙を突いて進入されて・・・あっという間にレイドックさまに薬を・・・っ、私が弱いから、何も出来なかった・・・ごめんなさいぃっ、でもビオラさまが死なないなら・・・っ、言うこと聞いてくださあぁいぃ・・・っ、ビオラさまを殺さないでぇっ!!!」

「・・・・・・っ!」




 ───どうしてこの俺がビオラを殺せる?


 だが・・・この連中をどうすれば赦せるというのだ?



 国?


 今更元に戻れと?




 ふざけるな


 もう、たくさんだ・・・ッ





「うわあああぁぁん」

「・・・・・・っ」


 わかっている。
 泣くな、泣くんじゃない。

 愚行はすべきではない。



 ・・・・・・・・・だが、これ程理不尽なことがあっていいのか?




 あの子さえいれば、他には何一つ望まないのに・・・・・・・・・


 ただ一つの願いですら・・・何故この手から・・・こぼれ落ちていくのだ・・・・・・










「・・・・・・・・・・・・・・ッ、・・・・・・・・、戻れば・・・・・・いいのか・・・・・・」



 僅かに奮えている低い声は、目の前の男たちの歓声によって受け入れられる。



「───・・・ッ、・・・・・・・・・・・・、・・・ビオラも腹の子の命も・・・・・・それで・・・・・・・・・」



 それしかあの子を守る道がないというなら・・・他にどうしろというのだ・・・




「だが、・・・・・・・・・」



 ビオラ、・・・ビオラ・・・・・・っ



「罰を受けると言ったな。ならば貴様らのしたことは万死に値する。永久に呼吸することすら赦さぬ、今すぐこの私の眼前で自害せよッ!!」



 このような輩の命をいくつ獲ったとしても、ビオラの命に釣り合う筈はないけれど。


 彼女と子供が少しでも平穏でいられるなら・・・・・・


 願うことしかできない、何と役立たずな・・・っ



「・・・・・・・・・っ、・・・・・・くっ・・・」

「レイドックさまぁ、うわあああん・・・っ、ごめんなさああいい、わあああぁあぁん」
「フィーシャ、泣くな。俺は諦めない。必ずビオラを迎えに行く・・・っ、俺の唯一なのだ、・・・・・・今は・・・・・・少しの間、会えないだけだ。お前だってビオラに会いたいだろう? フィーシャにとって母のような存在じゃないか」
「はいぃ、・・・っうぅっく・・・はいぃぃ!!!」


 レイドックはフィーシャを抱きしめ、僅かにビオラの匂いのするこの少女の襟元で必死で涙を堪えていた。


 ───この子はビオラが作り出した存在だった。

 家族に憧れていた彼女が、子供を産むのとは違う方法でビオラの内部で創造された少女だった。

 小さな虹色の珠からその命が弾けた瞬間から少女としての大きさで生まれた彼女は、最初から誰よりもビオラを慕っていた。
 それはまるで母を慕う子のように、唯一の存在を崇拝し尊敬して止まない女神を想うように・・・。

 そして、彼女がフィーシャを作り出したということは、この子の命をビオラが繋いでいると言うことを意味していた。


 ビオラが生きていればフィーシャも生き続ける・・・
 つまり、フィーシャが生きているのだから、少なくともビオラは生きていると言うことなのだ。




 そう、信じるしかない。

 何と不確かな事だと分かっていながら、それに縋り付くしか・・・・・・




「・・・・・・ビオラ・・・・・・」





 側にいて欲しいと奪ったのは自分だった。

 このままで済む筈がないと知りながら、それでも側に置いておきたいと・・・・・・。




 辛い目に遭うのは彼女ではなく自分でなければならないというのに・・・




 生きていてくれ。


 どうか、



 どうか───









第2話へつづく


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