中嶋と美幸が二度目の肌を重ね、互いに激しく貪りあっていたちょうどその時、
椿荘を見下ろす山道に一台のライトバンが停車し、そこから3人の男が降りてきた。

「さすがにこの時間になるとかなり冷え込むな」

大須賀の吐く息はわずかな月明かりでも目に見えるほど白い。

「で? 速攻で仕事に取り掛かるのか?」

鞘堂が気が急いたように訊くと、大須賀は答える代わりに諏訪を振り返った。

「本当に今は宿のオヤジとその母親以外に従業員はいないんだな?」
「ああ、かみさんは体調を崩していてずっと入院してるし、俺が辞めてからは
従業員は年寄りの仲居が一人だけさ。それにそのばばあもいつも夕方過ぎには
帰っちまうから、夜はいつも2人だけだ」
「『辞めてから』じゃなくて『辞めさせられて』から、だろ?」

鞘堂が茶化すように言い、諏訪が嫌な顔をした。

「じゃあ客を含めてもせいぜい10人程度か。それなら・・・・」

大須賀は後部座席からゴルフバックを引っ張り出すと中身を取り出した。
もちろん入っていたのはクラブではない。それはよく手入れされた猟銃2丁と
小型ながら強力なスタンガン。

「これだけあれば楽勝だな」

猟銃は大須賀の父親が狩猟用に取得した本物だ。
黙って持ち出してきたが海外に長期出張中の父親にばれる心配はない。
またこのほかにもナイフや拘束用のロープ・ガムテープ・手錠も用意し、
ひとまとめにしてナップサックに詰め込んだ。

「ようし、そろそろいくとするか」

3人はエンジン音で接近がばれないように、そこからは月明かりと懐中電灯を
頼りに徒歩で椿荘へと向かった。
5分ほど歩いて宿へと繋がる小さな橋を渡りきったところで大須賀が急に立ち止まり、
声を潜めて指差した。

「おい、あれを見てみろよ」
「あれって?」
「あの車だよ、あの車」

大須賀が懐中電灯で照らし出した椿荘の駐車場には4台の車が停まっていた。
そのうち1台はドア部分に大きく「椿荘」と赤文字で抜かれた宿のライトバン。
残り3台は赤のカローラと白のワンボックスワゴンが並び、そして一番端に
停まっていたのがトヨタスポーツ800だった。

「あれは昼間の・・・・ じゃあ、あのカップルもここに泊まってんのかよ」
「ああ、そういうことだな。だから言ったろ、あの女にはまた会えるって」
「武人、オマエ知ってたのかよ。あのカップルがここに泊まるってことを?」
「いや。ただあの山道は若いカップルが好き好んでドライブするような道じゃないし、
それにアイツらの車の中にここを特集した温泉ガイドがあったからな。
おそらくここへの客じゃないかと思ってたんだ」

鞘堂が淫猥な期待に満ちた笑みを浮かべた。

「そうか、あの美人とまたご対面できるってわけか。
で? どうするつもりだよ、タケト」

分かりきった答えを求める鞘堂。

「どうするって何のことだ、チャド?」

それを承知で大須賀はいったんとぼけた。

「ふざけんなよ、そんなの決まってんだろ。犯っちまうつもりかって訊いてんだ」

すると大須賀もまた端正な顔を卑猥に歪め、わざと下品な言い方で
今度は期待に応えてやった。

「まあせっかくあれだけの上玉が大股おっぴろげて俺達を待っていてくれるんだ。
当然やることはやらせてもらう。『据え膳喰わぬは男の恥』って言うしな」
「そうこなくちゃっ! いいねいいね、あの美人を犯りたい放題に弄べるってわけか。
こりゃあ楽しみだぜ」
「でも男が一緒だったぜ。あいつはどうするんだ?」

諏訪が問うと、鞘堂が間、髪を入れずに答えた。

「そんなの決まってるじゃねえか。あの野郎の目の前でたっぷりと犯ってやりゃあ
いいんだよ。へっへっへっ・・・・ それにしても強姦(つっこみ)なんて久しぶり
だぜ。それも3人で輪姦(まわし)なんていつ以来だよ? ああっ、早く犯っちまい
てえ!」

そこで大須賀が人差し指を立てて口に当てた。

「おしゃべりはそこまでにしておけ。ここからは互いの名前を呼ぶのも禁止だ。
特に諏訪、オマエは顔だけじゃなくて声も知られてるんだから喋る時は気をつけろよ。
それにチャド、女をいたぶるのはかまわないが、俺達の一番の目的は金なんだ、
それを忘れるなよ。あの女は最後のお楽しみにとっておけよ」
「オーケーオーケー」

男達は目出し帽を被って顔を隠し、椿荘へ足音を忍ばせて近づいていく。

「こっち、こっち。鍵のかかってない窓があるんだよ」

諏訪の手引きで裏庭に回った3人は勝手口そばのアルミサッシの窓を見上げた。
懐中電灯のライトで照らしてみると諏訪の言った通り、一応はクレセント錠が
ついているもののかかっていない。鞘堂が呆れたように言った。

「客商売のくせにずいぶんと無用心だな」
「もともと田舎は都会に比べてセキュリティに関して甘いし、
それに犯罪自体めったに起こらないからたいていこんなもんさ。
まあ楽に侵入できるんならそれでいいじゃねえか。そんじゃ諏訪、頼むぞ」
「ああ、わかった」

諏訪は勝手口のそばにあったビールケースを足場にしてその窓に手を掛けると、
音を立てぬように慎重に開けていく。
ところが重く滑りの悪い窓枠レールが擦れる高い金属音がしんとした夜のしじまに
予想以上の大きく響き、3人はそのたびに息を潜めて様子を窺ったが、幸い宿の中
から人の出てくる気配はなかった。
5分ほどかけてようやく諏訪がそこからまず侵入を果たして勝手口に回り、
中から扉を開け、2人を迎え入れた。

「よし、いくぞ」

屋内への侵入に成功した3人は計画通り仕事に取り掛かった。



それは拍子抜けするほど簡単なものだった。
まず諏訪の手引きで宿の主人である岡山母子の部屋を急襲して2人を猟銃で脅迫し、
大広間に監禁した。そして鞘堂を見張りに残し、大須賀と諏訪が離れ以外の客室を
次々と襲って福岡夫妻、山口と宮崎の4人を同様に大広間に監禁することに成功
した。

「さてと・・・・ 最後は例のカップルの部屋だな」

2人が出ようとすると鞘堂がまったをかけた。

「今度は俺にいかせてくれ」

大須賀は頷き、諏訪に猟銃を渡して振り返った。

「じゃあ、あのカップルを連れてくる。しっかりこいつらを見張っておいてくれ」


────────────────────

男達が宿への侵入を果たす少し前。
中嶋がほんのひとときのまどろみから目を覚ますと時計の針は午前0時半を指していた。
傍らでぴったりと身を寄せるようにして眠っている美幸を起こさぬようにそっと布団
から抜け出すと、部屋つきの露天風呂にその身を沈めた。

「ふう・・・・」

大きく息をつくと、美幸との激しい行為が脳裏にありありと蘇ってきた。
2度目の交合において、中嶋は美幸の身体をまさしく堪能しつくした。
やや性急過ぎた最初とは違い、彼女の身体の隅々までに優しく丁寧な愛撫を
執拗と思えるほど繰り返し、その優美な肢体を形作るパーツの一つ一つの
すばらしさを改めて確認するようにその手で、指で、口で、舌で、
こころゆくまで貪り味わったのだ。
そして美幸もまた普段の清楚な印象の強い彼女からは到底想像できないほど
激しい乱れ方を見せてそれに存分に応えてくれた。
中嶋の愛撫によって徐々に性感を高められ、快楽と羞恥のはざまでたゆたい、
堪えるに堪えきれないといった風情で糸を縒りあわせるような繊細で切なくも
この上なく淫らな喘ぎ声を漏れ響かせて身体を開いた。
そして中嶋と一つになり、彼が腰を打ち込み彼女を刺し貫くたびに、
めくるめく性の悦びに身悶えし、感極まったように押し殺した嬌声をあげて
男の自尊心を十分満足させ、そして自ら腰を使って中嶋を激しく貪り求め、
絶頂の歓喜の中で彼の全てを受け入れてくれたのだ。

一眠りしても激しい行為の後のけだるさがいまだに身体に残っていた。
だがそれはその余韻にいつまでもひたっていたい心地よいものであり、
その熱く激しい行為の証として美幸が彼の背中にくっきりと刻み込んだ
爪痕と赤く腫れ上がった引っ掻き傷に染みるお湯の熱さですら快感に思える。
お湯の中の両手をじっと見つめれば、その手で愛撫した彼女の身体の感触が
生々しく蘇ってくる。
肌理の細かい淡雪のように白く眩しい柔肌の吸い付くような瑞々しい手触り。
しっとりと肉の詰まった乳房の若々しい張りとボリューム、揉み込めば揉み込むほど
その指を弾き返してくるしこしことした心地よい抵抗感。
そして中嶋自身をがっしりと咥え込んで離さない潤んだ蜜壷の熱さと
蕩けた肉襞が絡みつく感触、そして狂おしいほどぎゅうっと締め付けてくる
緻密な層を重ねた淫肉の圧迫感・・・・
思い返すだけでたちまち下半身が充血してきてしまう。

「うーん」

それを開放するように中嶋が湯殿の中でぐっと手足を伸ばした時、
背後から声が掛かった。

「中嶋くん」

振り返ると美幸がバスタオルを身体に巻いて立っていた。

「ああ、小早川。悪い、もしかして起こしちまったか?」
「ううん。喉が渇いて目が覚めたら中嶋くんがいなかったから・・・・」

美幸も湯殿に浸かり、中嶋のすぐ横に腰を下ろした。
2人の視線が重なり合ったが、何となく照れくさくなりすぐに互いに
視線を逸らした。
何か声をかけなくてはいけないと思い、中嶋は思わず口を滑らした。

「小早川、あのさ・・・・」
「何?」
「その・・・・ す、すごくよかったよ」

美幸は顔を真っ赤にして中嶋の肩を軽く叩いた。

「ばかっ・・・・」

中嶋は改めて美幸に向き直ると、まじめに言った。

「小早川・・・・ お、俺、絶対きみを幸せにしてみせる。約束するよ」

意外にも美幸は首を振った。

「ううん、違うわ」
「えっ、違うって?」

美幸は中嶋のお湯の中の手を握り、微笑んだ。

「中嶋くんに幸せにしてもらうんじゃない。私達は2人で幸せになるのよ」

そして一拍間をおき、顔を赤らめて続けた。

「それに2人きりじゃなくて、いずれ3人や4人になっても私は・・・・」
「小早川・・・・」

美幸が中嶋の唇に人差し指を押し当てた。

「『小早川』じゃなくて、『美幸』でしょ」
「あ、ああ。そうだったな、すまん」

何気なく空を見上げた中嶋が声を上げた。

「あっ・・・・ あれを見てみろよ」
「えっ? 何?」

美幸も空を見上げると、そこには都会では到底見ることのできない満天の星が輝き、
それはまるで若い2人の明るい未来を祝福しているかのようだった。

「きれい・・・・」
「ああ・・・・」

この一瞬、最高の時間(ひととき)を共有する2人。
そしてこの幸福な時間が未来永劫いつまでも続くものと疑いもしなかった。
だが・・・・ そんな幸せ絶頂の2人をまさしく地獄へと突き落とす悪魔の
足音がすでに背後にひたひたと忍び寄ってきていることにまだ2人とも
気づいてはいなかったのだ。



露天風呂から上がり、新しい浴衣に着替えて部屋に戻った。
今度は互いに別々の布団にもぐりこんだが、期せずして中嶋が右手を、
そして美幸が左手を少しずつ伸ばし、布団のつなぎ目で触れ合い指が絡まった。

「小早・・・・ いや、美幸」

中嶋が美幸の布団へと素早く移動し、彼女に覆いかぶさると耳元で囁いた。

「いいよな?」
「うん・・・・」

中嶋が美幸を優しく抱きしめ2人の唇が重なった。
瞬く間に中嶋の舌が美幸の口唇と歯列を割り、口内に侵入してくる。

「ううっん」

粘膜や歯の裏側まで舐めつくされ、舌同士が絡み合い、生温かい唾液が交じり合う。
口腔内を這い回る中嶋の舌触りが何とも心地よい。しだいに口の中が燃えるように
熱くなり、ぽうっと上気してくる。
中嶋は美幸の浴衣の襟元に手を掛け、やや乱暴に左右にぐっと開くや、
露わになった美幸の首筋に吸い付きキスの雨を降らし始めた。

「ああっ、ああっ・・・・! 中嶋君っ」

中嶋の手がブラのスリップにかかり、それを肩から外そうとしたその時、
突然ばたばたとした足音が部屋へと近づいて来るのが聞こえた。

「何だ?」「何?」

思わず顔を見合わせ訝しがる2人。
そしてその足音は部屋の前でぴたりと止まった。

「小早川はここにいろ」

中嶋が身を起こして布団から出ようとしたその時、突然部屋のドアが乱暴に開けられ、
2つの人影がなだれ込んできた。

「なっ、何だ、お前らはっ!」

2人にとって生涯忘れることのない最高の思い出となるはずだったの一夜は、
この時を境に生涯消えることのない傷を残す最悪の一夜へと変貌していくのだった。

────────────────────

突如部屋に闖入してきた2人組。一人は背が高く、もう一人はがっしりとした体格だ。
いずれも目出し帽をすっぽりと被って顔を覆い隠している。
そして背の高い男の手には猟銃が、もう一人の男の手にはナイフが握られていた。

「なっ・・・・ お前らはいったい・・・・」

長身の男――大須賀――が猟銃の筒先を中嶋の胸に向けると、
明らかに声色と分かるどすの利いた低い声で凄んだ。

「死にたくなかったら、おとなしく俺達の言うことを聞くんだ」

暗い照明の下では分かりにくいが、猟銃は本物のように見えた。
もう一人の男――鞘堂――がナイフを手錠に持ち替えて近づいてくる。

「な・・・・ 中嶋くん・・・・」

中嶋の腕に美幸がすがりつく。猟銃を前にしても悲鳴を上げないところは
さすがに気丈だが、それでも声は震えていた。

「だ・・・・ 大丈夫、安心しろ、小早川。お、俺がついている」

2人ともこの闖入者が昼間に出会った男達だとは気づいていなかった。
顔を隠している上に、声も作っている。それにこのような状況では
以下に警察官といえども冷静な判断などできようもない。
大須賀が嘲るように言った。

「『俺がついている』か。女の前だからっていい格好すんなよ、色男。
さっさと後ろに手を回すんだっ!」

銃口を中嶋の胸に押し当てられ、トリガーに指先がかけられた。

「俺は本気だぞ。抵抗する気なら容赦なく撃つ」
「な・・・・ 中嶋くん」

自らの腕にすがっていた美幸の指先が肌に食い込む。

「(くっ・・・・)」

このまま言いなりになり、あの手錠で拘束されるのは避けたかった。
しかし銃口を突きつけられたこの状況はいかんともしがたく、
それに下手に抵抗して万が一にも美幸にまで危害が及ぶのだけは
何としても避けたかった。中嶋は観念したように男に言った。

「わ、わかった。言う通りにするから危険なまねはよせ」

中嶋がしかたなく言う通りにすると、鞘堂がその両手を素早く手錠で拘束した。

「女っ! オマエもだっ! 後ろに手を回せっ!」

今度は猟銃の筒先が美幸に向けられた。
美幸は表情を強張らせ、ほんの一瞬逡巡したが、

「こ、小早川、ここは言う通りにしたほうがいい。
だ、大丈夫だ、俺がついている。必ず君の事は守ってみせる」

という中嶋の言葉に頷き、男に言われた通りに後ろに手を回した。
しかし鞘堂はすぐには美幸に手錠はかけようとはせず、その目出し帽のわずかな
隙間から覗く卑猥な視線を彼女の胸元に注いでいた。

「なかなか色っぽい格好だな。どうやらお楽しみの最中だったようだな」
「あっ!」

襟が乱れて露わになっていた胸元を美幸は慌てて浴衣の前を合わせて隠した。

「ヘッヘッヘッ、随分とお楽しみで羨ましいこった」

鞘堂は軽口を叩きながら改めて美幸も後ろ手にして手錠で拘束すると、
猟銃で脅して2人を先に歩かせ、大広間に連れて行く。
美幸の背中に銃口を突きつけながら、鞘堂はその後姿を舐めるように凝視していた。
浴衣の上からでも女性らしい凹凸のはっきりしたボディラインが見て取れる。
きゅっとくびれたウエスト、突き出した形のよいヒップ、それにさっきわずかに
覗き見えたバストの谷間も何とも艶かしく、それは男、いや雄の劣情を
いやがおうでも昂ぶらせる煽情的な雌の肢体だった。
その証拠に鞘堂の下半身は早くも充血し、己のシンボルがそのカリ首をもたげ始め、
強烈な自己主張を始めていた。
鞘堂は思わず生唾を呑み込みんだ。

「(この女、まじいい身体してやがる。早く犯っちまいてぇ・・・・)」

その時、期せずして大須賀と目が合った。すると大須賀は鞘堂のその邪な思いを
見透かしたよう声を低め、冷や水をかけた。

「さっきも言ったろ。そっちは後のお楽しみだ。まずはいただくものからいただくぞ」


────────────────────

宿の主人・岡山とその母である大女将、そして宿泊客6人全員が大広間に集められた。
美幸と中嶋は手錠で、他の6人はロープとガムテープで拘束されている。
大須賀が諏訪に何事かを囁くと、すぐに諏訪が部屋を出て行き、
残った2人は気分を落ち着かせようとタバコをふかしはじめた。
ここにきて冷静さを取り戻した美幸はそんな2人の様子を観察しながら、
さっきからずっと引っ掛かっていたことがあった。
猟銃の男は明らかに声を作っているが、時折思わず発する地声に聞き覚えがあるのだ。

「(この声どこかで・・・・)」

「それじゃあ、仕事に取り掛かるとするか」

男はほんのわずかに吸っただけでタバコをテーブルでもみ消すと床に投げ捨て、
踏みつけた。
その彼らの行動を見て美幸の記憶がフラッシュバックした。

「(あっ! この人達まさかあの時の・・・・)」

その時、山口が叫んだ。

「お・・・・ オマエら、俺達をどうするつもりだ!」
「黙ってな、おっさん」

大須賀がどすの利いた声ですごんだが、山口はなおも喰ってかかった。

「こんなことをしてただで済むと思っているのか!」

大須賀は山口に近づくともう一度繰り返した。

「黙ってろって言ってんだよ、おっさん」
「ふざけるなっ! 俺達を・・・・」

その瞬間、大須賀は猟銃を逆手に持つと、その台座で山口の顎を激しく打ち付けた。

「ぐわっ!」

鈍い音とともに前のめりに倒れる山口。福岡夫人が悲鳴を上げた。

「うるせぇ! ばばあっ! 黙れっ! 黙れって言ってんだっ!」

鞘堂が怒鳴る。そこへそれぞれの客室を物色していた諏訪が戻ってくると
諏訪の手にした大型のカメラを目にして大須賀がいぶかしんだ。
それは普通の旅行者が持つにしてはかなり本格的で、明らかにプロ仕様と
分かる一眼レフ。
それも今時珍しいフィルムカメラだったのだ。

「いったい何なんだそれは?」
「ああ、その男どもの部屋にあったんだ。どうやらこいつらはこの温泉に
取材にきた雑誌の編集者とライターってとこらしい」
「へえ、ライターねえ・・・・ それより現金はあったのか?」
「じじいとばばあの部屋にはたんまりとな。だけどあとはたいしたことなかったな。
でもそのカップルの部屋でこんなものを見つけたよ」

諏訪がポケットから取り出したものを見て、思わず中嶋と美幸が同時に声を上げた。

「あっ!」

それは2人の永遠の愛の証として中嶋が美幸に渡した婚約指輪。
大須賀がリングの内側に刻まれた英文字を読んだ。

「へえ、『From Ken to Miyuki』ねえ。
なかなかお熱いじゃないか、お2人さん」

諏訪がちらちらと中嶋と美幸を見やりながら、卑猥に笑った。

「そうだろうな。こんなものもあったし」
「こんなもの?」
「これだよ、これ」
そう言って、大須賀の手の中に何かを押し込んだ。

大須賀もまたそれを見てニヤリと笑い、そのままポケットに突っ込んだ。
「まあ、これはあとで使えるかもしんねえな。あ、いや、使う必要はないか。
まあ今はそれより・・・・」

大須賀は岡山の前にしゃがみこむとナイフを鼻先に突きつけ脅した。

「そんじゃおっさん、今度はあんたに有り金を全部出してもらおうか」
「そ、そんな・・・・ うちにはそんな金なんか・・・・」
「ダメダメ、おっさん、分かってんだよ。随分と溜め込んでるようじゃねえか。
それにテレビ番組で紹介されて儲けまくってんだろ? そいつを全部吐き出して
もらおうか」
「そ、そんな・・・・」
「金なんていくら溜め込んだって使わなきゃ意味がねえんだよ。あんたは随分と
渋ちんのようだから、俺達が代わりに使ってやっからとっとと出しな」

そこへ諏訪と入れ替わりに別の部屋を探っていた鞘堂が戻ってきた。

「おい、あっちの部屋にどでかい金庫があったぜ」
「そうか・・・・ じゃあその金庫を開けてもらおうか」

大須賀は改めて岡山に猟銃を突きつけて立たせると、鞘堂と入れ替わりに諏訪と2人で
大広間を出て行った。



鞘堂が宿帳をぺらぺらとめくりながら人質の身元を確かめていく。

「ふうん、オマエらが山口と宮崎。そっちの年寄りは福岡っていうのか」

そして中嶋と美幸に視線を向け、からかうような口調で言った。

「中嶋剣に小早川美幸ね。恋人同士が温泉旅行でお楽しみってところか?
ホント羨ましいこった」

「(えっ? 美幸? 美幸って確か・・・・)」

山口の脳裏に突然記憶が蘇えり、美幸の方を向き直って思わず声を上げた。

「あ、あんた、まさかあん時の婦・・・・」
「うん、何だ、どうしたんだ! この女がどうかしたのか!」

鞘堂が山口をねめつけ、山口が口ごもった。

「い、いやっ・・・・ 何も・・・・」
「何もってことはねえだろ? また痛い目に遭いてえか?
気づいたことがあったら話すんだ、おっさん」

鞘堂がナイフを片手に山口に詰め寄る。

「そ、それは・・・・」

山口は完全に思い出していた。
先々週ライター仲間の運転する車で仕事場に向かう途中に駐車違反で
婦警に捕まったこと、さらにその婦警のことを彼女の相棒らしきもう1人の婦警が
「美幸」と呼んでいたことも。
そしてまさしくその婦警が、今自分の目の前にいる。
今まで思い出せなかったのは、まさかこんなところで会うはずもないという先入観と、
警察の制服姿と浴衣姿の落差、そしてあの時はおさげにまとめていた髪が今はそのまま
ストレートに下ろしていて印象がまるで違っていたせいだ。

「おい、どうなんだ! この女がどうかしたのかっ!」

ナイフの刃先が山口の首筋に突きつけられた。

「い、いや・・・・」

男に美幸の正体を明かすべきかどうか迷った。
だがもしかしたら美幸が警察官だと知ったら彼らはびびって自分達を
解放してくれるかもしれない。
山口は美幸の方をもう一度向き直った。

「あ、あんた・・・・ 婦警なんだろ? 先週、あんたに駐車違反で捕まったんだよ。
お、俺は助手席に乗ってただけだから憶えてないかもしんねえけどな」
「何だとっ!」

鞘堂が声を高くした。

「婦警だとっ! ホントなのか!」

美幸と中嶋の顔色が変わり、二人とも明らかに動揺しているのが分かった。
そこへ大須賀と諏訪が宿の主人を連れて戻ってきた。

「おい、大漁だぜ、大漁。思ってた以上に溜め込んでやがった。軽く一千万は
ありそうだぜ」

上機嫌の大須賀だったが、すぐにその場の固まったような空気を敏感に感じ取った。

「おい、どうしたんだ」
「それが・・・・ この女、婦警なんだとよ」
「えっ? 婦警だと」
「ああ。その男がそう言ってんだ」
「どういうことだよ、おっさん」

猟銃を突きつけられた山口は今度は大須賀に迎合するように事情を話した。
大須賀も一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「なるほど婦警ねえ。猟銃を突きつけても悲鳴一つ上げないんでずいぶん気の強い
女だとは思っていたが、そういうことか。じゃあそっちの色男もサツなのか」

大須賀がライフルをナイフに持ち替え、美幸に問いただした。

「あんたら、本当に警察(さつ)の人間なのか?」

美幸が唇を強く噛んでうつむいた。中嶋の顔も青ざめている。

「どうやら本当のようだな。で、どこの警察署なんだよ?」

顔を背け、答えようとしない美幸の頬にナイフの刃先が当てられ、
わずかに食い込んだ。

「小早川っ!」
「色男、恋人のきれいな顔をずたずたにされたくなかったら答えるんだ。
オマエらはどこの警察署の人間(いぬ)なんだよ」
「クッ・・・・」

ここで下手に嘘をついてもしかたがない。

「墨東署だ」
「墨東署・・・・って、どこにあるんだ?」

鞘堂が首をかしげると、大須賀が言った。

「東京だよ、東京」
「東京?」

諏訪と鞘堂は高校卒業後も田舎に残ったが、大須賀だけは東京の大学に進学していた
のだ。

「それにしてもまさか警察の人間だとはな・・・・」
大須賀にしても冷静さを装ってはいたが動揺の色は隠せず、その不安が移ったかの
ように鞘堂と諏訪も顔を見合わせた。

「どうする?」
「どうするって・・・・」

その動揺した3人の様子を見て取り、美幸が反撃に出た。


「中嶋くんっ! この人達、昼間の男よっ!」
「えっ! 昼間のって・・・・ あの脱輪してた連中かっ!」

中嶋が美幸を振り返る。美幸が頷き、3人に向かって言い放った。

「そうなんでしょっ! 顔を隠したってわかるんだからっ!
それにこんなことをしても無駄よ、あきらめなさいっ!
私はあなた達の車のナンバープレートを覚えてるから逃げたって
すぐに捕まるわっ! わかったら私達全員を解放して自首しなさいっ!」
「この女(あま)・・・・」

鞘堂が怒りに肩を震わせ美幸に近づいてくる。

「おい、待てよ。落ち着け、落ち着くんだ」

諏訪が鞘堂にひきずられるようになりながらも必死に押し留めた。

「これが黙っていられるかっ! 離せっ! 諏訪っ!」

失言だった。それを聞いた岡山が声を上げた。

「諏訪だってっ! じゃあオマエはあの盗人野郎なのかっ!」

『盗人野郎』の言葉に今度は諏訪が逆上し、岡山のもとに駆け寄るや
彼の鳩尾を蹴り上げた。

「ぐおっ!」
「盗人野郎だとっ! ふざけるんじゃねぇっ! あんな安いバイト代で
こき使いやがってっ!」

大須賀は思わず天を仰ぎ、怒鳴った。

「ちょと待てっ! チャド、諏訪っ! 2人ともこっちに来いっ!
落ち着けっ、落ち着くんだっ!」

大須賀が2人をようやくなだめて3人は部屋の片隅に集まった。

「くそっ、ナンバー覚えてるなんてはったりじゃねえのか?」

鞘堂がいきり立ち忌々しげに美幸に目をやった。

「いや、相手は婦警なんだ。その可能性はある」

大須賀にとってもまさか車のナンバーまで憶えられているのは誤算だったが、
それより痛いのは諏訪の正体までばれてしまったことだ。

「まずいよ、これはまずい」

一時の激情からようやく冷静さを取り戻した諏訪の腰が引けた。
何より岡山母子に身元がばれるのを恐れていたのは彼自身なのだ。

「せっかくこんな暑苦しいもんまで被ったのに意味なかったな」

その一因が自分の失言にあることも忘れたように鞘堂が目出し帽を脱ぎ捨てたが、
大須賀は何も言わなかった。
身元がばれたのは諏訪だけだが、3人がつるんで色々と悪さをしていたのは
こちらではよく知られた事実だったし、それを考えれば、これ以上顔を隠すことに
それほど意味があるとは思えなかった。

「でも、これからどうするんだよ、タケト?」
「そ、そうだよ。これはちょっとまずいんじゃないか」

鞘堂と諏訪が落ち着きをなくして視線を交わす。
だが2人とは対照的に大須賀はまず一本タバコをふかすと落ち着いて言った。

「まあばれちまったんじゃしょうがねえ。金もたんまりいただいたし、
あとはあいつらをスタンガンで気絶させて、さっさとずらかるとするか」

鞘堂がはっと顔を上げた。

「おいおい、ちょっと待てよ。まだ・・・・」

大須賀がそれを手で制し、頷いた。

「分かってる。もちろんずらかるのはやることをやってからさ」
「やることねえ・・・・」

鞘堂がちらと美幸に視線を向け、口の端を歪めて淫靡な笑みを浮かべた。

「でもあの女は婦警だって・・・・ まずくないか」

相変わらずやや腰が引け気味の諏訪を、鞘堂が背中を叩いて叱咤した。

「何びびってんだよ。現役の婦警さんを犯れるなんてチャンスめったにねえんだぜ。
せっかくなんだ、たっぷり楽しませてもらおうぜ。それにオマエだって昼間は随分
あの婦警さんに執着してただろうが」
「あ、ああ、そりゃそうだけど・・・・」
「それに警察にはセイガクの時から随分といじめられたからなあ・・・・
その貸しはあの婦警さんに返してもらうとしようぜ」

いったん言葉を切り、卑猥な口調で続けた。

「か・ら・だでな。へっへっへっ・・・・ たっぷりと可愛がってやるぜ」
「まあ、そういうことだ」

大須賀の冷静な声に諏訪も覚悟を決めたように頷くと、鞘堂がニヤリと笑った。

「そんじゃ決まりだ、決まり。お楽しみの時間の開始だぜ。
まずは誰があの婦警さんに一番最初にぶち込むのかをじゃんけんで決めなきゃな」



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