『手の中の幸せ』

○第3話○ 願いを叶えし者(その5)









 真っ直ぐに向けられた美しいエメラルドの瞳。
 尊敬の眼差しでクラークを一途に見つめるのは、第一王子クラウザーであった。

 まだあどけない少年・・・というより、見た目からして少女のように愛らしく穏やかな性格だったが、周囲からは歴とした後継者として扱われている。

 この城の騒ぎの理由が何であるかは分からなくとも、クラウザーは久々に父に呼ばれたことが嬉しくて頬を上気させながらやってきた。
 クラウザーの中でクラークという存在は、何よりも誇らしく尊敬してやまない絶対的存在で、同時に妻や子供に対する細やかな愛情は時に彼らを限りなく甘やかし、夫としても父親としても劣るものなど何一つ無い完璧な男だった。

 彼はクラークが純粋に大好きだった。
 なのに、今呼ばれた理由は単にクラウザーの持つ能力を利用する為だけのもので・・・それを知らない彼は果たして幸なのか不幸なのか・・・



「クラウザー、今日はお前に頼みがある」

「はい、ちちうえ」

 父の頼みなら何であろうと断る筈もなく、クラウザーは大きく頷く。

「前に禁じたお前の能力、憶えている?」

「・・え? ・・・・・・あ、はいっ、憶えています」

「あれから一度も使っていないね?」

「はい」

「いい子だね。クラウザーは言うことをよく聞けるいい子だ」


 クラークは頷き、見た目だけはどこまでも優しげにクラウザーの頭を撫でた。
 クラウザーは嬉しくて顔を真っ赤にして笑う。



「これからはその力、私の為に使ってくれるね?」

「使っても・・・よいのですか?」

「ああ、構わないよ。まずは・・・バティンの所でちゃんと使えるか試してみようか」


 にっこりと微笑む綺麗な父を頬を染めて見上げ、優しく背中を押されるとハッと我に返り、クラウザーは襟を正して尊敬する父に向き直った。


「あのっ、ちちうえ」

「なんだい?」

「ぼく・・・っ、ちちうえの為なら何だってやりますっ!」

「ふふ・・・、心強いね。うれしいよ」


 喜んでくれた事が嬉しくて、クラウザーはただ無邪気に笑った。










▽  ▽  ▽  ▽


 静かに沈黙を守っていたバティンが、いっそ自害してしまえば良かったと後悔したのは、クラークに連れられ部屋にやってきたクラウザーを見たときだった。

 最初はその意図が分からなかった。
 だが、クラークの狂気を孕んだ危うい目つきを見て、クラウザーの役割を知り愕然としたのだ。



「・・・・・・そうまでして・・・ビオラ様を・・・・・・」


「当たり前だろう? 生半可な気持ちで后にするなんて言うと思うかい? 出来れば君の口から話を聞きたかったがそれは無理のようだし・・・第一、君の事だ、自白剤を使用しても無効化してしまうんだろう? だから私も随分考えたんだが・・・・・・心の中まで沈黙を守ることは出来ないと思ってね、・・・それを試しに来たんだよ」


 愉しそうに笑うクラーク。
 バティンは絶望的に目を伏せることしかできなかった。


「・・・それを・・・ナディア様との御子を使ってやろうと言うのですか・・・」


 しかし何を言ったとしても今のクラークに届くものはない。
 届くならクラウザーをバティンの元へ連れてくるなどという非道な真似は出来なかったはずだ。

 クラークは幼いクラウザーの背と同じになるまで屈み、目線をあわせる。


「さぁ、クラウザー。バティンの心の中を覗いてごらん? 私はね、今ビオラという女の人と鬼ごっこをしているんだ。だけど、どうしても見つからなくて降参しているのに、場所を知っているバティンが教えてくれない。だからクラウザーの力が必要なんだ。ビオラの居場所がどこだかわかるかい?」


 クラウザーは素直に頷き、バティンの側に駆け寄った。
 真っ直ぐなエメラルドの双眸が心の底まで探るように覗き込んでくる。



 ───いや、

 本当に心の奥底まで、思考全てを覗かれているのだ・・・

 確かにこの力を使われては、沈黙を守るなど無意味としか言いようがなかった。



「ん、・・・と・・・・・・『アカシアの滝の中』にある洞窟を抜けたずっと先・・・とっても綺麗な花畑があって、近くに山荘が・・・・・・」

「アカシアの滝の中って・・・滝の中に入っていくのかい?」

「はい」

「・・・・・・それはまた・・・・・・随分険しい場所まで・・・・・・まさか一人ではないだろう?」

「ビオラ様はニーナさんていう女の人と一緒です」

「ありがとう、クラウザー。・・・もういいよ」


 クラークは言われたことを従順にやってのけるクラウザーに満足げに微笑み、やわらかく何度も何度も頭を撫でる。
 嬉しそうに満面の笑みを浮かべるクラウザーは哀れで見るに堪えなかった。


「・・・と、いうわけだ。バティン、私は今からビオラを迎えに行ってくる。戻ってきたら私たちを祝福してくれるかい?」

「・・・・・・っ・・・・・・」


 それに答える言葉など見つからない。

 死んでしまえば良かった。
 いつもいつも、自分はビオラの望む道を奪って・・・



「今度こそ彼女は私のものになる」



 別の女との子供を利用してまでビオラを手に入れようとするクラークは、もう誰の言葉も耳を貸さないだろう。



 ───狂う程君を愛してみたいね


 クラークは・・・・・・望み通りの自分になったのだ。








第4話へつづく


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