『運命の双子』

○第3話○ 籠の中の鳥(その2)








 ビオラとラティエルは、式が終わるなり侯爵家の居城へと早々に戻っていた。

 今まで公の場に殆ど姿を見せた事がなかったビオラがあれほど多くの者を目にしたのは初めての事で、いつものように気儘に・・・とはいかない一日は予想以上に彼女を疲弊させていたからだ。

 しかも、彼の住む侯爵家の城へ来るのも彼女にとっては初めての経験・・・・・・加えて皇帝の妹君がそこで今後もずっと暮らしていく、という使用人たちの緊張がビオラにも自然と伝わり、何となくゆっくりする事が出来ない。

 唯一の救いといえば、産まれた頃から自分の身の回りの世話をしてくれたマリーが一緒に着いてきてくれたことだった。



「マリー、ねむいわ。早く休みたい・・・」

 漸く身体をきつく締めつける重いドレスを着替え、湯浴みをした後、ビオラはその疲労を隠すこともせずにマリーに寄りかかる。
 母親を知らないビオラだが、マリーの存在が彼女にとっては母親のようなもので、彼女がきてくれたことは何よりも心強いことだった。


「今日は私にとって、今までで一番誇り高い一日でした」

 マリーは微笑を浮かべ、ビオラの背に腕を回してやんわりと包み込む。

「・・・そう? マリーがウレシイなら・・・私も・・・・・・ウレシイ・・・・・・」

 あたたかい温もりを感じ、ビオラの意識が薄れて瞼が閉じていく。

「あらあら、だめですよ、まだ寝ちゃいけません。今夜は大事な日ですからね。もう一つ、大きな仕事を成し遂げないと・・・」

「・・・・・・ん・・・しご・・・と?」

「そうです、何も怖くありません、殿方に全てを任せればいいだけです」

「・・・・・・わかってる」

 小さく呟き頷くビオラに、マリーは少々驚いた。
 この後何が彼女を待ち受けているのか・・・そう言うことに対してビオラは無知なのではないかと思っていたのだ。
 無邪気な彼女を見ているとそう言ったことを教えていいものかと悩んでしまい、あろう事か彼女に殆ど教える事が出来ずに今日を迎えてしまった。
 それでも何となく理解をしているようなビオラの様子からして、知らないうちに誰かが彼女に教えたのかもしれないと思った。


 と、その時、

 扉が静かに開き、ラティエルが部屋に入ってきた。
 マリーは一度だけビオラを見つめ、少しだけ寂しげな表情を浮かべた後、彼女を抱きしめ、ラティエルに小さく会釈をすると部屋を出ていった。



「外は嵐ですよ。昼間はあれほど晴れていたのに」

「え?」

 窓の外を見ると、激しい雨風と共に時折雷雲が光を放っている。

「本当だわ、全く気付かなかった」
「・・・無理もない、随分疲れているみたいだから」

 穏やかに笑うラティエル。
 ビオラは小さく頷き、笑みを返した。

「あんな賑やかなのは初めてだったわ」
「そうですね、貴女を初めて目にした方も多かったようで、見とれていた姿を随分目にしました」
「嘘ばっかり」

 くすくす笑い、冗談としか受け取っていないビオラの様子に思わず苦笑する。

 本当に男女問わず、彼女を追いかける視線の多さといったらなかった。
 あれは陛下の妹君という注目からではない・・・彼女の存在そのものがそうさせたのだとラティエルは思う。


「でも・・・今まで私が公の場所に出なかった理由がね、なんとなく分かったの」
「・・・理由? ・・・そんなものがあるんですか?」
「たぶん」

 ラティエルに顔を向け、微笑む姿がどことなく儚い。
 彼は無言でビオラの言葉を待った。

「籠の中に閉じこめておくためよ。一生巣立つことのないようにずっと雛鳥のままでいれば安全だから・・・。・・・・・・だけど、その籠に付いている鍵は、飼い主自身の手で最初から壊されていたのね。・・・私が籠を飛び立てたのはその為なんだわ」


 ビオラの言葉は、あまりにも抽象的過ぎて理解するのは難しかった。
 云わんとしている事を一つずつ紐解いていこうと考えを巡らせていると、彼女の両手がラティエルの手を包み込んだ。
 真っ直ぐに見つめてくる瞳に呑まれそうになり、彼は見つめ返すしか無かった。


「・・・よく・・・分からないのだけど・・・これから・・・私はラティエル様のものになるのでしょう?」

「・・・・・・ビオラ・・・様・・・」

「ビオラと・・・」

「・・・ビオラ・・・・・・」

「はい」


「貴女を大切にします。永遠に・・・」


 嬉しそうに顔を綻ばせた彼女を抱きしめた。
 彼にしては珍しく感情的な程強く彼女の身体を掻き抱き、そのまま初めての口づけを交わしてベッドに身を沈める。

 首筋への愛撫をしながら服を脱がせると、息をのむほどの美体が現れた。
 言葉も出ないほど見惚れてしまったラティエルは、ビオラの不思議そうな顔で我に返り、吸い寄せられるように胸に手を這わせていく。


 ビクン

 全身が震え、ビオラの身体が強張った。


 少し性急過ぎただろうか・・・?
 そう思い、彼女の顔を覗き込んで驚いた。


「・・・・・・っ」


 彼女は顔を横に背け、頑なに目を瞑って震えている。
 まるで今されている事を必死に堪え忍んでいるかのように・・・


「・・・・・・ビオラ・・・?」

「・・・っ・・・・・・ひぅ・・・っ、いいか、ら・・・・・・っ、ラティエル様の思うよう、に・・・っ、つづけ・・・て」


 そうは言っても・・・・・・
 歯をガチガチと鳴るほど震わせて、これでは無理矢理事を成し遂げようとしているみたいだ。


「・・・こわいのですか?」
「・・・ちが・・・っ、だいじょ・・・ぶ」

「落ち着いて。嫌がることはしない。無理はしなくていいから・・ゆっくりでいい、今日はもう休みましょう」

「・・・ダメッ・・・っ、無理なんか・・・じゃ・・・・・・ただ、・・・初めてで、・・・だから、・・・・・・・・・・・・無理矢理でも、いいの・・・・・・っ」


 明らかに拒絶と恐怖を感じている様子なのに、ビオラは信じられない台詞を吐いて縋り付いてくる。


 初めてだから?
 だとしても、これでは・・・・・・




 ───カツン




「・・・?」



 窓の外で物音が聞こえた気がした。

 気のせい、だろうか?



 だが、






 ───コツン





「・・・・・・っ」



 今度は・・・・・・

 部屋の中で音が聞こえた。



 コツ、コツ、とゆっくりした・・・靴音が。





「・・・誰か、いるのか?」


 稲光だけが部屋を照らすのみで、他の灯りはとうに消えていた。

 静かな部屋の中に響いてくる足音で、ラティエルの聴覚だけが近づいてくる何かを捉える。



 コツ、

 コツ、

 コツ



 ・・・・・・コツ






 それは、ベッドの直ぐ側で止まった。




 雷光を頼りに目を凝らすと、くっきりとした黒い輪郭が目の前で静かに佇んでいる。
 確かに何者かがこの部屋にいる・・・・・・その事にラティエルは戦慄をおぼえた。


 ───誰、だ・・・?


 彼の疑問に答えるかの如く、突如、雷鳴が激しく嘶き、断続的に外から切り裂くような光が差し込んだ。

 その一瞬の光は、部屋の中の第3の人物を鮮明に浮かび上がらせ、ラティエルを驚愕させた。


 なぜなら、この場には絶対にいるはずのない・・・


「・・・なぜ、貴方が此処に・・・っ!?」


 ラティエルの様子に、ビオラが漸く異常に気付いて目を開けた。
 未だ彼女の上にのしかかるような体勢ではあったが、ラティエルの視線はビオラではなく別の方角を向いている。
 咄嗟に其方へ目を向け、その拍子に再び雷鳴が稲光と共に轟いた。


 今度は目の前の人物の全身を照らしだし、その表情までもが鮮明に・・・・・・




「・・・・・・にい・・・さま・・・・・・」




 それは、壮絶なまでに美しく、どこか暗い笑みを讃えた兄の姿だった───








その3へつづく


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