『ワガママで困らせて。』

○第4話○ ふたりの関係【後編】










「・・・・・・・・・、・・・は・・・、・・・言ってる意味、よく分かんないんだけど」

「だって、・・・だったら何で? ・・・理由くらい教えてよ、『もうつきあえない』だけじゃヒドイよ。私、何か気に障るコトした? 哲くんの嫌がることしちゃったのかな?」

「そんなんじゃない」

「だったらどうして?」

「・・・・・・、いや・・・ていうか・・・、最初からオレが悪かったんだよ。好きとかよく分かんなくてつき合うとかホント・・・」

「それでいいって私、言ったじゃん。つき合ってくうちに気持ちが向いてくれればって・・・少しずつでいいからって、それでつき合ったんじゃない」

「・・・う・・・ん。・・・・・・あのさ・・・この話はまた今度にしてくんない? 今はちょっと・・・」


 そう言ってオレは流花の手を引っ張って階段を降りる。
 繋いだ手の先から戸惑ってる流花の感情が流れてくるみたいで、オレは流花の顔を見ることが出来なかった。





 だけど・・・、


「まってよ哲くん!」



 ガシッ、・・・・・・と。


 下の階に降りたところで・・・流花と手を繋いでるのと逆の腕に早苗がしがみつく。

 オレはこれ以上ないくらい、その行動にギョッとして・・・


 しかも・・・・・・繋いだ流花の手が・・・・

 ・・・・ギュウウウッッ・・・ともの凄い強さで握ってきて。



 それに・・・階段を降りたのがまずかった。

 次第にオレ達の様子に気づき始めた周囲の視線が、ざわめきとともに少しずつ集中し始める。



「それともやっぱり周防先輩が理由? お昼一緒に食べたり、登下校一緒だったり、そういうのは小さい頃からの延長だって前は言ってたよね? ねぇ、哲くん、ホントはどうなの?」

「・・・・・・〜〜ッッッ、・・・っや、・・・、は、・・・離し・・・・・・」

「いやだよっ、だってどっか行っちゃうもん、哲くんの事好きだもん!!」





 ・・・ギュウウウウウウウウ〜〜ッッ




 うわ、イテェッ!
 流花、ちょちょちょっと・・・ッ。


 ち、ちがうってえぇ〜〜〜〜〜ッッ!!!!





 無言の圧力をかける流花に対して、オレの心は一瞬のうちに押しつぶされてしまう。

 もの凄く心臓がバクバクして、運動してるわけでもないのに息苦しくなるくらいテンパって・・・。




「・・・・・・だ、・・・・・・だからオレは・・・・単に早苗の事好きになれないと思ったからで・・・・・ッ」




 そ、そうそう、それはホントの事だッ!
 つき合ってみても、キスしても、どきどきしたり・・・そういうのはなくて。


 更に本当の事を言えば、オレは流花が好きで、流花もオレを好きで。

 つまり流花とオレは相思相愛って事で・・・だからこれ以上はつき合えないって事で。


 でもそれは、流花を悪く思われそうだから言えないって、オレが勝手にそう思ってるだけの事だ。


 けど、だからこそオレはこんな状況になってるわけで・・・・・・。





 ・・・でも・・・、・・・・・・あ、あれ?




 そもそもオレが流花に対して恋愛感情を持っていると気づいたのは、キスがきっかけだったはず。
 今のこの気持ちって、後から分かったことだよな?

 いくら流花に言われたからって、あんなに超特急で別れを切り出さなくても良かったんじゃないか・・・??



 ・・・・・・あ。


 そうだ・・・流花がキスしていいって。

 あのご褒美がとんでもなく魅力的・・・


 ・・・・ハッ、・・・いやいや、それは違うって。


 そう言う事じゃない・・・オレにとっては流花の方が何よりトクベツだったからで、流花が泣くほどだったのかと驚いて慌ててそれで・・・・・・だから、キスが欲しかったからってわけじゃない。

 そうだよそうだよ、それでいいはずだ。



 ・・・・・ん? ・・・・だけど、ちょっと待て・・・・・


 そもそも流花がオレに好きだなんて、一度でも言ったことがあっただろうか?


 ・・・・・・・・・無い、無いはずだ。

 勝手に決めつけてたけど、これってどういうことだ!?


 ・・・流花ってオレのコト好きなのか? どうなんだ!?

 いや、でも今更そんな・・・!!
 あんだけイロイロさせてくれて、そんなわけが・・・・・・


 流花だって・・・オレが好きだから、あんな事言ったんだよな? な?






 最早オレの頭の中は混乱しすぎて、冷静になれば考えるまでもない事すら疑問として湧いてくる始末だった。

 更には益々エスカレートする流花の無言の圧力に全く免疫が無いオレは、ペッシャンコになりそうな程追いつめられていって・・・




「哲くん、黙ってないで何か言ってよっ!」






 ・・・ギュウウウウウウウウウウウ〜〜〜〜ッッッ






「・・・・・〜〜〜〜・・・ッ、・・・ッッ」






 そして、オレの脳みそはそこで『ぷすん・・・』とショートしてしまった・・・。





 一体なぜだろう・・・・・・、


 ホントにその瞬間の記憶は・・・・・・何故だかぽっかり抜け落ちて、見事に何も憶えていないから不思議でしょうがない。





 ただ、その直後、以下のような内容のセリフがオレに向かって吐き出されたのを、不思議な国のおとぎ話を聞くみたいな気分でぼんやりと鑑賞するオレがいたのは本当だ。







 ───哲くんがそんな人だったなんてぇッ!!!


 ───テッちゃんの、ばかーーーッ、何てコト堂々と言うのーーーー!!!








 オレには何が起こったのか、全く理解出来なかった。



 早苗が何で泣きながら走っていったのか、

 ・・・何故、流花は顔を真っ赤にして、繋いだ手を思い切り振りほどいて去っていったのか・・・・・・






 だけどその後、呆然と廊下に立ちつくすオレの肩を叩いたナッちんに縋り付くような目を向けると、何かを悟ったらしく、まるで哀れな子羊を見るような目で、その瞬間の出来事をざっくりと教えてくれた。





 ・・・オレはどうやら・・・


 誰もそんなコトは聞いちゃいないというのに、響き渡る廊下で絶叫したらしいのだ。





『流花が望むなら、オレはどんな難題でも受け入れるつもりだっ!! 何を言われても、何を要求されても、それを流花が望む限り努力しつづける!!』・・・と。


『なぜなら、流花のワガママはオレにとって、これ以上無いくらいの喜びだからだ!!』・・・と。



 さらには、


『例えその姿が下僕のようであろうと、オレは自分を貫いてみせる───』・・・と。





 それはもう、舞台の上でスポットライトを浴びた役者のように堂々としていて、大変見事な決意表明だったとナッちんは語った。







「・・・・・・テツって、流花ちゃんが絡むとすごく面白くなるよね」

「・・・・・・・・・」


 ナッちんにそんな事を言われ、何が・・・などと切り返す気力はオレにはなかった。


 ・・・・・・それは・・・本音といえば本音なんだろう。

 でも、何度思い出してみても、頭の中にはやっぱり何にも無くて。
 そんな恥ずかしい事を・・・本当にオレは言ったのだろうか・・・。

 だけど・・・さっきの流花と早苗の態度を思い返せば、何となく納得も出来てしまうのがコワイ・・・・・・。



「まぁ、早苗もこれ以上は騒がないんじゃない?」

「・・・・・・・・・うん」


 実際、ナッちんが言ったように、早苗はこの日を境に騒ぐことはなくなった。
 たぶん、一気に冷めたって事なんだろう。
 ちょっと複雑な気もするけど、結果的にこれはこれで良しとしてオレは結論づける事にした。




 ところが・・・・・・

 世間の目はオレを放っておいてくれなかった・・・・・・



 あの絶叫を聞いた他の生徒達を発端として噂が噂を呼び・・・、次の日にはオレは『下僕宣言をした人』として多大な注目を集めてしまったのだ。

 あんな注目のされ方は初めてで内心すごく戸惑った。

 けど、だからといって誰かに対して後ろめたい気持ちがあるわけじゃない。
 みんなが騒げば騒ぐほど『それがどうした』という気持ちになり、寧ろ肝が据わったというか。
 全く怯むことのないあの時のオレは、極めて堂々たるオーラを放ち続けていたに違いない。

 周囲もそんなオーラを感じ取ってか、それとも期待してたのと様子が違うと思ってか、騒ぎが沈静化するまでそう時間はかからなかった。




 しかし・・・

 ある日の昼休みの会話がまずかった。


『テッちゃん、髪の毛、ちょっと伸びてイイ感じになってきたね』

『・・・ん? あぁ・・・、ナントカって犬みたいになってきた?』

『ウン、今までで一番似合ってる』

『・・・そう?』


 廊下を歩きながらのこの会話を誰かに聞かれていたらしいのだ。

 結果的にこの会話はあらゆる誤解を招く要素を持ち合わせていたらしく、・・・更なる噂に面白可笑しく尾ひれをつけまくった揚げ句、一体全体何故なのか・・・最終的にはオレの数々に渡る伝説的偉業(モチロンウソだ!)が広まり、一部で尊敬を集め、陰でレジェンドと呼ばれたりもしていたらしい・・・。

 どうやらみんなはオレのことを、精神的、肉体的ダメージを与えられることに興奮してしまう方々・・・簡単に言えばMな人と同列にしたいらしく、聞く噂はどれも耳を疑うほど恥ずかしい内容ばかりで、『そんなの流花が望むわけないだろッ!!』って何度も叫びそうになった。


 ちなみにどんな伝説かは・・・少々倒錯的でヘンタイっぽいので、あまり言いたくはない。





 ・・・ちくしょー。
 みんな、勝手なコトばっかり言って、人を笑いのネタにして・・・ッッ


 大体、大変だったんだ。
 あの絶叫の日から流花は3日も口をきいてくれなくて。



 あ、言っとくけど、オレが流花のワガママを嬉しいと思うのは、流花がオレだけに甘えてるっていうトクベツな事だからだ!!

 そんなすごいコト、絶対に誰にも教えるわけないけどな!!!






 だけど・・・・・・

 周囲にどう認識されても平気だけど、流花がオレのことをどうやって認識しているかは・・・やっぱり何より気になるもので。




 なぁ、流花。

 今更だけど・・・オレ達ってコイビト同士・・・なのか?




 胸の中に湧いたモヤモヤにどうやって対応したらいいか分からず、オレは暫く流花にキスひとつ出来なかった。










第5話へつづく

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