「え」
「嘘じゃねぇよ。…好き」
 照れ隠しのようにキスをして、三浦は体を起こした。上原に馬乗りになったまま、ジャージとシャツを脱ぎ捨てる。スポーツマンらしく筋肉の張りつめた体が、上原の目にさらされた。
「なんで…っ」
「俺ずっとセンセーのファンだった。甲子園に出場したころからだから、年期がはいっているぜ。シケた大学野球だって、あんたが出ている試合は全部見に行ったりしてたんだ。…だから、あんたが引退したときには、マジがっかりした。絶対プロになるって、思っていたからさ。俺は、あんたみたいになりたいって、ガキの頃からずっと思っていたんだぜ?。…なんて、言ったら、また泣いちゃうかな? とにかく俺はずっとあんたに憧れていたんだよ」
 ファンだった。
 俺みたいになりたいって、思っていた。
 三浦の言葉が頭の中ではね回る。
 ではあれは。ミーティングの時の無関心は。
 …監督の言うことなど、とっくに知っていたから、なのだろうか。こんな俺の、落ちぶれた姿なんて見たくなかったから、なのだろうか。
「あんたがうちの学校に来てくれて、嬉しかったけど…悔しかった。あんた、ホントはこんなところにいるような人じゃないのに、どうしてって頭来てさ」
 もう、だめだった。
 我慢できない。
 嗚咽がこみ上げてきて、上原は両手で口を押さえた。
 視界がぼやけて、よく見えない。
「そうや、俺は…っ、プロに、なりたかった。なれるところだった…っ。ずっとそのために努力してきたのに、俺は、アホや…っ」
「うん。でも、俺があんたでも、同じことをしていたかもしれないって思うよ」
 三浦が優しく涙を拭う。その肩に縋って、上原は泣きじゃくった。蛇口が壊れてしまったかのように、涙がとめどもなく溢れ出た。
 こんな風に泣き言を言うのは、初めてだった。
 悪いのは自分だと分かっていた。
 どんな慰めの言葉も己を責める上原には空虚に響き、素直に聞くことなんて出来なかった。
 けれども、三浦の言葉はすっと上原の胸に入り込んできた。その好意はまっすぐに胸をついた。
 酷く、嬉しかった。
 こんな風に自分を惜しんでくれる人がいる。
 その一事に、何もかもが、報われたような気がした。
 溢れる涙が、拘りを洗い流していく。


 気の済むまで泣くと、急に気恥ずかしくなり、上原は俯いた。三浦はさりげなく上原に体を寄せると、今度はごく自然に上原の髪を弄んだ。
 宥めるような感触が、気持ち良い。 「センセ、大丈夫か?」
「ん、泣いたらなんか、すっきりしたわ」
「そう…よかった」
 三浦の手が、腰骨の辺りに置かれた。指先でウエストのゴムを引かれ、上原は目を閉じた。
 何故だか、抵抗しようという気持ちは微塵もわいてこなかった。三浦になら何をされての良いと思った。
 ジャージを下着ごと脱がされてしまう。下半身がすーすーしてなんだか酷く心もとない。
 三浦に見られていると思うと、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「触っても、いい?」
 腰の辺りから声が聞こえる。
「聞くなや、アホ」
 わざとぞんざいに答えると、三浦はくすくす笑った。きっとあの、コドモみたいに無邪気な顔で笑っているのだ。
 敏感な器官に、なまあたたかいものが触れる。ざらざらしていて、時々ささくれがひっかかるから、三浦の指だと分かる。皮膚を滑る感触に、鳥肌が立った。
 先端の割れ目をくじかれ、思わずため息が漏れる。
 三浦の悪戯はタチが悪い。同性だからか、ツボを心得た刺激に、ぐんぐん欲望が育っていくのを感じる。
「あ、いや…や…」
 軽くひっかかれ、びくんと足が跳ねた。
 心臓が狂ったように暴れている。
 たまらなくて、上原は膝を立て足を閉じようとした。だが、三浦が許さない。逆に膝を割り裂かれ、足の間に割って入られた。
「みうらぁ…」
 荒い息を吐いて、上原は両手で顔を覆った。
 ソコが酷く熱い。
 きっと見られている。
 三浦の視線を感じるような気がして、上原は全身をおののかせた。
 早く、解放してほしいと思うと同時に、ずっとこの隠微な快感を味わっていたいとも思う。
 ごそごそと三浦が動く気配がし、冷たいものが後ろに当てられた。そんなことを予想もしていなかった上原は、思わずひゃあと声を上げる。
「ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢して」
 何か濡れたものが胎内に潜り込もうとしている。
 我慢できず、上原は目を開けて三浦が何をしようとしているのか見た。まっさきに大きく開いた自分の足とそそりたった欲望が目に入り、羞恥のあまり叫びたくなる。
 三浦は小さなチューブの中身を指になすりつけ、上原の中に挿入しようとしていた。
「なんやそれ。おまえなんでそんなモノ持っとんねん」
「そんなの、何時センセーとこういうコトになっても良いように、に決まってんだろ。ちゃんとゴムもあるぜ」
 最近の若い子ときたら…と思わず説教したくなり、上原はげんなりした。
 それより問題は今現在の状況である。
「あのな、三浦。そこまで、せんで良いと思うんやけど、俺」
「あいにく俺はしたいんだ。大丈夫、やり方は知っているから」
「やったことあるんか!?」
「インターネットで調べた。便利な世の中になったもんだよなぁ。俺がコドモの頃には考えられなかったぜ」
 言っている間に、ぬるりと人差し指が潜り込んできた。入り口が少しキツい気がするが、痛みはない。
 だが異物感に上原は顔を顰めた。
 三浦が中で指を動かし始める。指を鈎型に曲げて、内壁を擦る。
 痛くはないが、異物感が増して、気持ちが悪い。
 蹴飛ばそうかと悩んでいると、三浦の指がぐいっとポイントを押した。
「あぁ?」
 反射的に声が漏れ、びくりと体が跳ねた。三浦がちらりと上原の顔を見る。
「ここ?」
「あ、だっ、め!」
 また押されて、呼吸が乱れる。唐突に襲ってきた強烈な快感についていけない。
 一点を押される度に電撃のような痺れが上原を貫く。
 すごい。
 気持ち良すぎる。
「ふうん。すごく、よさそう」
 その辺りを中心に、小刻みに刺激されて、上原は為すすべもなく喘いだ。快感のあまり、自分の体がコントロールできないなんてことがあるなんて、思ってもみなかった。
 ソコを押される度に体が跳ねてしまう。声が抑えられない。甘ったるい鼻声を続けざまに上げ、上原はマットに爪を立てた。
 体にまるで力が入らない。
「あ、ああ…あぁ、あ、あ…っ」
 三浦が指を増やす。広げられた場所にぴりっとした痛みが走ったが、文句を言う余裕も無かった。
 強くなった刺激に体がとろけてしまっている。
 我慢できなくて、上原は背を反らした。全身を突っ張って、精を放つ。
「ん、ふ…っ」
「く、っそ。もう、我慢できねーよ…っ」
 余韻に弛緩する体に、三浦がのしかかった。柔らかくなった入り口に堅くなった先端をねじ込もうとする。その圧倒的な質量に、上原は悲鳴を上げた。
「あっ、やっ!」
 苦痛が背筋を駆け上る。痛みから逃れようと暴れる体を押さえつけ、三浦は上原に押し入った。
「ん…っ!」
 奥まで犯される苦しさに涙が滲む。
 必死に肩に爪を立てる上原に余裕の無い表情でキスをし、三浦が動き始めた。
 痛い。
 痛いけれど、気持ち良い。
 上原は悲鳴と嬌声を同時にあげる。
 引き裂かれる苦痛は確かにあるのに、ソコを擦りあげられる度に溜まらない快感が全身を駆け抜ける。
 おかしくなる。
 本能のままに、上原は体をのたうたせた。
 悶える体を押さえつけ、三浦はなおも穿つ。
 高窓から入ってきていた陽光は、いつの間にか赤味を帯び、薄くなっている。日のある内に抜け出さないと鍵穴さえ見えなくなるというのに、睦言の止む気配は無かった。


「人が心配して探し回っている間にそういうことになっていたわけ、か」
 手にしていたブランデーグラスを音を立ててテーブルの上に置き、高橋が呆れたようにため息をついた。
 高層ホテルのラウンジである。高橋が予約した席は奥まった窓際の席で、目の下には夜景が広がっている。席を囲むように幾つも置かれた観葉植物が目隠しになり、一行は落ち着いて会話を楽しむことが出来た。
 艶やかな木製のテーブルを挟んで座っているのは、上原と三浦である。耳まで真っ赤にした上原がテーブルの上に突っ伏しているのに対して、三浦は完璧なポーカーフェイス。トマトジュースのコップを手の中で弄びながら、じっと高橋の表情を伺っている。
 高橋と飲みに行くとぽろっと漏らした上原に、三浦は珍しく駄々をこね、一緒に行くと言い張った。不審に思いながらも、好きな相手の言うことである。特に断らねばならない理由も思いつかず、上原は承諾してしまった。
 憧れの選手と話をしたいとか、そういうことだと思ったのだ。いつもクールで大人びている三浦がこんなバカなことをやらかすとは思ってもいなかった。
「ええ、そういう訳なんで高橋さん、この人にはもう、ちょっかいを出さないでくださいね」
「三浦っ、何言うとんのや」
「残念だなぁ。上原のことはすごく気に入っていたのに」
 にこりと笑って流し目を送ってくる高橋に、上原は唸り声をあげる。昔っから高橋がこの笑顔を浮かべたときには、ろくでもないことが待っている。人の周囲を引っかき回すのが大好きなのだ、この男は。
 ブランデーを一口舐めて、高橋が口を開く。
「上原ね、かなり鈍感だろう」
「何言うてんねん」
「そうですね。びっくりするくらい周りの思惑に気がつきませんね」
「気付かないうちに悪い虫を沢山引きつける傾向があるんだよね。気をつけないと、食われちゃうよ。俺が目を離して一年も経たないうちにこんなガキに食われちゃったくらいだ」
「タカハシっ」
「重々承知しています。このひと、なんだか頼りなくて手を出したくなるんですよね。ま、俺は目を離したりしませんから」
 話が分からず、上原はいらいらとモスコミュールを啜った。
 くっくっと高橋が喉の奥で笑う。肘を突くと、身を乗り出した。
「阿部って言ったっけ。あの部長」
「情報通ですね、高橋さん。でもあいつに俺を出し抜けるだけの根性はありませんよ。大体アクションを起こさなかったあいつが悪い」
「トモダチじゃあ、なかったの?」
「今回は泣いて貰います」
「はあ? 阿部がどうしたん」
「あなたは知らなくていいです」
 冷ややかに言われ、上原はむくれた。
「なんや二人して。俺のことハミにするんか」
「センセー、廊下で高橋さんにキスされてましたよね」
「!?」
 モスコミュールにむせて咳き込む上原の背中を、三浦が軽く叩く。
「な、なんで知ってんねん!」
「見てたから」
「あ、あのな、三浦」
「別に怒ってませんよ。まだセンセーは俺のもんじゃなかったし。でも今度あんなことがあったら、許さねぇから」
 上原は神妙に黙り込んだ。
 不明だった三浦の性格を、上原は付き合いはじめたこの一ヶ月の間に嫌と言うほど理解させられている。基本的にはオトナなのだが、時々ひどくコドモっぽい。特に、上原に関することには独占欲を隠さない。そして、お仕置きは凶悪。
「おやおや生徒に脅されちゃうなんて、教師失格じゃないのか、上原」
「…まだ、俺は教師とちゃうから、ええねん」
 ちらりと三浦に目を遣り、上原は俯いた。すでに、教師とか生徒とか言う枠組みは、二人の間では意味を成さない。並べてみると明らかに三浦の方が大人びている。
「はいはい、ごちそーさま。それじゃあ末永くお幸せにつーことで」
 そういうと、高橋は半分ほど残ったブランデーグラスを掲げた。三浦がトマトジュースを上げる。上原もそれにならった。
「改めて、ブロージット」
 気障な台詞と共に打ち合わせられたグラスが、澄んだ音を立てた。

おしまい


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