『ワガママで困らせて。』

○第4話○ ふたりの関係【前編】










「テーツ、英和辞典かして〜」

「やだね。亮に貸すと落書きで埋まっちまう」

「そう言わず〜っ、アッ、ナッちんナッちん、イイところにやってきた〜!! なぁ、ナッちんでもイイからさぁ、かしてくれよぉ。テツってば、けちだからかしてくんないんだよぉ。そっちのクラス、さっきエーゴの授業終わったんだろぉ?」

「何かおごってくれるの?」

「なにぃ〜」

「僕は見返りが無いとオトコには優しく出来ないんだよ」

「も〜なんだよ、ドイツもコイツも!! じゃぁ、いーからテツ、はやいとこかしてくれよ」

「何がいいんだよ。・・・ったく、仕方ないヤツ。・・・ほらよっ」

「あぁん、テツ様〜、アイシテルワ」

「きもい。早く教室戻れ」

「じゃ〜ね〜、チュバッ」

「オエ・・・」


 投げキッスをしてクルクル回りながら去っていったのは幼なじみの亮。

 亮は隣のクラスで、もう一人の幼なじみのナッちんとは同じクラス。
 腐れ縁というか、オレ達は物心つく頃には既に仲が良く、選んだ高校まで同じだった。


 まぁ、それについては流花も・・・なんだけど。
 ていうか、そもそもオレがここの高校に決めたのは、流花がいたからだったし。

 他の二人は何でここにしたのか特に聞いたことは無いけど、単なる偶然なんだろう。



「亮が教室来ると騒がしいね。見てて楽しいんだけど」

「まぁね」

「・・・ところでテツ、早苗(さなえ)がうるさいんだけど」

「・・・・・・・は? なんでナッちんが・・・」

「女の子にはとことん優しくが僕のモットーなの。相談事も多いんだよ? それにテツと僕は仲が良いし、早苗が話しやすい僕に相談を持ちかけるのは、割と自然な成り行きってコト。ちなみに、今日も昼に時間空けてって言われてるんだよね」

「・・・あっそ」

「まだ諦めきれてないみたい。思い切りビンタしたのにね、次の日もテツの頬、腫れてたのにね」

「・・・・・・・・」

「あ、今も見てるヨ。手を振ってあげたら?」

「なんでだよ」

「冷たいなぁ・・・どうしてたった5日で別れちゃったの? 早苗カワイイじゃない」

「・・・・・・・・・」


 ナッちんの言葉に何も言えず、オレは溜め息を吐いた。

 実を言うと、オレは別れた理由を早苗にも、他の誰にも言ってない。
 たぶん、その辺りが早苗がうるさいってコトなんだと思う。


 けど・・・

 それが分かってても、本当のコトを言うのはイヤだった。
 流花のせいにされそうで、ちょっとでも流花が悪く思われるのは、オレがイヤなんだ。


 ひどいヤツだよな、オレ。


「今さ、流花ちゃんのこと考えてたでしょ?」

「へ?」

「テツはとにかく流花ちゃんだもんね。でもさ、流花ちゃんが基準だと世の中がおかしくなっちゃうよ」

「・・・・・・そんなの・・・・・・、いーんだよ、オレはそれで」

「・・・認めちゃうんだ?」

「認めるも何も・・・、ホントじゃん」

「・・・まぁ、そうだけど。でも、流花ちゃんはものすごーく、とびきりだから。ソレ、わかってる?」

「・・・・・・うるせー」


 そんなの。

 ・・・言われなくてもわかってるさ。


 大体、小さい頃からそうだっただろう?
 流花が引っ越してきた時なんて大騒ぎだったじゃん。ナッちんも亮も、他のみんなも。

 だけどな、そのとびきりの流花とオレはキスしてるんだ。
 最近じゃ毎日、2回も3回もしてる。

 それだけじゃない。

 オレのを見せて、触ったり・・・

 さらには流花のを舐めてみたり・・・
 それだってもう・・・2回はしてる。

 1回目の暴発は予想外だったけど、2回目は何とか持ちこたえて、我ながら結構がんばった。
 (そのかわり、流花がイッた後はトイレにダッシュだ)


 だから絶対、この先に進むのだって時間の問題なんだ。
 何てったって、流花がしてもいいってオレに言ったんだから。


「・・・・・・ぁ・・・ッ」


 ・・・やべ・・・、た、勃つ・・・っ

 学校で妄想すんなよ、オレ。
 いくら溜まってるって言っても、流花の事考えたらヤバイって分かってることじゃん。

 おさまれおさまれおさまれ・・・


「テツ、どうかした?」

「・・・あーあーあー、何でもない。とにかく早苗に何か相談されてもテキトーに流してくれよ」

「え〜、そんなの僕の主義に反するなぁ」

「オレの方がナッちんと古いつき合いなんだし、やっぱり友情は大切にな?」

「・・・はぁ、・・・はいはい、わかったよ。だけど面倒な事になるようなら、ちゃんと自分で解決するんだよ?」

「わかってる」


 ナッちんはまだ全然納得してないみたいな顔してたけど、諦めたみたいに頷いた。

 ホント、昔っからナッちんは女の子大好きだもんなぁ。
 マメだし、顔もなかなかだから、結構モテる。

 オレにナッちんみたいな器用さが少しでもあれば、もっとうまく出来たんだろう。


 こればっかりは、今更だけど・・・










▽  ▽  ▽  ▽


 昼休み、オレは流花の教室に来ていた。
 1年が3年のクラスに行くって相当な勇気らしいけど、オレは昔からこういうのが普通だったからあんまり抵抗はない。


 流花もそれは慣れたもので、オレが教室の入り口に顔を見せると持参の弁当を持って直ぐにこっちへ走ってくる。


「あれ〜、流花、今日もオトウトくんとお昼一緒? 最近毎日じゃない?」

「ウン」


 流花は嬉しそうに笑って、途中話しかけてくる友達に手を振る。
 オトウトって所を否定しないのはちょっと複雑だけど・・・・・まぁ、わざわざ否定するのも面倒だろうし。


 だけど、周囲のオトコ共はオレの事ジロジロ睨んでて、これにはかなりの優越感。

 ふふん、流花とお昼一緒だぞ、いーだろう、うらやましいだろう、・・・そんな気持ちを込めて奴らの視線を受け流す。


「テッちゃん、行こ」

「今日どこで食べる? ・・・出来れば・・・二人になれるトコがいいんだけど」

「え? ・・・あ、・・・う、うん」


 流花は頬を染めて少しだけ俯く。
 オレもつられて赤くなって・・・胸の奥がものすごく熱くなる。


 実は・・・

 昨日の昼、オレ達はこっそり柱の陰でキスをした。


 ざわざわする生徒達の声に緊張しながらも、隠れてしたキスはひどく興奮するもので。
 その時の流花の顔は言葉じゃ言い表せないほど可愛くて、このまま自分のものに出来たらとどれだけいいだろうと思った。


「あの・・・さ、屋上入口前の階段の踊り場なんてどう?」


 オレは昨日の夜から考えていた今日の昼食の場所をすかさず提案する。
 穴場だって前に誰かが言ってたのをベッドの上で思い出したんだ。


「そこ、誰も・・・来ないの?」

「わかんないけど、そんな話を聞いたことあったから」

「・・・・・・、・・・そっか」


 流花は小さく頷いて、オレ達は二人きりになるためだけにその場へと向かうことにした。





「・・・・最近のテッちゃんって、ダイタンだよね」


 屋上入り口前の踊り場に座り、弁当箱を広げながら流花がポツリと言う。
 やっぱり思った通り、ここには誰もいなくて。
 きっと誰かが上がってきても、先客がいれば去っていくだろうって雰囲気で、すごく静かだった。


「そう?」

「・・・・・・ん、・・・」

「どういうところが?」

「・・・えと・・・、・・・・・・・・・、お昼一緒なの、毎日にしようって言ったり・・・、朝も帰りも一緒に帰るって言ったり、・・・あと・・・・・・、えっちなこと・・・・・・とか・・・、最近・・・すごくしてる気がする・・・」


 流花はもじもじしながら、箸をぎゅっと握って。
 そんな姿もホントに可愛いんだ。


 ・・・そして流花の言葉を改めて反芻して、最近のオレはダイタンと言われればそうなのかも・・・とちょっとだけ思った。

 今までも昼飯を一緒にってのはたまにあったし、登校は一緒だけど下校に関しては時々一緒ってくらいで・・・
 でもオレは学校でもどこでも、もっと流花と一緒にいたいって気持ちが最近どんどん膨らんで。

 エッチな事は・・・・そんなにしてるかわかんないけど。


「そういうの・・・流花はイヤなのか?」

「・・・う、ううん・・・ちがくて。・・・テッちゃんは、恥ずかしいとか・・・無い?」

「無いよ、・・・それにオレ・・・これでもかなりガマンしてる」

「えっ、・・・そ、そうなの?」

「だって、オレ達まだ・・・その・・・、最後までしてないじゃん。・・・だから、流花とそうなりたいって・・・、いつも思ってる」

「・・・・・・そう・・・なんだ・・・・・・」

「そうなんだよ」


 そう言って、オレは流花の口にキスをする。
 重ねるだけの軽いヤツ。

 流花は真っ赤になって俯いた。


「・・・・・・・・・テッちゃん」

「・・・うん?」

「・・・あ、あのね、・・・ホントは私・・・、もう・・・あんまりテッちゃんの・・・見ても・・・・・・コワくないかも・・・」

「・・・・・・ホント?」

「・・・たぶん」


 流花は小さく頷いて、恥ずかしそうにノリタマのふりかけがかかったごはんをパクパクと頬張る。
 オレも購買で買ってきたカレーパンをガブリと一口。

 ちょっとだけ沈黙が続いた。



「・・・・・・テッちゃん・・・」

「・・・ん」


「・・・・・・ひとつ、教えて」

「うん」


「私、テッちゃんにとって・・・どんなかんじ・・・?」



 オレにとって・・・?


 今更何だろうと思いつつも、流花の言葉に真剣になって考えてみる。


 オレにとっての流花・・・

 だけど、その答えは最初からひとつしかなかった。



「・・・・・・流花はオレのトクベツな女の子だよ」


「・・・・・・・・」


 流花は大きな瞳を潤ませて、頬をピンクに染めた。

 オレ達の間には、また少しだけ沈黙が流れて・・・



「・・・・・だから・・・、オレは流花と・・・その・・・・・・」




「テツ〜!」



 言いかけた時、何故かオレの名前が階段下から呼ばれた。
 静かだからやけに響いて、オレ達はビクッと肩を震わせる。


 何だよ、いい雰囲気の時に。



 ・・・・・・って、



「・・・・・・げ、・・・・・・ナッちん・・・・・・早苗・・・・・・」


 階段下には二人が立ってて。


「テツ〜、あからさまにイヤな顔したな」

「・・・ナッちん・・・だって、・・・・・・何で二人がここに・・・」

「僕は早苗とヒミツのお話をね、ここって殆ど人が来ないから」

「・・・・・・」


 そう言えばナッちん、今日も早苗に相談のお願いをされてるとか言ってたっけ。
 しかも、この場所が穴場だって言ってたのって・・・よく考えたら、ナッちんだったかもしれない。


 ・・・・・・あぁ、もう・・・。

 これは・・・この場所を選択してしまったオレのミスだよな・・・。


 空気が重い。

 居たたまれなくなって、オレはササッとカレーパンを袋に戻して流花の弁当も超速で片付けた。


「流花、ごめん。場所変えよう」

「えっ・・・でも」

「・・・いいから」


 戸惑う流花の手を取って引っ張る。

 無言のままオレ達は階段を降りて、二人の隣を通り過ぎる。
 このまま何もありませんように・・・心の中でひたすら祈った。


 ・・・だけど、


「哲くん、私がフラれたのって・・・まさか周防先輩が理由なの?」



 早苗は直球でオレに疑問をぶつけてきたのだ・・・。









後編へつづく

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