『ワガママで困らせて。』

○第5話○ Love me tender【前編】











 記憶が飛んだ・・・あの日から2週間。




 オレはまだビビっていた。
 それはもう女々しい程にぐるぐる考えて。


 オレ達は恋人なのか、幼なじみなのか・・・。
 全ては幼なじみの延長線上だったのか、そうでないのか。
 エッチして良いと流花が言ったのは、一体どういう意味だったのか・・・

 結局のところ、オレは勘違いしているのか、勘違いではないのかと。


 今更確かめるのも恐ろしく、流花にどうやって接していいのか全く分からなくなり、とにかくビビっていた。






「テッちゃん、うちに寄っていけば?」


 一緒の学校帰り、流花の家の前まで送ったところでオレは直ぐに帰ろうとしていた。
 だけど、流花は離れようとしたオレの腕を掴んで引き留める。


「・・・・・・ん、・・・今日は・・・」

「それ、昨日も言った」

「・・・そうだっけ?」

「ここのとこ、毎日そう。今日は帰る、今日は用事が、・・・そればっかり。テッちゃん、ヘン」

「・・・・・・はは」


 オレは乾いた笑いで誤魔化し、内心ではやっぱヘンだったか・・・と溜め息を吐く。


 この2週間、流花に触れる・・・という一点を除いては、今まで通りに接するように努力してきたつもりだった。
 モチロンあからさまに避けるわけにはいかないので、出来るだけさり気なく、二人きりになるのをなるべく回避しつつ、行きも帰りも一緒で昼も一緒、その点に変化はないように。


 そのかわり、・・・流花のこの誘いだけはのらりくらりとかわしてきたのだ。


 だって、夕方に流花の家に行くと、大抵家には誰もいないんだ。
 サークル活動やら買い物やらで流花のおばさんが帰ってくるのは7時を過ぎる時もある。
 おじさんは一年の殆どが出張で家にいないし、ひとり家にいるのはやっぱり寂しいみたいで。

 けど、その間誰もいない家で、しかも流花の部屋で、オレ達は二人きりになる・・・
 おばさんはオレがいるからって安心して出かけちゃうけど、本当はオレが一番危ないんだ。


 流花の部屋に行ったら、触りたくなるに決まってる。
 キスしたくなる、それ以上もしたくなる、ガマンできる自信がないんだ。



 ───オレ達の関係って何だっけ?


 それだけのコトすら、ビビって確かめられないくせに。





「テッちゃん、歌うたって」

「へ?」

「何でもイイから歌って」

「・・・ここで?」

「ウン」


 何だかわかんないけど、突然流花は歌のリクエストをしてきて・・・

 家の前でかよ・・・と若干恥ずかしさが込み上げたが、オレはう〜ん・・・とちょっと考えて歌い始める。


「らーらーらー、らんらんらん。りーりーりー、りんりんりん。るーるーるー、るんるんるん」

「・・・・・・」

「るんるん、るかちゃん、るるるるるー」

「・・・・・・なにソレ」

「オレ作、『るかちゃんのうた』」


 流花は顔をちょっとだけ赤くして、怒ったように『ふぅん』と呟いた。

 これは恥ずかしい時の流花の顔。
 まぁ・・・そりゃそうだろうよ。実際オレの方がはずかしい。



「じゃあ、次! テッちゃん、バク転して」

「は?」


 じゃあ、・・・って何だ?


「いいからっ、やって!」

「・・・お、・・・おう」


 流花が求めてることがメチャクチャでよく分からん。

 でもまぁ・・・出来ないコトを言うわけじゃないし。

 バク転は、中学の頃にクラスの男子がやってるのを見たらしく、流花に『テッちゃんもやって』と言われ、あの時は亮とナッちんに手伝ってもらって猛特訓したんだよな。
 出来るようになると毎日のようにやってやってとせがまれたっけ。

 う〜ん、なつかしい。

 オレは地面にバックを置いて周囲を確認する。


「じゃあ、いくよ」


 せーの、と掛け声を出し、オレは真後ろに向けて勢いよく跳んだ。
 そのまま強く押し返すように地面に手をつき、腰の反動を利用して回転し、『シュタッ』という効果音が聞こえるくらい、見事な着地をキメる。


 ・・・・・・ふっ、・・・カンペキ。


 久々の割には乱れも無く、恐怖もなく、我ながら最高の出来だった。


 オレ、たぶん超かっこいいはずだ。

 これを学校でやった時、すごいモテたし。
 流花が他の人の前でやるのは禁止って言うから、それ以来はみんなの前では封印したけど。



「・・・どうだった?」

「・・・・・・ウン」


 流花は小さく頷いて。

 そんで、オレの側に近づいて、シャツの裾を引っ張った。



「・・・・・・テッちゃん」

「うん」


「・・・・・・、・・・帰っちゃだめ・・・」


 流花は頬を真っ赤に染めて言う。
 あまりに可愛くて、オレの胸は飛び出しそうなくらいに高鳴った。


「・・・・んと・・・じ、じゃあ・・・、ちょっとだけな・・・?」

「・・・・・・ん」


 結局、こんなに可愛い流花の言葉に逆らうなんて出来るはずもなく、オレ達は門を抜け、互いに無言のまま流花の部屋へ向かったのだった。












▽  ▽  ▽  ▽


 オレ達は流花の部屋に入っても無言のままで・・・オレはというと、出来るだけ流花の側に近づかないように、さり気なく間隔を空けてベッドの端に腰掛けている。

 だけど暫くして、この状態について、オレはひとつ疑問に思い始めた。


 流花の部屋では大抵ベッドの端に2人並んで腰掛けて座るのが定番だ。
 でも、冷静になって考えてみたら床に座る・・・という選択肢があっても良いはずで。

 小さい頃からずっとこうだったという単なる惰性だけど、このベッドという場所も、オレがエロい妄想をしてしまうひとつの要因かもしれない・・・とちょっとだけ思った。


 ・・・ヨシ、・・・それなら床に座ろうじゃないか・・・


 オレは心に決め、立ち上がる。


 ・・・と、


「テッちゃん」


 立ち上がったところで、流花がオレの腕を両手で掴む。
 なんだなんだとビックリしていると、泣きそうな顔で流花は首を横に振った。


「まだ帰っちゃだめ」

「・・・え・・・・・・、あ、・・・違うよ、・・・そうじゃなくて、床に座ろうかな〜って思って」


 どうやら流花はオレが立ち上がったのを、帰ると思ったみたいだった。
 だから、なるべく刺激しないような口調で理由を説明してみる。


「・・・・・・どうして?」

「え? いや、・・・なんとなく」

「・・・テッちゃん、やっぱりヘン・・・」

「そ・・・かな」

「ウン・・・」


 流花は小さく頷いて。
 掴んだままのオレの腕を少しだけ引っ張った。


「・・・・・・テッちゃん、どーして・・・キス、しないの?」

「・・・・・・っ」

「どーして・・・イロイロ・・・しないの?」

「・・・・・・・・・っっ」


「・・・・・・私、・・・テッちゃんの・・・見ても、もうコワくないって・・・・・・言った、のに」


 流花はぎゅっと目を瞑って、真っ赤になりながらオレの腕を思い切り引っ張る。
 予想外の力にオレの身体は流花の方へと倒れ込み、ハッとした時にはベッドに身体が沈んで、密着するくらい流花が側にいた。


「・・・あっ」

 ヤバイと思い、オレは咄嗟に身体を離そうと起き上がるが、それを制したのは何と流花の方だった。


「だめ、だめ・・・っ」

「る、流花・・・なに・・・」

「3日も口きかなかったの、怒ってるの? だからテッちゃん、なにもしないの?」

「えっ」

「あれはね、恥ずかしかったの。そんなに言うほど私ってワガママなの? って、怒ってたの。だって、みんなの前であんなコト言うから、次の日とか学校でイロイロ聞かれたり、からかわれたりして。一緒にいても視線が気になってどうしようもなくて。・・・それに、別れたって言ったのに、あの子テッちゃんが好きって・・・」

「・・・う、うん。・・・だよな」


 早苗の件は、オレが悪い。
 ちゃんと出来なかったオレの所為であんな事になったんだ。

 それに、あの瞬間の記憶が飛んだって言ったって、内容はナッちんに聞いてるし、流花が恥ずかしいって思うのも当然だって、ちゃんと分かってる。
 ・・・しかも、いろいろ聞かれたり、からかわれたりしてたのか・・・それはゆるせん・・・


「・・・でもね、ホント言うと、ちょっと嬉しかったの。テッちゃんの言葉が嬉しかったの」

「・・・・・・流花・・・」

「テッちゃん、どうしたらいつも通りになる?」


 流花はオレの腕にしがみついて・・・泣きそうな顔をした。


「・・・・・・」

「・・・さっきもね、歌うたうのもバク転も、そういうのはいつもどおり簡単にやってみせるのに・・・部屋に来るのはイヤそうだし・・・やっぱりテッちゃん、口きかなかったの、怒ってるの? だから二人きりになるの・・・避けてるんだよね・・・?」


 あぁ・・・あの意味不明な要求はそう言うことだったのか、とオレは少し納得する。

 流花が心を痛めていたなんて・・・ゼンゼン気がつかなかった。
 バレないようにしてたつもりなのに、だめじゃんオレ。


「・・・怒ってないよ」

「うそ」

「ホントに怒ってるとかじゃないんだよ。・・・っていうか、避けてるっていうのも、・・・オレがひとりでぐるぐるしてるだけというか」

「・・・ぐるぐる?」

「そう、ぐるぐるしてんの・・・」


 はぁ・・・と情けなくて溜め息を漏らす。

 こうやって流花とくっついてるだけでドキドキする。
 どうしても手を伸ばしてしまいそうになる。


 オレだけなのか?

 流花も同じなのか?


 こんな風に悩んで、ビビってるなんてかなりダサい。

 でもオレは流花のコトになるとダメなんだ、とことん流花に弱いんだよ。



「・・・・・・オレ・・・流花がもし同じ気持ちじゃないなら・・・最後までは出来ないから・・・」


 最高にかっこ悪いと思いながら、オレはやっと自分の気持ちを口にする。


「・・・・流花に触るのも、キスも・・・・・・、同じじゃないなら、しちゃいけないことだろ」


 本当は手を出したい、触りたい、流花と繋がりたい、一緒に真っ白になりたい。

 けど、オレは流花が大事だから、もし幼なじみの延長だけの気持ちで全部してもいいって、オレなら気兼ねがないってちょっとでも思ってるなら、これ以上手を出しちゃいけないんだ。



「・・・よくわかんない。・・・テッちゃんの気持ちってなに?」


 流花は不思議そうに首を傾げる。


「だからその・・・、なんてゆーか。・・・・・・オレは・・・・・・」

「・・・・・・うん」


「オレは流花が好きで好きで、とにかく大大大好きだってことだよっ!」

「・・・・・私もテッちゃん、大好きだよ?」

「えっ、・・・って、だからそれは、エート・・・・・・オレが言いたいのは・・・・・・コイビト・・・なのか・・・って、流花はそういう意味で、他の人の特別にならないでって言ったのか・・・、段々わからなくなってきて・・・・・・、考えれば考えるほど、オレの勘違いかもって・・・」


 オレがもごもごと言い淀んでいると、流花はオレの顔を覗き込んできた。

 アップで見る流花はとんでもなく可愛い。
 オレは益々ドキドキした。



「どうして勘違いなの?」

「・・・わ・・・わかんない・・・けど」


「テッちゃんは、私だけのトクベツじゃなきゃイヤだよ」

「う、うん」


「幼なじみなら夏樹クンだって、リョウくんだって、他の子だっていっぱいいるじゃない」

「・・・う・・・ん」


「あのままずっと幼なじみしてたら、テッちゃんと一生はムリだもん」

「そう・・・なのか・・・?」


「そうだよっ、他のヒトのトクベツになったテッちゃんなんてイヤッ! キスもその先も全部全部独占していいのは私じゃなきゃイヤッ! 私の方がずっとずーっと前からテッちゃんがトクベツだったのに、ヒドイのはテッちゃんなんだからっ、簡単に誰かのトクベツになったりして、キスなんか3回もさせて、ヒドイのはテッちゃんなんだからッ!!!」

「・・・・・・る・・・流花・・・・・・」


「・・・テッちゃん、ヒドイッ、ばか!! ・・・・・・ッ、ごほっ、ごほっ・・・ッ」


 流花はボロボロと大粒の涙を零し、感情が高ぶったせいかちょっとだけ咳き込んだ。

 オレは流花の身体をぎゅうっと抱きしめて。
 それだけで、流花はすぐに落ち着いたみたいでちょっと安心する。

 同時に、簡単に身を預けてしまう流花が可愛くて可愛くて、胸の奥がジンジンした。



「・・・・・・テッちゃん、好き、好き、大好き。・・・私の初めてのキスも、えっちなコトも、テッちゃんじゃなきゃイヤ。どーして勘違いなの? 私の方が、ずっとたくさんテッちゃんが好きなんだから」



 ・・・あぁ・・・


 流花が可愛い、なんて・・・

 そんなコトは初めて会った時から分かってたけど。
 今日の流花はそんなどころじゃないくらいだ・・・世界中に叫びたい。


「・・・流花っ、・・・オレ、・・・いっぱい触りたい。・・・流花が欲しい、全部全部、流花の初めてなコト、オレにちょうだい。これからの流花も、全部オレにちょうだい」


「・・・・・・テッちゃんの全部は?」


「そんなの、10年前には流花にあげてるっ!!」



 オレはそう言って流花に久々のキスをした。

 何度も何度も、こんなにキスしたい相手なんて他にいないと思いながら。
 好きすぎておかしくなるよ。



 流花、流花、オレの可愛い流花。




「・・・テッちゃん」


「流花、流花・・・・・・、流花」



「・・・全部、あげてもいーよ・・・・・・、その代わり・・・」


「・・・うん」




「・・・やさしくして?」



「・・・・・・うん」










後編へつづく

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