『ワガママで困らせて。』

○最終話○ それぞれの想い【後編】









 今日の昼も勉強会をやってたみたいで、放課後になるまでオレが流花に会う事はなかった。
 迎えに行った教室では帰りの支度を済ませた流花がオレに気づいて、小さく手を振ってくる。


「あ、オトウトくんじゃん。今日は一緒に帰れるの? 良かったね〜」

「ども・・・」


 いつもの流花の友達が横を通り過ぎながら、オレの肩をポンと叩く。


「あの・・・、オトウトくんって・・・なんすか?」


 オレはちょっとだけ勇気を出して、ずっと引っ掛かってた事を聞いてみる。
 流花の友達は『え〜?』って言って振り返り、楽しそうに笑った。

 そして、なぜかヒソヒソ声でオレの側に寄って。


「私、声大きいでしょ」

「・・・はぁ」

「だから、そう言ってれば周りも何となく納得しちゃって、キミも余計な敵を作らなくてすむじゃない。私、流花の味方だもん」

「はぁ・・・」

「オトウトくんって認識されてた方がラクだよ、もうしばらくはね。・・・あ、流花、ばいばい」

「ばいばい」

「オトウトくんも、ばいばい」


 そう言って、流花の友達は自分の机に走って、それから周りのクラスメイトに話しかけられて直ぐに楽しそうな笑い声に変わった。

 何となく不思議な気分になって、オレは流花に視線を移した。


「なに? どしたの? あーやが何か言った?」

「あーや?」

「ウン、今喋ってたでしょ?」

「あぁ・・・うん、・・・別に」

「そう?」

「うん」


 首を傾げる流花が可愛くてオレは小さく笑った。


 あぁ、何か・・・流花の周りは全部同じにしか見えてなかったけど。

 イイ友達持ってるんだなぁ・・・



 その事がものすごく嬉しかった。








 それからオレ達は家までの道のりをゆっくり時間をかけて帰って・・・


 流花の家に着くと既におばさんが帰ってて、いつもの優しい笑顔でオレ達を迎えてくれた。
 だけどオレの外見の変化を敏感に感じ取ったおばさんは、直ぐに心配顔に変わって・・・


「テッちゃん、制服あちこち擦れてるみたいだけど、何かあったの?」


 オレの腕やら肩やら膝やらが微妙に擦れてるのを気にしてる。


「夏樹クンとリョウくんと3人でプロレスごっこしてたんだって」

「まぁっ、ふふふ。男の子ねぇ」


 流花の言葉におばさんは柔らかく笑って。
 ポンポンとオレの腕を何度も撫でた。


「テッちゃんの好きなチョコケーキ買ってきたのよ」

「ホント? おばさんありがとー」

「上に荷物置いたらすぐに降りてきてね。流花もね」

「はーい。・・・ママ、相変わらずテッちゃんに甘いんだから」

「いいのよ、テッちゃんはママにとってもトクベツなんだもの」


 そう言って流花のおばさんはにっこり笑う。
 流花は諦めたように息を吐いて、オレの腕を引っ張った。


「テッちゃん、上に行こ」

「あぁ、うん。じゃ、おばさん後でね」

「えぇ」


 おばさんはオレ達の事、小さい時からああやって微笑みながら見守ってくれてる。
 ちょっとした変化も、いつもちゃんと見つけてくれる。


 優しい想いに守られて、オレ達はそれを当たり前みたいに感じて。

 ・・・・・・それって、幸せな事なんだろうな。絶対。




「もー、ホントにプロレスごっこなんて子供みたいなコトして〜。ママにもすぐばれちゃったじゃない」

「そーだね」


 流花は部屋に入るなりオレの腕やら肩やらをパンパンと軽く叩いて、まだちょっと残ってる汚れを落とそうとしてる。

 プロレスごっこなんてウソだけど。
 ・・・まぁ、後半は似たような感じにはなってたから、完全にウソではないかもしれないけど。


「まだ1年なのに、制服こんなにしちゃって〜・・・・・・ごほっ、ごほっ」

「流花、いいよ。叩いたらホコリが舞うだろ。そんなの後で自分で落とすし、大丈夫だから」

「・・・ん、・・・けほっ」


 流花はそれからちょっとだけ咳をして・・・
 だけど、今の流花がそれ以上苦しくなる事なんてほとんど無い。
 変わっていないようで、確実に色んな事が長い時間の間に変化しているんだ。



「テッちゃん、ぎゅってして」


「・・・うん」


 それでも、オレ達は変わらないんだ。
 流花はそうされる事を相変わらず望むし、オレも望まれることを嬉しく思う。


 だから、やっぱりずっとオレ達はこのままなんだ。




「流花、・・・勉強会はいいけど、もうあのオトコに触らせないでよ・・・?」

「・・・触らせてないもん。それより昨日あんなの聞かれて顔見れなかったんだから、もう絶対二ノ下くんと喋れないっ!」

「そう? でも他のオトコもだめだよ?」

「・・・も〜・・・・・・、わかってるわよぅ・・・」


 流花は口を尖らせてオレの胸に顔を埋める。
 オレは少し力をこめて、流花の身体を抱きしめた。



「テッちゃんも、ウワキはだめよ。そんなのしたら、百叩きじゃすまさないんだから」

「・・ッ、はははっ」


 オレはおかしくて笑った。
 そんなにされたら、大事な記憶まで飛んじゃうよ・・・と思いながら。


「何笑ってるのよ〜」


 不服そうな流花の声が可愛くて堪らない。


 ウワキなんて、そんなの出来るはずないのに。

 流花はそうやって必要もない心配をして・・・


「オレ、そんなにモテないから大丈夫だよ」

「・・・ばか。私が好きなんだからそんなわけないでしょ」



 そうやって当たり前に抱きつくんだ。




「・・・だからずっと、ぎゅってしてね」


「・・・・・・うん」



 いいよ。

 オレはこうやって、いつだって流花の言葉を誰よりも近い場所で聞くんだ。


 ずっと決めてたんだよ。

 オレは流花と・・・




「テッちゃーん、流花ー、早く降りてらっしゃーい」

「「はーいっ」」


 下からおばさんの声が聞こえて、二人揃って良い返事を返す。
 そうして、流花の口に触れるだけのキスをして、オレ達は笑いながら下に降りていった。









 一生でも、その先だっていいよ。


 だから流花、オレだけにワガママ言って困らせて───









2010.12.12 了


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