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「……そうか」
 私の口から出てきたのは、そんな間抜けな返答だった。
 ヨウが不満げに唇を尖らせる。
「なんだよ、その反応は。オレが好きだって、言ってんだぜ?」
「ああ? うん」
 だから、どうだと言うのか。
 私は二十も年の違う子供を、奇妙な生き物でも見るかのように眺める。
 好き。
 そんな言葉は私達の間では意味を持たない。
 持ってはいけないのだ。
「先生?」
 どうやらぼんやりしていたらしい。ヨウの問いかけに、私はハッと目をあげた。
「先生、オレの事、好きだっていったよね?」
 好き?
 そう、好きだ。
 大人らしい、嫌らしい感情を伴う、好き、だ。
 まっすぐに私を見つめられる、ヨウの胸の中にある 好き とは違う。
 ああ、でも、ヨウはこんな事、理解できない。
 子供だから。
 綺麗な綺麗な、子供だから。

 私は憧憬の眼差しをヨウに向ける。反応の薄い私に、ヨウは苛立つ。背の高い椅子から滑り降りると、私の傍らに寄り添う。
「なぁ、なんとか言えよ」
「うん?」
「嬉しいとか、なんとかさぁ」
「うん」
 私は微笑む。微笑むことしか出来ない。
 怖いのだ。何もかもいびつで、間違っている。ヨウは私にそんな言葉を手向けるべきではないし、私は受け入れるべきではない。
 だけど。

 私はヨウの衣服を捨てられなかった。

 戻ってきて欲しいと、ずっと願っていたのだ。

「なぁ?」
 焦れたヨウが私の袖を掴む。私は重い腕を上げ、頬をそっと撫でた。
 弾力のある肌は、あたたかい。
 ヨウが背伸びをする。
 そして唇をぶつけるような稚拙なキスを私にくれた。
 可笑しくて、笑いたくなった。
 同時に、愛しくて泣きたくなった。

 私は、孤独だったのだ。



「先生?」
 低い声が私を呼ぶ。私はゆっくりと眠りの水底から浮き上がってくる。ゆらゆらと揺れる感覚。心地よくて、幸せで、くらくらする。
 誰かの手が、私の髪を弄っている。やさしくやさしく、子供にでもするように撫でている。
 恋人同士の愛撫は、子供を宥める所作に似ている。
「なぁ、起きてよ、先生」
 稚拙とは程遠いキスが、眠っている私の唇をこじあける。侵入してくる舌を軽く噛み、私は目を開いた。
 青年に成長したヨウが、ベッドに寝そべって笑っていた。両肘を突き、顎を支えている。白いパジャマを着ている。一緒に寝た記憶はないから、勝手に押し掛けてベッドに潜り込んだのだろう。もう大人なのに、ヨウは時々眠れないと言ってはわざわざ私の家にやってきた。先生の隣だと、とても良く眠れるのだと言う。可愛い我が儘を咎めることを、私はしない。
「おはよう、ヨウ」
 瞬きながらベッドサイドの目覚ましを掴んで時間を確認する。随分早い時間だった。眠くて眉間に皺が寄る。
「そんな顔しないでよ、先生。男前が台無しだよ」
 わしわしとベッドの上を這い私を躯半分乗り越えると、ヨウはカーテンに手を伸ばした。一気に夜色の布地を引き開ける。
 夜明けの空に、雪が舞っていた。
「ホワイトクリスマスだよ、先生」
 得意そうにヨウが鼻の頭を擦る。吐く息が白い。私は黙ってヨウに布団の端をまくって見せた。しなやかな躯が潜り込んでくる。
 ヨウは中学生の頃から変わらず私の傍にいた。何が楽しいのか、暇さえあれば家を訪れベッドに潜り込んだ。幼い恋情にも変化は無かった。今もひたむきに私を慕ってくれている。
 ……信じられないことではあるが。
「じきに雨になっちゃうんだって。だから先生に見せたかったんだ」
 仰向けに横たわる私の片腕に、ヨウが手を絡める。私は黙って外を眺めた。
 世界は静かだった。
 濃密な沈黙が、半分眠ったままの私の意識をねっとりと絡め取る。
「なぁ先生、好きだよ。大好き」
 ヨウの頬が肩にすり寄せられるのを感じる。私は瞼を閉じた。頬に触れる冷気、温かい羽布団の重さ、そして傍らにある高い体温を強く感じる。まるで夢のように。
「なぇ先生? 寝ちゃったのか? なぁ」

 夢なら、醒めないで。

 そう願いながら、私は再び深い眠りの縁に落ち込んでいった。


Fin.




2004.3/13

novel

すみません。冗長なお話でした。
一応 fin. にしましたが、 近日中に一度下ろすか手を入れてアップし直したいと思っています。

そもそも先生の視点にしてしまったことが失敗でした。
あんまりウェットな話にしたくないなぁと思ったのですが、乾燥しすぎて枯れています。
萌えポイントがボケています。←ダメすぎ! うぬう。