『手の中の幸せ』

○最終話○ 描いた未来(その4)










「・・・何故そのような顔をするんだ? 少々発育が良いだけじゃないか。・・・その瞳も感情が高ぶると金色に変化するだけで。・・・・・・あぁ・・・背に生えている黒羽根に驚いているのか? 普段は無いんだが、恐らく警戒や威嚇の意味があるのかもしれない。衛兵に対しても慣れるまではそうだった。・・・でも、本当の所は誰にも分からない。・・・・・・今は・・・、ビオラを傷つけようとする君の事が気に入らないのかもしれないね」


「・・・・・・ひっ」


「・・・こんなに特別な子は見たことがない。まるでこの世に迷い込んだ神の化身のように美しいだろう?」




 発育が良い?

 そんなレベルを遙かに超えた問題だ。

 何故なら目の前の子は、既に乳児と呼ぶべき姿を通り越し・・・
 クラークとナディアの間に生まれた末の子とさほど変わらない程の成長を遂げていたのだ。


 神の化身ですって・・・? これがそんなに尊いもののわけがないわ・・・っ



「あぅ・・・あー、・・・あーぅ」

「ひぃッ、いやっ、化け物ッ! その目をこっちに向けないでちょうだいっ、いやあっ、いやあああっ」


 ナディアは、その金色に輝く瞳を恐れ、両手を振り回した。

 彼女の爪の先がレイの頬を掠ってきめ細やかで美しい珠の肌を傷つけ、突然の痛みに驚いたレイはベッドの手摺りを握る自分の手に力をこめた。
 その瞬間、手摺りは勢いよく真っ二つに折れてしまい、その事に更に驚いたレイは黒羽をばたつかせてナディアに飛びかかる。


「きゃあっ、いやあああっ」


 ナディアはこの有り得ない状況に悲鳴をあげ、自分に飛びかかるレイの腕を掴んで引きはがそうと力をこめるが、圧倒的な力の前に為す術もない。
 逃げようにも足に力が入らず、その事が一層恐怖を募らせる結果となり、彼女はひたすら悲鳴をあげ続けた。



「お前達、早くナディアを外に連れだせッ、何故この場に入る事を許した!!! バティンは何をしているっ、ニーナは・・・ッ、一体何をしているんだッ!!!」


 クラークの怒りに満ちた声音に衛兵らは震え上がり、慌てて部屋へと飛び込んで、レイに飛びかかられて恐怖の悲鳴をあげるナディアの身体を外へと引きずり出そうと手をかける。
 彼らは何度かレイのこういう姿を目にしているので多少は免疫があったが、それでも背筋に走る緊張は止められなかった。

 だが・・・


「はやく、ぼくがレイを抑えている間に母上を外へッ!!」

「はっ、クラウザー様ッ、申し訳ありませんッ!!!」


 クラウザーが激しく黒羽をばたつかせて混乱を見せるレイを抱きしめ、衛兵らを促す。
 しかしその時、ひとりの衛兵の腕を締め上げながら、一体今までどこにいたのか・・・見たこともないような緊迫の面持ちで、バティンが突如部屋へと入ってきたのだ。


「・・・ナディア様、侵入の共犯者はこの者ですね」

「バティンッ!! お前今までどこに・・・」

「申し訳ありません、事情は後ほど・・・。今はそれよりもこの者を捕らえていただきたい。衛兵になりすまし、ニーナに代わってクラウザー様をこの部屋まで導いたナディア様の手の者です」

「何だとッ!? ならばニーナはどこにいる!」

「・・・・・・毒を・・・、受けました・・・」

「・・・っ!?」

「・・・・・・ニーナを診た限り、一刻の猶予もありません。早くビオラ様を・・・」

「なんだと・・・」


 バティンの言葉に驚いたクラークは、改めて腕の中のビオラに眼を懲らす。
 首の皮膚を突き破った爪の後が痛々しい・・・・・・

 いや、それだけではない。
 これは・・・・・・

 ナディアがつけた爪の痕から少しずれた場所が、赤黒く変色している・・・?



「その女が悪いのよっ、身を焼かれる苦痛に息絶えればいいッ、親子共々消えて無くなればいいのよッ!!!!」


「まさか・・・」

「父上ッ、レイの様子が変ですっ!! 父上・・・っ」


「なに・・・っ」


 振り返るとクラウザーに抱きかかえられたレイもぐったりしている。
 既に黒羽も消え、瞳は金から深い青へ変化していたが、どことなく虚ろで焦点があっていない。


 見れば、幼い腕をビオラの首元と同じように赤黒く変色させていて・・・



 何だ、次々と・・・
 一体何が起こっている?

 レイの腕に何が起こった・・・


 ・・・・・・腕?

 そう言えば、先程ナディアが暴れるレイを引きはがそうと・・・
 そうだ、腕を掴んで・・・・・・まさかあの一瞬で、何かをしたというのか・・・?


 クラークは咄嗟にナディアに視線を移した。
 特に何か変わったようには見えない、昔から派手なドレスで着飾り、指輪をいくつも嵌めて・・・


 ・・・・・いや、・・・まさか。


 そう言うことか。



「・・・・・・指輪だ、ナディアの指輪を調べろ、そのどれかに毒が仕込んであるッ、毒針の類だ、皆、注意を払え!! ナディアもその者も追って尋問にかけるっ、早く連れて行けッ!!! クラウザーも部屋から連れ出せ、子供に見せていいものではないッ!! ビオラ、ビオラッ、意識はあるか、ビオラッ!!! バティン、早くレイを此処へっ!!!」


 クラークは絶叫にも似た声で皆へ指示を出し、腕に抱いたビオラをベッドへ寝かせながら彼女へ懸命に声をかけた。
 蒼白な顔でクラウザーは抱きかかえたレイをバティンに渡すと、不安そうな面持ちで衛兵らに連れられ、部屋を退出するのを余儀なくされた。

 バティンがビオラの隣にレイを寝かせると、二人とも明らかに細かく早い息を吐きだすその様子は尋常では無く、途轍もなく最悪な何かが起こっている事を想像させるに充分だった。


「バティン、これは何の毒だ・・・解毒可能なのか!?」

「・・・・・・・・・出来る限りの事は・・・」


 若干唇をふるわせて青ざめるバティンの顔を見て、クラークは背筋を冷たいものが走るのを感じた。



「・・・・・・ニーナは・・・・・・どうなった・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「まさか・・・・・・」


 ・・・・・・死・・・



「・・・・・・バティン・・・・・・、ニーナを・・・・・・連れてきて・・・ッ」


 その時、肩で苦しそうに息をしながら、掠れがかった声を無理に吐き出したビオラが上体を起き上がらせた。


「ビオラッ」

「ビオラ様ッ、これ以上動いてはいけないっ、毒が回ってしまいますっ!!」


 二人の心配を他所に彼女は小さく笑みをつくり、ぐったりと隣に横たわる我が子の額に愛しそうにキスを落とした。


 そして、震える手で傷つけられた柔らかな頬に触れ・・・・・・



「・・・・・・・・・化け物じゃない・・・違う、違うわ。・・・レイ、愛しい子、・・・愛してる、レイ・・・レイ・・・この子はこんな所で死ぬ為に生まれたわけじゃない」



 手が・・・、ビオラの手が輝きを放つ。


 化け物である筈がない。
 黒羽も・・・この瞳も・・・成長の早さが普通じゃなくても・・・、何もかも人とは違うけれど・・・

 それが、他人の目には異端として映ってしまうとしても、あなたに何の罪があるというの。
 分かっていて罪を犯したのは私たちの方だわ。



「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・、あなたを傷つける事なんて誰にも出来ない。私が護るわ・・・、あなたは私の全てよ。・・・愛してる、レイ。愛してる愛してる愛してる・・・」


「・・・・・・あーっ、あぅ・・・あー」




「傷が───」



 クラークを助けたあの時のように。

 ビオラの手のひらから発せられる光で、レイの頬の傷が反応を示し、傷ひとつ残さず見る間に消えていく・・・
 そして、赤黒く変色を始めたその小さな腕も、陶磁器のように滑らかで綺麗な肌色へと戻り・・・・・


 同時に蒼白だった顔色も赤みを差し、虚ろな瞳をいつもの愛くるしい瞳に変えて・・・




「・・・・・・はぁ、はぁ、ッ、バティン・・・、早く・・・ニーナを・・・、私より彼女の方が先に毒を受けたなら・・・一刻の猶予も無いはずだわ・・・っ! この力は・・・・・・命さえ繋いでいれば・・・助けられるから・・・・・・っ、だから・・・・・・ッ」

「ビオラ様ッ」

「・・・・・・おねがい、大好きな人を失うのはいや・・・っ、おねがいバティン、ニーナを連れてきてッ!!」


 ビオラの悲痛な叫びにバティンは唇を噛み締め、部屋を飛び出した。

 先程まで確かにニーナは生きていた。
 だが、絶望的なほど状況は悪く、彼女の懸命な言葉に後押しされて衛兵に扮した男をこの部屋の前で捉え、バティンはやってきたのだ。


 助かるなら・・・、一縷の望みがあるのなら・・・


 本当は縋れるものならなんでも縋りたかった・・・、彼女はバティンにとって最愛の妻なのだ。




「ビオラッ、君も・・・」

「・・・・・・そう・・・ね・・・」


 クラークの言葉に小さく頷き、ビオラは自分の首筋に手を置いた。
 先程のように手のひらから光が溢れ、彼女の傷がそれに少しずつ反応を示していく。


 そうよ、私はまだ死ねない。

 レイを残して死ねない。
 いつも側にいてくれたクラークを置いては逝けない。

 この愛しい存在を、もっと抱きしめていたいの。



 今ようやくこの両手いっぱいに抱える事が出来た幸せを、手放すわけにはいかないのよ・・・・・・






「ビオラ様ッ!!」


 バティンがニーナを抱きかかえながら入ってくる。
 息を切らせ、普段の彼からは考えられないほど辛そうに顔を歪ませ、ビオラの前にニーナを連れて行く。

 ニーナの傷は、背中から刃物で斬りつけられたものだった。
 指輪に毒を仕込んでいた事を推察すれば、これはナディアに直接やられたものではなく、あの衛兵になりすました者による仕業かもしれない。

 恐らく内臓を損傷しているだろう。
 一太刀で意識が飛ぶほどの衝撃だったに違いない。

 それを彼女はバティンに知らせる為に朦朧とする意識のまま起き上がり、自分はいいからと途中で治療を拒み、バティンをビオラの元へと向かわせたのだ。



「・・・・・・何と惨い事を・・・・っ・・」


 クラークは顔を顰め、自分がかつてアカシアの滝の主に喰われかけた時の事を思い出した。

 同時にこんな事態に陥った原因が自分にあるという事に、己を幾ら責めても足りないほどの憤りを感じていた。


 ナディアが危険な存在に成りうることは予想の範囲内だった。
 昔から気性が激しく、気持ちが高ぶるとどんな行動に出るか分からないというのは、側にいたクラークが一番良く知っている。

 そんな彼女を警戒したからこそ、北の棟へと遠ざけたのだ。

 この五年、彼女達に会ったことが無くとも、行動は常に監視し続けていた。
 目立って何かを企む素振りもなく、部屋に閉じこもりがちな日々だった事は彼の耳にも入っている。
 静かさが不気味ではあったが、特に問題を起こす事無く平穏に日々を過ごしていたはずなのだ。


 ・・・・・・ならば・・・・・、秘密裏にクラウザーが此処に来ていることが仇となったか。


 警戒が必要だと、腕の立つ側近のひとりをこんな事に使ってでも危険を避けなければとやれる事はやったつもりだった。
 常ならば、その男がクラウザーを宮殿中央まで連れて行き、そこでニーナに引き渡すようにしている。
 隙があったとすれば、宮殿中央で待つニーナの方・・・。
 北の棟からクラウザーと男が向かっている間、ニーナはひとりで待っているのだ。
 そのほんの僅か数分を突かれたと言う事か・・・


 ・・・・・・だが、そこは宮殿の中枢。
 争いごとを持ち込めば死罪をも免れない場所だと、ナディアとて知っていたはずだ。
 目的の為には手段も場所も厭わないまでに身を貶めたのか・・・。



「・・・・・・治るわ・・・、まだ息があるもの・・・・・・」


 小さくつぶやいたビオラの言葉に、クラークは巡らせていた思考を中断し、二人の様子を祈る想いで見つめる。

 ビオラは塞がりかけた自分の傷はそのままに、ニーナの背中に光り輝く己の手を伸ばした。
 そして自身の状況を顧みることなく、バティンを勇気づけるように笑みを作ってみせる。


「バティン・・・、あなたの大事な人を失わせたりしないわ」

「ビオラ様・・・」


 先程、ビオラは言った。
 命さえ繋いでいれば助けられると・・・。

 それを裏付けるかのように、まだ僅かに息があるニーナの背中の惨い傷が光に反応を示し始めていた。

 傷は再生の為に自ら動き出し、傷が深い部分から活発に細胞が働き始める。
 それは今まさに、この手のひらから発する光がニーナの命を繋ぎ止めようとしている瞬間だった。


「ニーナは私にとっても大切な人よ・・・、こんな事で終わらせない。・・・・・・絶対に守ってみせるわ」


 ビオラは苦しげに息を吐き出しながら、ニーナの傷に集中した。
 どんな惨い傷であろうと関係ない。

 大切な者を苦しみから救えないなら、こんな力など持っていても意味がないもの。


 私がこんな力を持って生まれたのは、今この瞬間の為なんだわ・・・





 あぁ、何だろうこの気持ちは。


 愛しい、全てが愛しくて堪らない。
 クラークが愛しい、バティンもニーナも愛しい。


 レイドックが愛しい、

 何よりも、レイが愛しくて堪らない。



 レイ、レイ、レイ、

 あなたの身体の中に流れる禁忌の血を、狂おしいほど愛してるわ。



 抱えきれないほどの幸せは、全てあなたが運んできたものよ───






「ニーナッ!!!」


「・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・、ぁ・・・あ・・・、バティ・・・ン・・・・・・、ビオラ・・・様・・・は・・・」



 バティンの叫びが部屋に響き、それに応えるようにニーナの瞳がうっすらと開いた。

 傷は尚も蘇生を続け、元の状態に戻ろうと活発に動き続けている。
 更には、青白い顔色もうっすらと赤みが差し始めており、意識はまだ混濁しているが、それも時間の問題と言えそうなもので、安堵した一同は息を吐いた。



 だが・・・・・・




「・・・・・・ッ!!! ビオラッ、ビオラッ!!!」


「・・・ビオラ様ッ!」



 そこでビオラの意識がぷっつりと途切れたのだ。


 クラークは蒼白になりながら彼女の身体を起こして声を掛けるが、完全に意識を手放していて、手はだらんとベッドに投げ出され、どこにも彼女の意志が存在しない。



「ビオラッ、ビオラッ、ビオラッ!!!!」


 見ればまだ彼女自身の傷は半分ほどしか塞がっておらず、赤黒く変色した皮膚もそのまま・・・ビオラはそれを放置した状態でニーナを優先させたのだ。
 しかし、ビオラとて一刻の猶予も無い状況には違いなかった。
 首から侵入した毒が全身に回るのは恐ろしく早かったに違いなく、放置している間に致命的な状況へと刻一刻と迫っていたのは間違いない。
 更には産後の不調で昨日まで寝たきりだった彼女にどれ程の体力があったというのか。

 バティンが懸命に手を翳して治療を試みるも、赤黒く変色した部分が小さくなる気配はない。
 そもそもビオラとバティンでは力の種類が違うのだ、彼に同じ事など出来るはずがない。



「ビオラッ、ビオラ、目を覚ませ、ビオラッ!」


 クラークの叫びに一切反応することなく、彼女は深い意識の中へ飲み込まれたままピクリとも動かない。

 悲痛な叫び声を上げながら、彼はビオラを強く抱きしめ、蒼白になりながら、まるで急ぐように己の腰にかかる短剣に手をかけた。


「クラーク様、何を・・・ッ、おやめください!!!」

「止めるな、・・・私は約束したのだッ、ひとりでなど逝かせないと!! 私が直ぐに逝かなければ彼女がひとりになってしまうッ!!!」

「クラーク様ッ、いけませんっ、貴方はこの国の・・・っ」

「黙れっ、ビオラ無しでこの先どうやって息をすればいい、そんな明日など何の意味があるっ、彼女がいることが私の全てだッ!!!!」





 ───と、



 その時、2人はレイの甘えるような声と共に、

 “見覚えのある光”を目の端に捉えたような気がしたのだ。





「・・・・・・あーぅ・・・・・・、あー・・・・・・、まー・・・・・・」




 だが、既に意識の無いビオラから、それが発せられるはずは無く・・・



 ならば、






「・・・・・・・・・・・・レイ・・・・・・?」






 母に甘えるように抱きつき、


 レイの両の手のひらからは溢れんばかりの優しい光が───








「・・・・・・まさか・・・・・・レイ・・・・・・」





「・・・・・・あー、・・・まーぁ・・・、あーぅ」






 傷ついたビオラの首に幼く小さな手が触れ、一際大きな輝きが放たれる。

 その顔はあどけなく、守られる側の存在に違いないというのに、どこか慈悲深くビオラの面影を強く残し・・・





「・・・・・・おまえ・・・そんな事も・・・出来るのか? ・・・・・・ビオラのように・・・・・・、その力も受け継いだのか・・・・・・?」




 それは、奮えるほどの可能性を秘めた存在だった。
 彼女がレイを自分の全てだと言った意味がここに証明されているような気さえした。

 あぁ、ビオラ・・・・・・、君は・・・




「・・・・・・あー、あうー、・・・まーま・・・、あー・・・・・・」





 身体の成長に心が追いつくのはもっと先のことだろう・・・


 この子は生まれて間もない。
 先を考えれば途轍もない存在となるのは間違いがなかった。





「・・・・・・・・・クラーク様・・・・・・、・・・ビオラ様の・・・傷が・・・・・・・・・」


「あぁ・・・、レイ・・・・・・! おまえ・・・母を助けようとその手を光らせたのか・・・、まだ何も知らない眼をして・・・、レイ・・・、レイ・・・ッ」



 レイの手のひらから放つ光が消えると、彼が触れていたビオラの傷はすっかり消え、赤黒く変色した痕も全く無くなっていた。
 クラークは瞳を揺らしながらレイを抱き上げ、小さく柔らかなその愛しい存在を胸に涙を零した。






「・・・・・・・・ですが、・・・・・・クラーク様・・・・・・・・・」



「・・・・・・なんだ」






「・・・・・・・・・・・・ビオラ様は・・・・・・・・・・・・・・───」












 ───その後、ビオラが目覚めることは遂に一度もなかったのだ。








 後のバティンの調べから、確かにビオラからは傷も毒も全て消えている事がわかった。
 だが、その奇蹟とも言えるレイの行動は、彼女の鼓動が止まった後の出来事だったのだろう。

 命さえ繋いでいれば救うことが出来る、というビオラの言葉を思い返すのなら、そう考えるしか無かった。





 しかし、レイが起こした本当の奇蹟は、こんな所で終わってしまうものではなかったのだ。

 一見ビオラの力をそのまま継承したかのような彼の力は、それとはまた少し違った一面を持っていたのかもしれない。




 ただ・・・・、今目の前に起こったそれら全ての事実を公表する事は、現時点では赦されない状況があまりにも揃いすぎており、真実を深い闇の中へ閉じこめなければならなかったのもまた事実だったのだ───







その5へつづく


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