『ワガママで困らせて。』

○第3話○ 回想・10 years ago【前編】










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 ごほっ、ごほっ、

 テッちゃん、くるしい。


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 今日、久々にあの時の夢を見た。
 もう随分長い間見てなかった、すごく懐かしい夢だ。


 実はあの瞬間が、オレ達の本当の始まりだったってこと、流花は気づいてるだろうか。

 それをオレが、今でも大切な想い出にしているってこと、流花は知っているだろうか・・・・・・











▽  ▽  ▽  ▽


 流花との出会いはオレが小学1年になったばかりの時だ。


「テツ〜ッ!! 高台の家に越してきた女の子見たか? 人形みたいに色が白くて、イイニオイがするんだってよ! ナッちんがすれ違った時にニオイ嗅いだらしい!!!」

「ふぅん、ナニソレ、おいしいの?」

「そうかっ、もしかしたらおいしいのかも! テツ、今度見たらなめてみろよっ、おれも挑戦してみるッ!!!」

「わかった、ケントーをいのる!!」



 最初は2件隣に住む幼なじみの亮(りょう)からの情報がきっかけだった。

 モチロン噂では聞いてた。
 バブルが弾けてからずっと空き家だった高台の豪邸に3人家族が越してきたらしいと、噂好きなオレの母親がしきりに何か言ってたから。


 でもその時は実物を見て無かったし、亮からそれを聞いて、オレは何だかうまそうだなって思っただけだった。




 流花を初めて見たのは、それから2日後の事だった。

 高台はオレ達の絶好の遊び場で、だからいつ流花と遭遇してもホントは不思議じゃなかった。
 だけどその時のオレは、宇宙人との遭遇くらい有り得ない事だと勝手に思い込んでて・・・突然流花が目の前に現れて、腰を抜かしたんだよな。

 しかも、ひとりで先に遊びに来てたから、ナッちんも亮もいなくて。



「・・・こんにちは」



 初めて聞いた流花の声は、何かの楽器の音色みたいで・・・
 オレは最初、アワアワ言って尻餅ついたまま流花を見上げるばかりで、何を言われたのか理解出来なかった。


 だって、見ただけで分かったんだ。
 目の前にいるのが高台の家に越してきた女の子だって。


 真っ白で、人形みたいで、こんな子は学校でもどこでも見たことが無かった。



「血が出てるよ、痛い? 手当てしてあげようか」


 どうやら腰を抜かして尻餅をついた時に、手を地面に擦ってしまったみたいだった。
 流花はかすり傷が出来たオレの手をとって、高台の自分の家に引っ張っていこうとする。


 だけどその時、

 ・・・なんだかとても良いニオイがして。


 それが流花から香ったものだと感じるのと同時に、オレは2日前に交わした亮との会話を思い出した。



 ぺろ・・・



「ひゃぅ!」


 オレは前置きも何もなく、突然流花の手を舐めたのだ。


「・・・おいしいのか、よくわかんないなぁ」


「何するのよッ、ヘンタイ!!!」



 バコッ!!!


 直後、頭をグーで殴られて。

 ビックリしたオレがとった行動はひとつ・・・



「・・・・・・うああああんッッ!!!」

「なっ、なにっ?」

「わあああんっ、ぶったああぁああっ!!!」

「ちょっとぉ・・・ッ、もぅ、なに? なんなのよぅッ」


 盛大に泣き出したオレの声にかなり退いた流花は、ものすごくイヤそうな顔をしていた。

 それでも仕方ないと思ったのか、泣きわめくオレの手を取って流花は自分の家まで連れて行ったんだ。



「まぁまぁ、どうしたの? その男の子はどこの子?」

「しらない。勝手に転んで怪我したの」

「まぁそうなの、流花えらいわね、とっても優しいのね。この男の子を放っておけなかったのね」


 流花の家に入るなり、泣きっぱなしのオレの声にびっくりしたおばさんが慌てて出迎えた。
 オレが泣く理由をそう言ったのはわざとなのか、それとも本当に手が痛くて泣いたと思っているのか、そこはよく分からなかった。

 だけど、いきなり舐めたのはオレだったし・・・ヘンタイと言われたショックもあって、『手は痛くないけど、ぶったから泣いてるんだ』なんていう反論は出来なかった。


「手当ては私がするわ。ママ、救急箱持ってきて欲しいの」

「わかったわ」


 おばさんは流花に感心して、涙ぐみながら救急セットを取りに走る。
 完全に娘の成長に感極まってる・・・って感じだ。


 そして流花はオレの手を洗面所で洗うとリビングに連れて行き、今度はソファに座らせる。
 だけど、そこまで行ってもまだぐずぐずと泣いているオレを見て、流花は心底めんどくさそうに溜め息を吐いて、オレを黙らせる一言をさらっと言ったのだ。


「それ以上泣くなら、ヘンタイってコト、おうちの人に言うからね」


 オレはビクッ!!! と身体をびくつかせて。
 一気に涙がひっこんだ。

 ホントは流花がぶったのなんて、あんまり痛くなかったし・・・ちょっとウソ泣き入ってたし。

 それで漸く落ち着いたと思ったのか、流花はそのくりくりのガラス玉みたいな目でオレを真っ直ぐ見た。
 もう何て言うか、流花の全部がキラキラしてて・・・オレは知らずにポーッとしてしまう。


「あなたの名前は? 何歳? 何処に住んでるの?」

「・・・・・・安西哲(あんざい てつ)・・・6さい。・・・家は・・・・・・すぐそこ・・・・・」

「そう、じゃあ自分で帰れるわね。私は周防流花(すおう るか)。最近ここに引っ越してきたばかりなの、8歳、小学3年よ」

「すおうるか・・・」


「流花、救急箱持ってきたわ」

「ありがと、ママ。後は私がやるわ」

「そう? ・・・ぼく、お名前は? 何処の子? 電話番号わかる? おうちの人に迎えに来てもらうよう連絡しようと思っているんだけど・・・」

「アンザイテツ、だって、家は近いみたいよ。だから自分で帰れるって」

「そうなの、良かったわ、もう仲良くなったのね。テッちゃん、流花と仲良くしてあげてね、まだ越してきたばかりでお友達がいないのよ。流花をよろしくね」

「ママ、もういいからっ、私ひとりで大丈夫だから。お願い、あっち行っててッ!」

「はいはい、何かあったら呼んでね」

「もうっ!」


 流花は顔を真っ赤にしてぷんぷん怒ってる。
 でもその顔が凄く可愛くて。


「るか・・・るか・・・」

「? 何? ・・・ばんそうこうだけで充分よね? いちおー、消毒もするのかな。・・・洗ったんだし、いらないよね?」

「・・・ん」

「・・・・・・ええと、こうして、・・・・・はい、ぺったん。おしまいよ」


 流花はペタッと手のひらにアニメ柄の入った絆創膏を貼って・・・
 満足そうに笑うその顔にオレはまた釘づけになる。


「・・・あ、ありがとー・・・るか」

「どういたしまして。テッちゃん」

「・・・てっちゃん・・・」

「なぁに? ママがそう呼んでたから、テッちゃんでいいんでしょ?」

「う、うん」


 テツとかテツくんとか、そんな風に呼ばれるのは慣れてたんだけど、テッちゃん、っていうのはあんまりなくて。
 おばさんに言われても何とも思わなかったのに、流花にそう呼ばれるとくすぐったくて、すごくソワソワした。


 それに流花が近づく度にイイニオイがして・・・・

 たぶん、もう一度ぺろぺろなめる事が出来たら、流花はすごく甘いお菓子みたいにおいしいんじゃないかと思った。









後編へつづく

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