『運命の双子』

○第2話○ 君は誰を想う(その3)








「部屋に閉じこもりっきりではちっとも面白くないわ!」
「まぁまぁそう言わず、陛下の命令ですから」
「・・・〜〜っ!!」

 ビオラはソファに腰掛け、行儀悪く足をバタバタさせながら、唸っている。
 その隣には、すっかり側にいることが多くなったラティエルの姿。

 彼はビオラの機嫌が下降気味である事を気に病み、何とか好転出来ないものかと宥め賺していた。
 だが、彼女の不機嫌はなかなか直らない。
 まるで軟禁されているような現状に納得がいかなかったからだ。

「森に棲む守り神がこの近くにも来ているらしいのです。けが人も出ているとか・・・」

 外の世界なんてよく分からない。
 守り神なのにどうしてけが人が出るの?
 皆の言っていることに矛盾ばかり感じて、どうしてそんなに警戒するのかビオラには理解できなかった。

 現状を説明してもあまり納得したとは思えないビオラの様子にラティエルは苦笑し、話題を変える事にした。


「では、何か話しましょうか」

「・・・・・・ん〜〜っ、じゃあ、外のお話をして。”街”の話」

 ビオラが興味を持つのは専ら王宮の外の世界。
 狭い世界しか知らない彼女にとっては、全てが新しく輝きをもっているようだった。


「・・・そのような話でいいのですか?」

「うんっ♪」

 ついこの間ここへ来たとき、あまりにせがむものだから自分の住む街の話をした。
 それが大いに気に入ったようで今も目を輝かせている。

「そう言えば・・・この間新しい服を新調しようと出かけたんです。すると店の前で知らない少年に呼び止められて」

「へぇ、なんて?」

「私の顔を描きたいというのです。画家の卵だと言っていました。私が了承すると彼はあっという間に私の顔を書き上げ、それを見せてくれました。とても特徴を捉えている良い絵だと思いましたよ。ですが、彼が言うにはその程度の腕は腐るほどいるのだそうです。でも、絵を描くことが大好きだから、いつか王宮のお抱え絵師になりたいと笑顔で語っていました。・・・・・・ビオラ様はそれがどういうことか、わかりますか?」

「え? え? どういうこと・・・って? よく分からない・・・けど、楽しそう」

 嬉々とした表情で聞いていたのに、突然質問されてビオラは慌てた。
 だが、素直な感想にラティエルは目を細め、小さく頷く。

「私もそう思いました。彼は・・・いえ、彼だけではなく皆笑顔に溢れています。子供も大人も夢を持つ事の出来る国なのだと、私はそういう国に住んでいることを誇りに思いました。そして、それらを豊かにしているのがレイドック陛下のお力なのだと・・・」

「・・・・・・そうなの」

「はい」

 ビオラにはレイドックが普段どんな事をしているのかはよく分からなかった。
 けれどいつも忙しそうで、自分とは大違いだと思っていた。

 そんなにも多くの人を幸福にしているのか・・・レイドックは自分が考えているよりもずっと凄い存在なのだと思った。


「にいさまはスゴイのね・・・私なんて、いてもいなくても、あまり変わり映えがしないのに・・・」

 自分を卑下するつもりはなく、純粋に心からそう思っていた。
 だが、ラティエルは少し怒ったように首を横に振り、

「そんな事はありません」

 キッパリと言い切る。


「陛下もこの城の者も、貴女を知る者なら誰だって、いなくては嫌だと思っていますよ?」

「・・・・・・そう・・・かしら? ラティエル様も?」

「ええ、思っています。その証拠に、殆ど王宮に足を運ぶ事がなかった私が、今では毎日のように貴女に会いに来ている」

「私が呼ぶからでしょう?」

「来たくなければ断っています」

 穏やかに微笑む姿にビオラは嬉しそうに笑顔で返した。
 そんな彼女の笑顔を見て、ラティエルは少し複雑な思いを抱く。

 最初に会った日も感じたが、ビオラは無邪気なのにどこか寂しがっているように思えた。

 そして、その原因が実はレイドックにあるのではないかと。

 この城の者も、この国の者は全て、レイドック至上主義だ。
 幼い頃から皇帝としての地位に就いていたというのは、ある意味同情を誘うものだが、類稀なる素質に皆の視線は彼だけに集中した。

 ところが、双子だというのに妹のビオラはどうだろう。
 温室に入れられ不自由なく育ったとはいえ、その温室にたった一人だったのではあまりに寂しすぎる。
 私と出会うまで友達の1人もいなかったと言っていたが、それが意味するとおり、彼女はずっと孤独だったのではと思ってしまう。

 もしも、彼女の寂しさを満たせるものなら・・・
 自分に出来るのだったら・・・


 ラティエルはビオラの手を取り、両手で温かく包み込んだ。
 彼女は不思議そうにしていたが、厭がる様子もなく逆に彼の手を握り返してくる。

 彼にはそれが、この先の自分たちの未来のような気がして、それだけで・・・もう充分な気がした。


「・・・私の元に、来ていただけませんか?」


 ゼスに言われたからとかそういうのではなく、純粋に彼女を幸せにしたいと思った。
 この小さな手とこの先もずっと一緒に・・・


 だが、ビオラは意味を把握していないのか、きょとんとして首を傾げているだけ・・・
 暫しの沈黙が流れた。



 ───あぁ、そうか。

 彼女には、遠回しに言っても伝わらない。
 自分の言葉を真っ直ぐに言って、初めて彼女の心に響くのだ。


 ようやく彼女が何も返さない理由を知り、ラティエルは、ごほん、と咳払いをして、もう一度ビオラに向き直った。


「つまり、直訳すると・・・あなたがすきです。結婚してください・・・・・・という意味になります」

「・・・まあっ」

 やっと理解したらしく、彼女は大きな目を更に大きくして驚いている。
 パチパチと何度も瞬きをして、頬に手を当て一生懸命考えているようだ。




 と、





「それって素敵! ラティエル様とずっと一緒にいられるのねっ!」






「──────え?」






 今度はこっちが目をしばたかせる番だった。
 だがラティエルのその反応が気に入らないらしく、ビオラは少しだけ眉を寄せてみせた。


「なぁに? 何故そんな顔するの? 私たち結婚するのでしょう? ちがうの?」

 首を傾げ上目遣いで彼の顔を覗き込む。
 ラティエルはその愛らしさに動揺を隠せない。

 大体、そんなに簡単に結論を出されるとはこれっぽっちも・・・っ


「あぁっ、いえ・・・あまりに即答だったので・・・言葉が見つかりません・・・」

「あのね、にいさま以外の男性でこんなにたくさん話せるのラティエル様だけなの」

「・・・はぁ、そう・・・ですか」


 その答えには些か肩を落とさざるを得ない。
 何故なら、あの場で偶々知り合ったのが自分だったというだけで、別の男性とあの時出会っていれば、その人と仲良くなったのではないだろうかと思えて仕方なかったのだ。

「私、ラティエル様じゃなければ、頷かないもの」

 自信満々といったような風情で頷きながら曇り一つなく笑う。
 童女のようなそれに彼の方も思わず笑みがこぼれた。


 今は、それで充分だ・・・


 ラティエルは愛しそうにビオラの手の甲に唇を寄せ、


「光栄です」


 穏やかに微笑むのだった。













▽  ▽  ▽  ▽


 その日はレイドックにとって、吉報とも言うべき報せが朝から耳に入ってきていた。

 クジャタがついに子を宿したのだ。
 流石のレイドックも世継ぎの期待への重圧と、愛する事が出来ない妻と続けなければならない行為という二重の解放によって久々に安堵の表情を漏らしていた。
 その話はすぐに周囲へと広まり、昼になる頃には王宮の中で知らぬ者はいないまでになっていた。


 レイドックはそんな日でも日々の責務をこなし、書類に目を通しながら側近のラグナスの報告を聞いていた。


「やはり、迷いの森の守り神の不穏な行動が目につきます。被害が少しずつ増えているだけではなく、出没地域が街から王宮近くまで広がっています。恐らく何かが原因で異常繁殖して食料が無くなったのでしょう。このままでは、外からの侵入者を防ぐ一方で、我々への危害も懸念せざるをえない諸刃の刃と化してしまいます」

「・・・そうだな」

 数年前から危惧してきたことが、ここに来て表面化してきていた。
 『守り神』が餌欲しさに森を離れ始めているのだ。

 これまで『守り神』は他国からの侵入者、侵略者をことごとく阻んできた。
 それは、ベルフェゴールという国そのものが徹底的に余所との関わりを拒絶して来たということもあり、『守り神』たちはその役目を果たす、まさに国の守り神として崇められてきたのだ。
 だがここ最近の彼らの不穏な動きには、どうしても目を瞑ることが出来ないという所まで来ていた。


「では、これから彼らを森に返す手伝いをしに行こう」

 今まで具体的な案がでる事もなく皆が静観していたものを、いきなりのレイドックの言葉でラグナスは驚きの表情を浮かべる。

「は、どのように・・・」

「簡単だ、我々が彼らより上の存在であるということを示せばよい」

「・・・は」

「凶暴なだけで頭が悪い守り神とて、敵わぬ存在には手はださん」

 ラグナスは、淡々と続けるレイドックの発言を今一つかみ損ねているようだ。
 守り神、それは国を守る大事な存在。
 しかし、それを凶暴なだけで頭が悪いという。

 一体・・・


「あのようなものを相手に私の力を使うのは不本意だが、ここまで表面化してきては放ってもおけないだろう。まあ・・・程良い数が残る程度にしておけば問題あるまい」


 言い放った彼の表情の中には、守り神に対する畏敬の念は微塵も見あたらなかった。
 むしろ、下等な生物を相手にしているとでもいうような・・・


 レイドックはそのまま立ち上がり、涼しげな表情のまま執務室を後にしようとしていた。

「・・・へ、陛下っ!」

「何だ」

 隙無く振り返る様に一瞬言葉を飲み込みそうになった。
 だが、ここでどうしても一つだけ確認しておきたかった。

「・・・陛下はもしや守り神を・・・・・・」

 ラグナスが言おうとしたことをすぐに理解したのだろう。
 レイドックは口端をつり上げ、クッと喉を鳴らして笑った。

「お前は、奴らに自分たちが喰い殺されて有り難いとでも言うのか? 元々森に侵入してきた者を見境無く襲っていただけの獣だ。よいか、民を守らないのなら守り神とは言わぬ、それくらい見極めよ」


 ・・・守り神が、聞いて呆れる。
 見た目からして醜く凶悪ではないか。

 あのようなものを崇めるなどとは、笑わせてくれる。


 レイドックは、冷笑に近い笑みを浮かべると、そのまま部屋を後にした。
 残されたラグナスはしばし呆気にとられていたが、レイドックの言葉と、守り神の存在を交互に思い浮かべ、彼の言うことに一理あると頭の中を整理し直した。








その4へつづく


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