「さって。じゃあそろそろご要望にお応えして帰ろうかな」 「え?」 半分しか吸っていないタバコをぎゅっと押しつぶし、白井さんが立ち上がった。ハンガーにかけてあった上着を取り、袖を通す。 俺はうろたえて白井さんをみつめた。 帰れと命じたのは俺だ。だが状況は変わった。白井さんは俺のストレスの源ではなくなった。 昨夜はクリスマスで、今日は日曜日だ。もちろん仕事は休みで、時間はたっぷりある。何の予定も入っていない。 できうれば、もう少し白井さんと一緒にいたい。 それが本音。 だが白井さんはもう帰る気になっているようだ。いまから引きとめるのはいかにも身勝手な気がする。もしかしたら白井さんは他に用があるのかもしれないし。 ……昨夜のセックスで、もう気が済んだのかもしれないし。 俺は温かいコーヒーカップを両手で握り締めたままくよくよ考える。 どうせ明日出勤すれば顔を見られるのだ。今無理に引き止める必要はないだろう。そう自分に言い聞かせ、ふと視線を上げると、白井さんが俺のすぐ傍に立っていた。さっきとうって変わった不機嫌そうな顔で、俺を見下ろしている。 「おい、本当に帰っていいんだな」 「……え」 俺はきょとんと白井さんの顔を見上げ、その言わんとするトコロを理解した。 白井さんは引き止めて欲しいのだ。 俺は慌て、咳き込むようにして前言を撤回した。 「あっ、やっぱりその、別に帰らなくていいよっ」 白井さんの唇が意地悪そうにゆがんだ。俺はまた赤面した。 変な日本語だ。なんだか鼻息も荒い。 白井さんは着たばかりの上着を脱いで、またハンガーに掛けた。 昨夜セックスしたソファにどかりと腰を下ろし、リモコンでテレビをつける。角丸の死角の中では、しなびた爺さんたちが日本の未来を憂いながら討論をしている。年金がどーの、構造改革がどーの。白井さんはじいっと爺さんたちのやりとりに見入る。俺はその横顔をぼんやり眺める。 ううーん。 なんか望んでいた展開と違う気がするけど。 ……まあ、いいか。 俺は手に持ったままだったコーヒーを飲み干すと、白井さんの隣に座った。白井さんは真剣な顔をしてテレビを見詰めている。俺たちに特に話すべき話題はない。俺もテレビを見る。社会人らしくまじめに日本の未来はどうなっちゃうんだろうなんて考えたりもする。だけど一番気になっているのは、そんな事じゃない。 俺はテレビに固定していた目を、こっそり白井さんに向けた。 一晩経ったからちょっと髭が伸び始めている。触ったらじょりじょりしそう。髭が濃いのって、なんか男らしくてうらやましい。俺の髭は柔らかくて伸びも遅い上、まばらだ。男性ホルモンが足りないんじゃないかと心配になるくらい、貧弱。 いや、そんなことはどうでもいいんだってば。 俺はもぞもぞとソファの上で身じろぎする。こっそり白井さんににじり寄って、なにげなく膝をぶつけたりしてみたりして。本当はもっと思いっきり白井さんに触りたいんだけど、テレビを見るのを邪魔したらまた怒られるかもしれない。 なんて考えていたら、白井さんの腕が伸びてきて、俺の肩をぐいと抱いた。 わああ。 なんかすっごいドキドキした。 すぐ目の前に白井さんの真面目な顔がある。 涼しい顔をして政治討論なんて見ているけど、もしかして、したいのかな? 聞いてみる。 「あのさ……、する?」 だけど、白井さんは政治討論に本気で夢中になっていたようだ。俺の顔も見ずに言った。 「あ? 別に昨夜したばっかだし、いいよ」 「あ……そ……」 えーと。 そうか。そうなのか。 俺はまたテレビを見る。 まあ別に、一緒にいるからといってしなきゃならないわけでもないんだしね。 …でもじゃあなんで白井さんは帰らないんだろう。 すっごい違和感。 そういえば白井さんと一緒にいる時ってセックスばかりしていた。あんまり他の事をした記憶がない。 ……落ち着かない。 無意識に爪を噛んでいると、肩を抱いていた腕が下にスライドした。スウェットのゴムの下、俺の敏感な部分にもぐりこむ。 「なっ、なに!?」 躯をよじると、妙に楽しそうな白井さんの目とぶつかった。 「そーいえばおまえはまだだったよな」 「えっ」 「抜いてやろう」 鷲掴みにされ、俺は逃げ腰になった。 「えっ!?わっ、いいよっ」 「遠慮するな」 べろん、とケツを剥かれる。白井さんの手が俺を高めようと、動く。 ペニスをきゅきゅっとしごかれ、俺はびくっと腰を引き攣らせた。 あ、ちょっと、そこ、ダメ。 白井さんのシャツをぎゅっと握り締め、背を反らす。もぞもぞと腰を動かしてしまう。 ううう、感じる。 白井さんの言った通り、俺は昨夜イってない。だからなのか簡単に火がついた。ぐんと股間のモノが力を増す。 「あっあっ、あっ、ああっ、やめ……っ」 言いながら、白井さんの首元に顔を埋める。 き、気持ち良いよ〜〜! 「もう出ているぞ。ほら」 とろりとした体液を指先に絡ませ、白井さんが笑う。汚れた指を目の前につきつけられ、俺は恥ずかしさに首を振った。 「やっ」 「イヤじゃねーだろ。もっとしてほしーんだろ。こんなになりやがって。やーらしいなーあ、おい」 「んっ」 白井さんの指先が、俺の唇をぬるりと撫でる。欲の匂いが鼻を擽った。嫌悪感に顔を背けると、頬や首筋にまで体液を擦り付けられた。 汚い。 「白井さん、よしてよ……」 嫌がっているのに、白井さんはやめてくれない。されている俺もどーしよーもない。ぬるぬるした指で喉元を撫でられ、鳥肌を立たせているんだから。 やだね、なんでこんなんで気持ちよくなっちゃうんだろ、俺ってば。 「ヤダヤダ言っている割には悦さそうじゃねーかよ。もっとしてやろうか?」 白井さんの指が、更に俺の先走りを拭う。ペニスの先端、一番感じる所を撫でられ、俺はまたびくりと躯を跳ねさせた。 ぬめりを纏った白井さんの指が、スウェットの上着の下に侵入してくる。その指で乳首を転がされ、俺は喉を反らした。乾いた指で弄られるのの、何倍も気持ち良い。 息があがる。 どんどん欲望のボルテージがあがっていく。 我慢できない。甘い鼻声を漏らしてしまう。 白井さんのもう一方の手が俺のスウェットを脇の下まで捲り上げた。充血し、つんと硬くなった乳首が空気にさらされる。 「こんなのが気持ち良いのか? 男の癖に乳首弄られただけであんあん啼きやがって。恥ずかしい奴だなあ」 「……うるさい」 なんでこーゆー事言うんだ、この人は。 そうだよ。恥ずかしいよ。あんたにいいように弄ばれ、それなのに感じちゃう自分が、どーしよーもなく恥ずかしいと思うよ。 恥じ入っていると、顰めた眉の間に白井さんが接吻した。俺の胸元にも頭を寄せ、そこをぺろりと舐める。 「あっ」 俺の意思に反し、じん、と快感が躯の芯まで走った。 「あっあっ、あっ……」 丁寧に舐めねぶられ、声が出てしまう。体が揺れる。びくびくと動いてしまう。 そうこうしているうちに、白井さんの手が俺の尻に伸びてきた。指を一本、ぐっと押し込まれる。 「うわ」 腰が、反る。 俺は急いで床に降ろしていた脚を折りたたみ、ソファの上に崩れた正座をした。ケツを浮かして白井さんが弄りやすいようにしようと思ったのだ。だが白井さんはあっさり指を抜いてしまった。 「んっ」 俺は未練がましく呻く。 アソコが失ったものを欲しがり、ひくひく収縮しているのを感じる。 「ケツこっちに向けて、四つん這いになれよ。そしたら弄ってやる」 ……そうなんだよ。こういう人なんだよ、白井さんて。 胸の奥がぎりぎり軋み音を上げる。 俺は少しの逡巡の後、のろのろと言われた体勢をとった。やりやすいよう、狭いソファの上で可能な限り膝を開く。秘所が剥き出しになるよう、腰を反らしケツを突き出した。 くっくっと白井さんが笑う。 「いやらしい奴だなあ。そんなにやって欲しいのかよ」 やって欲しいんだよっ! 胸の中で切ない気持ちがぐぐうと膨らむ。逆ギレしそうだ。 だがわめきだす前に白井さんが指を突っ込んできた。付け根までしっかり押し込まれる。もっと奥まで来て欲しいけど、届かないから仕方がない。 ソファに爪を立てる。 そのままじっと待つ。白井さんが快楽を与えてくれるのを。 だけど白井さんの指は、動こうとしなかった。 「そのままケツ振れよ。そうすりゃ自分で気持ちよくなれるだろ?」 ……なんでそんなこと、言うんだ? ぶつ、と堪忍袋の緒が切れた。 俺にそんな、自慰みたいな事をしろって言うのか? ちょっと指を動かすだけの事さえ面倒だと? 自分からしかけてきたくせに! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜この、外道がっ! だけど、俺の喉から出てきたのは罵声ではなく、半泣きの情けない声だった。 「なんで……っ」 「ん?」 「なんでそういう事ばかり言うんだよっ。俺を苛めるのがそんなに楽しいのか!?」 首を捻って背後の白井さんを睨み上げる。込み上げてきた涙に視界が揺らめく。いかにもS的ないやらしい笑みを浮かべていた白井さんの口元が引き締まった。 「何泣いてんだよ」 俺は起き上がり、白井さんの指を引き抜こうと躯を捻った。 「もう、いいっ。やめるっ。抜いてなんかくれなくていいっ」 「ちょっと待てよ。何怒っているんだ? 達哉? たーつーやー? 今日はそういう気分じゃないのか? だったら苛めるのはナシにするから。な?」 なだめる甘い声が気持ち悪い。 白井さんの言う内容にも、ひっかかるものを感じる。 「そういう気分って、なんだよ」 「なにって……おまえ、辱められると燃えるだろう? だから」 なんだそれは。 俺がMだと言いたいのか? 頭に血が上る。まだケツの中にある白井さんの指が変な動きを始めたのにも、腹が立つ。さっきはやってくれなかったくせに! 「変な事言うなっ。そんなことあるわけないだろうっ!?」 「あるよ。なんだ知らなかったのか? おまえ、いたぶられればいたぶられるほど感度上がるんだぜ。淫乱って罵るだけで中がきゅうっと締まってさ」 更に頭に血が上ってくる。いっぱいに詰まって破裂しそうだ。 嘘だ。 嘘だ嘘だ嘘だ! 「う〜〜っ」 反論は、言葉にならなかった。訳が分からない。白井さんが嘘を言っているのか、真実を言っているのか。自分が一体どういう人間なのか。誰が悪いのか。 ううん。 もう、何も、知りたくない。 「ああ、泣くな泣くな。今気持ち良くしてやるから、な?」 白井さんが口付けてくれる。優しく、慰めるように、性感を高めるキス。いつもの乱暴な強引さはない。 どっちが本当の白井さんなんだろう? そんな疑問はでも、巧みな愛撫に溶けて消えてしまう。 ソファに押し倒され、俺は白井さんの首に両手をまわした。 「あっ、あ……」 指が俺の中を拓く。その動きにつれて艶めいた声があがる。 白井さんの欲望が俺の気持ちをひらく。やらないって言っていたくせに、太腿にあたる白井さんの中心は堅く張り詰めている。欲しがられていると思うと、何故か強張っていた感情は力を無くした。好きでいてくれるなら何されてもいいや、なんて情けない事を考えてしまったりする。 優しい白井さんは、それだけで毒だ。 いつの間にか前をくつろげていた白井さんが、のしかかってくる。俺は大きく足を開いて白井さんを迎え入れた。 うん、これ。 俺の中にみっしりと熱い肉が詰まっている、この感覚。 この感覚が、好きだ。 白井さんがゆっくりと動き出す。受け入れたばかりの躯は久々の質量に耐え切れず軋むけど、すぐに白井さんを思い出し、柔らかく包み込む。 俺は目を閉じ、自分の胎内に意識を凝らす。 すぐに圧倒的な快感が襲ってくる。俺はそれに翻弄され、甘い悲鳴をあげる。助けてと叫び、白井さんにすがりつく。 いつもの意地の悪い罵りは、今日はない。 「可愛いぜ、達哉」 囁かれ、情熱的なキスをされ、俺は狂った。 より強い快楽を追求し、腰を振る。そう言えと強要された訳でもないのに、もっとちょうだいとねだり、すすり泣く。 白井さんの動きが激しさを増す。腰の奥まで力強く穿たれ、俺はソファの上で魚のように跳ねる。 ねえ、もっと。 もっとして。奥まで来て。 ねえ────────────? スパーク。 俺は痙攣する全身で白井さんを締め付けた。 白井さんが低く呻く。体の奥に、彼の精液が注ぎ込まれるのを感じる。白井さんも、イったのだ。俺の躯で感じてくれた。 久しぶりの満ち足りたセックス。体中が歓喜の余韻で震えている。 だけどほんのちょっとだけ、何かが足りないような気がした。 ノーマルなセックスにはないスパイス。 白井さんの言う通り、俺は自分で思っていた以上に淫乱だったのかもしれない。 end. |