『運命の双子』

○第2話○ 君は誰を想う(その2)









 ひと月後、レイドックの式は滞りなく執り行われた。

 式の当日で初めて相手の女性の顔を知り、美しいとかそうでないとか性格はどうであるとか、そんなものには面白いほど関心がなく、彼は酷く他人事のように現状を捉える事しか出来なかった。


 ビオラとはあれ以来殆ど会話もなく、会う事があっても兄と呼ばれる度に彼女との高く厚い壁に絶望がつきまとうばかりだ。
 それでも、と、距離を縮めたくて近づけば、側近達の邪魔が入り叶うことがない。


 そして、レイドックには何より気になる事があった。


 ビオラがラティエルと度々会う機会を設け、二人は随分親しくなったと・・・
 例え信用できる男でも、ビオラに近づくのであれば、苛立たしいことこの上ない。

 それが、ビオラも好意を寄せているらしいという噂が流れ始めていれば尚更のことだった。





「陛下はいつも不機嫌な顔をしている・・・」


 不意に笑いを含んだ女の声が後方から投げかけられる。
 レイドックの妻となった女のものだった。


「・・・クジャタ、君は先に寝ていなさい。私はまだ仕事がある」

「なら、終わるまでここで待とう」

 まるで男のような物の言い方をする女だった。
 なのに、言葉遣いとは相反して透き通るような美しさは本物だ。
 加えて、纏う雰囲気が他の婦女子とは明らかに異質な何かを感じさせる不思議な女だった。

 しかし、レイドックにはそのどれにも興味を示すことが出来ず、薄情なまでに愛情の欠片も生まれることはなかった。


「クク、そう素っ気ない態度をとらずともよいではないか。これでも陛下の事は色々と知っているというのに・・・。わらわの夢見の能力をもってすれば、陛下が誰を好いているかくらい他愛もない・・・」

「・・・っ!?」

「ふっ、そのようなこわい顔を見せなくとも良いではないか。・・・まぁ、そんな事はどうでもよい。わらわは愛など要らぬ。ただ、使命は果たさねばならぬのだ。后となったからには、やや(子供)を産まねば、男のややを」

「・・・・・・君は・・・それで異論はないのか? どうしてそこまで割り切れる?」

 信じられないほど割り切った発言に、ましてやそれが女性からの言葉で、驚きを隠せない。
 彼女は相変わらず涼しい顔で淡々と続けた。

「それがわらわの運命だからだ。己の未来を知っているからこそ、逆らう意味のないことを受け入れるのは当然ではないか」

「・・・・・・運命?」

「そう、陛下がビオラ様を愛したのもまた運命。この先は・・・クク、知らない方が良いかの?」

 怪しげに笑い、彼女は自分の見たものを完璧に信じている。
 いや、恐らく外れたことなどないのだろう。
 それが、彼女の持つ夢見の能力だった。


「兎も角、わらわを孕ませれば済む話なのじゃ。陛下もこの程度のことをわらわに言われるまでもなく早う受け入れられよ」

「・・・・・・・・・」


 つまり、彼女は自分が子供を孕んで産めば、夫婦の睦み合いは不必要になる・・・
 それまでは夫の役目を果たせ、と言っているのだ。

 実際に彼女自身、甘い生活など望んでおらず、自分の役目が果たせればそれで良かった。


 レイドックは浅く溜息を吐き、目頭を押さえた。
 隠し事など全く意味を成さないのだろう・・・すべて彼女の夢見の能力によって筒抜けで、おまけに未来までも見られているらしい。

 それを知りたいとは思わないが、早く子を授かる事を望むという点では、彼女の考えと一致している。



「わかった。では、今日はもう休もう」



 ───今更、だ。


 もう、クジャタを幾度となく抱いてしまったではないか。
 ただ快感が突き抜けたとしても、また欲しいと思えないだけ。

 彼女に愛など要らないと言わせたのは恐らくレイドック自身だ。

 全て、ビオラにしか心を寄せられない彼が・・・・・・・・・




 分かっていながら、止まない思い。
 己の中に流れる血がそうさせるのか。




 父上、母上───


 妹を愛する理由があなた達ならわかるのだろうか?

 皇族に流れる血が、近親者をここまで執着させるのか?


 忌まわしい、呪わしい、滅びゆく。
 散々秩序もなく近親者と婚姻関係を結んでおいて、今更どうして私の代で禁ずるか。

 正常な血を今更求めるなど、愚かしいとは思わないのか。
 それを、私に押しつけて死んでしまうなど、卑怯ではないか。




 あなた方も、



 兄妹だった癖に。










▽  ▽  ▽  ▽


 ラティエルがビオラによって頻繁に王宮に呼ばれるようになってから半年が経とうとしていた。
 その間、城の者は彼を単なるビオラのお気に入りとして見ているだけではなかった。

 美しい姿形だけではなく、家柄も申し分ない侯爵家の主人。
 加えて私生活で乱れた噂も一切なく、温厚で潔癖な独身貴族。

 二人でいる姿を頻繁に目にするようになってから、重臣達は一つの案を勝手にまとめあげていた。



「ラティエル殿・・・」

 その日もラティエルはビオラに呼ばれ、彼女の部屋へと足を運ぶ途中だった。
 重臣の一人、ゼスが後ろから声をかけ、彼は足を止め振り返る。

「本日もビオラ様に呼ばれましたかな?」
「・・・ええ」

 ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべ、ゼスはラティエルに近寄る。

「毎日のように熱心に通われるあなたに、城の者はビオラ様の夫として相応しいのはラティエル様しかいないと噂しておりますよ」

「・・・・・・そのようなつもりで来ているのではありません」

「お戯れを! 単なる御友人のおつもりなら、ビオラ様の側にいることを許しておられるレイドック様に申し訳がたちません!!!」

 ゼスは大袈裟なほど首を横に振り、詰め寄ってくる。
 別にそれくらいで感情が動くラティエルではなかったが、レイドック、その名を聞いて顔色にやや変化がうまれた。

「陛下? ・・・・・・陛下も私のことをそういう目で見ておられるというのですか?」

「当然のことです。誰よりもビオラ様の御身を案じ、大切に想われるからこそ、今までどんな輩も近づけようと為さらなかったというのに、ラティエル様だけは例外中の例外、認めておられるからに他なりません」

 ラティエルは黙り込み、視線を下に落とす。
 今まであまり王宮に足を運ぶ事はなかったが、確かにビオラに浮いた話など無かったし、それどころか公の場に殆ど顔を出さないとなれば、彼女がどんな女性かなど知る由もない。
 それだけ考えても、ビオラに余計な虫がつかないよう細心の注意を払ってきたレイドックの気持ちが分かるというもの。

 今でこそ彼女と親しくしているが、あの偶然の出会いが無ければ今でも彼女の事は何も知らなかったに違いないのだ。


「レイドック様は既にご成婚され、御世継ぎも直お生まれになるでしょう。そんな御姿を見ていると、ビオラ様にも同様の幸福を望んでしまうのは私だけではないのですよ」

「・・・・・・」

「ラティエル様はビオラ様がお嫌いですかな?」

「そのような・・・っ!? そんな事は絶対にありません・・・・・・ただ・・・・・・」

「ただ?」

「あの方は・・・私にはあまりにも過ぎた存在だと・・・・・・。私にはあの穢れの無さが・・・」

 彼の心の内を少し垣間見て、ゼスは内心にやりとほくそ笑んだ。
 ラティエルがビオラに気があるのなら、話が早いと思ったからだ。

「それならば、この先もずっと穢れないよう、あなたが守っていけばよいのです」

 表面的には善意の塊のような笑顔を見せ、ゼスは大仰に頷く。
 ラティエルは、じっとゼスを見据えて黙り込んだ。


「・・・そうは思いませんか?」

「・・・・・・・・・・・・考えておきます・・・・・・それでは、私はこれで・・・」


 一礼をして、優雅に立ち去るラティエルを見て、ゼスは口角を最大限まで持ち上げて嗤った。







その3へつづく


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