『ワガママで困らせて。』

○第1話○ 流花とオレ









 流花(るか)のワガママは今に始まった事じゃない。




 テッちゃん、いつもの雑誌買ってきて。

 テッちゃん、その髪型きらい。

 テッちゃん、明日朝早いの、電話で起こして。

 テッちゃん、この時計ちょうだい。


 テッちゃん、

 テッちゃん。



 その小さな唇から出てくる言葉の数々に、オレが逆うなんて滅多にないことだ。

 流花が言うと、よっぽどの事じゃない限りは何だって頷いてしまう。
 これは小さい時から2つ年上の流花の言うことを何でも聞いてきた、オレの身体にすり込まれた条件反射だ。


 流花が言えばオレが頷くというひとつの方程式。

 オレだけにワガママな流花の方程式。





 だけど最近になってそれが少しだけ崩れつつある。

 流花の小さなワガママを、全部聞いてやるわけにはいかなくなってしまったのだ。



 これはオレの事情。









 ごほ、ごほ・・・


 流花がいつもの変な咳をする。
 ちょっと苦しそうに。


「テッちゃん、ぎゅってして」


 そう言ってオレの肩に頭を預けて甘える。
 年上だからって時々大人ぶるくせに、流花の口調は小さい時からあんまり変わらない。


「・・・・・・やだ」


 オレはそっぽを向いて小さくひとこと。
 すると、珍しく流花の言葉を拒絶するオレにびっくりして、流花はマジマジとオレの横顔を凝視した。


「どうして? いつもはぎゅっとしてくれるのに。そうしたら苦しいの楽になるんだよ」

「知ってる。でも、・・・やらない」

「・・・・・・なんで?」

「なんでも。・・・オレ、今日はもう帰るよ」

「テッちゃん」


 流花はオレの腕を掴んで、立ち上がろうとするのを阻止しようとしてる。
 オレは『離して』と言おうとして、その顔を見たのが運の尽き・・・、呆気なく言葉に詰まってしまう。

 流花・・・何て顔でオレを見るの。
 たったこれだけの事でどれだけ動揺してるんだよ。


「・・・・・・・・・」


 そりゃあ確かに・・・・・・
 オレだって流花の言うことなら、どんな事だって全部聞いたって構わないって思ってた。



 でも、崩れたんだ。

 流花があの日、オレを崩したんだよ。










 ───あれは一週間前のこと。

 流花は突然泣きながらオレに言ったんだ。




 テッちゃん、キスしていいよ。

 テッちゃん、だから他のヒトの特別にならないで。




 その時、オレにはつきあって5日の彼女がいた。
 かなり強引に告白された事もあって、面倒だなと思いながらも、流れに身を任せるようにつき合い出した彼女が特別かどうかはよく分からなかったけど、オレにとっては流花の方が遙かに特別で・・・
 だから、何よりも流花の言葉を優先するのは、いつも通りの普通の事だった。

 だけどいつも通りじゃなかったのは、流花が泣いたこと。
 流花が泣くなんて、オレにはとんでもない一大事だったのだ。


 慌てたオレの行動は素早く、その日のうちには彼女に別れを切り出していた。
 ある意味自業自得というか、頭がくらくらするほど力いっぱい叩かれたけど・・・

 そして、頬に手形をつけた状態で流花に会いに行き、オレはその日、流花と初めてキスをした。


 流花の事は好きだったけど、あまりに近すぎて恋愛感情があるのかどうかは、キスをするまで自覚してなかった気がする。


 だから流花の唇がびっくりするくらい柔らかいのを知って、信じられないくらい興奮した。
 ついでに舌もいれた。
 歯とか歯ぐきとか、上あごとか、ベロの下も、流花の口の中でぐちゅぐちゅ思い切り暴れて、・・・泣きながら「さいてい」と反対の頬にも手形がつくほどビンタされて我に返るまで。



 ・・・それから、オレはおかしくなった。
 今までそんなことなかったのに、流花で色んな想像をするようになったんだ。



 流花を見る度に裸を想像する。

 服を一枚ずつ剥ぎ取る想像をする。

 白い首筋に紅い痕をつけたくなる。


 それで、流花のアソコに自分のを出し入れしたくなる。



「・・・・・・うっ・・・・・・」

「テッちゃん?」



 ・・・・・・考えてたら勃起した。

 この一週間、流花を想像するだけでこうだ・・・ズボンがキツイ・・・。


 だから流花の望むように抱きしめたりなんて出来るわけがないんだ。
 そんな事したら無理矢理押し倒してしまう気がして。


 あぁ、折角帰ろうとしていたところなのに・・・今立ち上がったらバレる・・・
 でもこのままでもバレる、股間を手で隠したら・・・

 ・・・・・・それも露骨にバレそうだ・・・


 考えるなオレ、考えるな考えるな考えるな



「る、流花、天井見て・・・」

「天井?」


 言われるままに流花が天井を見る。

 白くて細い首の曲線があらわに・・・・・・あぁ、吸い付きたいな・・・



「・・・・・・っ・・・うぁ・・・・・・」


 あああっ、バカかオレはっ! ・・・ますます大変なことに!!

 だから考えるなオレ、考えるな考えるな考えるな


「テッちゃん、天井何にもないよ」

「いいから天井!! 下はぜっったい見ないでっ!!!」

「はぁ?」


 眉を寄せて流花がオレを見る。
 見るなと言ったばかりなのに、何で下を見るんだよっ



「・・・・・・・・・・・・さいてい」


「・・・・・・・・・〜〜〜〜っっっ」



 もう、もう、もう〜〜〜・・・ッ・・・ッッ

 そんな軽蔑した目で見なくたっていいだろっ。
 男なんだから、こんな事故も時々はあるんだよっ!



「テッちゃん、何考えるとそうなるの?」


 流花がイジワルな質問をする。
 言ったら軽蔑するくせに、どうしてそんな事を聞くんだ。


「うぅうるさいな。ああああっち向いてっ、こっちを見るなっ」

「ふぅん、そういうこというの。年下のくせに」

「年下はこの際関係ないだろ」

「ねぇ、ソレ・・・・・・、どうなってるの?」

「はぁ〜〜!?」

「どうなってるの?」


 ちょっと勘弁して・・・っ

 ソレ聞いてどうすんだよ。
 説明したら見逃してくれるのかよ。


「じゃあ、見せて」

「はぁ〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」

「見せてくれたら、今日だけ、テッちゃんの考えてることひとつしてもいいよ」

「えぇえええええっ!?!?」

「・・・・・・何考えてるの・・・・・・ちょっとコワイよ」

「うぅううるさいっ! そんな事言って、本気にしても知らないからなっ」

「・・・・・・・・・別に、いーよ」


 ・・・・・・ホ、ホント!?

 い、言ったな言ったな、オレの言うこと聞くんだな。
 それだったら見せるからな、いいんだな。
 流花が言ったんだ、オレはそれを聞いただけなんだからな。


 この際、裸にしてやるとか。
 首筋に紅い痕つけるとか。
 そんな小さい考えなんか宇宙の果てにポイ捨てするぞ。

 オレは自分に忠実に生きる。
 だから、ホントに一番やりたいこと言っちゃうからな。


 生ぬるくないぞ、オレの頭の中。





「・・・・・・ほ、ほら・・・っ、好きなだけ見るがいいさっ」




 ばーーーーーん。




「・・・・・・・・・・・・っっ!!!」






 ・・・・・・・・・ち、超見てる。



 流花が、目を見開いて一点集中してる。
 オレのを流花がメチャクチャ見てる・・・・・・

 ど、どうだ、どうした、見ただろ、見たよな、見てるよな!?


 だったら何か言えよ、流花・・・っ
 じゃなきゃ今のオレの姿は、ただのヘンタイじゃないか・・・・・っ



「・・・・・・・・・・・・テッちゃん・・・・・・」

「なっ、なんだよっ」


「・・・・・・・・・ソレ・・・・・・コワイ・・・・・・・・・、想像とぜんぜん違う・・・・・・」



 じわぁ・・・と涙があふれて。

 うわぁあああっ・・・、・・・な、泣かした。
 オレが流花を泣かせた。オレのを見せて泣かせた。

 だだだだって、流花が見せろって見せろって・・・見せろって言ったんじゃないか〜っ



「・・・・・・わ、わるかったな。しししししまうからな。もういいだろ」

「ウン、もういい」



 がーーーーーん。

 お払い箱ですか。そうですか・・・



「・・・・・・でもテッちゃん」

「なんだよっ」

「ちょくちょく見たら慣れるかも・・・」

「・・・ぶっ」

「また見せてね」

「・・・・・・・・・・・・っ、流花〜〜っ」

「平気になったらテッちゃんとえっちしてもいいよ」

「えっ、えっ、ホント?」

「ホントだよ、でもはじめは痛いっていうから、痛くしないでね。痛かったらすぐやめてね」

「・・・っそ、それは・・・・・・オレもはじめてなわけで・・・」

「だからって他のヒトと練習しないでね」

「わ、わかってるよっ」

「帰るんじゃなかったの?」

「あぁっ、じゃあなっ!!」

「ばいばい」



 流花とデキる・・・

 なんてこったっ!!


 ウソだろウソだろ、こんな事ってあんのッッ!??
 もう舞い上がって踊り出しそう。

 流花とデキるデキるデキる〜〜♪











 ・・・・・・・・・・・と、


 舞い上がっちゃった気持ちは理解出来る・・・・・・。




 だが、恥ずかしい思いをしてまでオレのムスコを見せた目的は何だった・・・?
 何故オレはその全てをコロッと忘れ、まるで促されるように家に帰り、あろうことか目の前の御馳走をフイにするような真似をしてしまったのか・・・。






 ───見せてくれたら、今日だけ、テッちゃんの考えてることひとつしてもいいよ






 ・・・・・・・・・してねぇエエエエし!!!!


 キスすら、キスすらああああ〜〜〜っ!






 気づいたのは寝る前のことで・・・。









「・・・・・・・・とーぶん、・・・ムリかも・・・・・・・・」



 だからオレが帰った後、流花がそんな事を呟いていたなんて・・・オレが分かるはずもないだろ・・・。







第2話へつづく

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