自分の想いに蓋を閉めたのに、どうしてこの瞳は彼しか映そうとしないのだろう────
Written by ひいらぎつばめ 様
 
外を歩けば、どこもかしこもハロウィン一色で、店先には目や口の形に切り抜かれた各々のカボチャが並べられている。
近づくにつれて、益々盛り上がりが増す様子をぼんやりとキラは車の中から眺めていた。

──そう、ハロウィンまであと二日。

それが、今日だった。



「キラ、本当によかったのですか?」
何の前触れもなく、唐突に隣に座る最高評議会議長が尋ねてきた。
もうだいぶ前に何度も訊かれたそれは、キラにしてみれば耳に胼胝が出来るほど聞かされている。
しかし、今回の問い掛けはいつものそれとは含まれている意味が違う。
キラ自身、それに気づいているので何がいいのか問い返すことなく、答えを口にした。
「──いいんだって、言っているじゃない、ラクス」
それこそ何度目とも分からぬ答えに、ラクスは眉を顰めた。

今日がどういう日であるか、ラクスもキラも知っている。
だからこそ、ラクスは何度となく問い掛け、キラは何度となく答える。

キラがそばにいてくれることは嬉しい。
ラクスにとってキラは“そういう対象”だ。
だが、キラは自分を、自分と同じように見てはいない。
そんなこと、初めからわかっている。
彼の瞳はたった一人しか映そうとはしていないのだから。
たとえ彼がそれを望まず、瞼を閉じようとも、逃げようとも、それでも捉えようとする。

──故に。

故に彼は、逃げたのだ。
完全に。
そばにいることをやめて、遠くから見守ることをやめて、瞼を開いても映すことがない場所へ。

逃げ道──。
それが、ラクスとキラを結ぶ蜘蛛の糸だった。

わかりすぎてしまう自分の勘の良さは少し考えものだと自嘲して、
しかし実はキラをそれ以上見ていることができなくなって、窓の外を見上げた。
今日の天気は快晴。
それとは対照にラクスの心も──キラの心も晴れ渡ってはいなかった。




≪隠した想いに気づいて、僕の瞳にキミを映させてください≫




戦争が終結を迎えたとしても、いつ何時それが引き起こるかもわからない。
そうならないための講和会談や条約の締結など、世界はまだまだ忙しない。
それに追われる評議会も例外ではなく、連日のように忙しなさが続いている。
しかし、比較的落ち着きを取り戻しつつあるのも事実で、二十時を過ぎた頃になると評議会に残っている者たちは少ない。

「──おや、まだお帰りにならないのですか?」
ぼんやりと資料を両手で抱えるように歩いてあると、帰宅組である一人の評議会議員に声をかけられ、その歩みを止めた。
振り返れば、少し顔馴染みのある者で、キラは瞬時に笑顔を作った。
「ええ。まだ仕事がありますし、ラクスさまの護衛は他の者に任せてありますから」

キラはラクスの護衛という任がある一方、補佐としての仕事もある。
そのことは当然周囲の議員たちも知っていることだ。
故に、キラが言っていることに不信感はなく、この議員も容易にそれを信じた。
──その仕事が明日の分であるということは到底想像できることはない。

では、と挨拶を述べて離れて行く議員の姿を見て、キラはようやくといった感じで息を吐き捨て、
向かっていた方へ足を向き直し、コツコツと歩みを再開する。
それから誰にも声をかけられることなく、手に抱えた資料を届け終えると、ふと腕時計に目を落とす。


──……あと一時間半。


時計を見る度に、あとどのくらいで今日という日が終わるのかを数える。
いつもはあっという間に過ぎるのに、今日は果てしなく長く感じて仕方がない。

早く終わってしまえと心の中で願っていると、ふと受付の一人が駆け寄って来た。
そうとう頑張って走って来たのか、ぜえぜえと息を切らしている。
「…ヤ……ット…さま…ッ」
「落ち着いて? 何かあったんだよね?」
こくこくと必死に頷くその者は落ち着いてとキラに言われて、深呼吸を繰り返すと、
先程より幾分かましになった状態で話し始めた。
「入口に、ヤマトさまに会いたいという者が…」
「……そこまで急ぐということは、大物?」
「いえ、それが……顔はサンバイザーでよく窺えず、見るからに怪しいので…」


──サンバイザー。
それを聞いた瞬間に思い浮かべてしまった人物は、ただ一人だった。



────キラ



「──…ッ」

どうして。
どうして、君は来てしまうのだろう──

「──……ヤマトさま?」
ハッと気づけば、目の前で受付の人物が不思議そうに小首を傾げて、こちらを窺っていた。
にっこりといつものように偽物の笑顔を身に着ければ、相手は何も気づかない。
「わかりました。一応、会ってみます」
「では、こちらへ。その者は入口にいらっしゃいます」
案の定、平静を取り繕ったキラに何の不信を抱くことなく、受付の者はキラを入口へと導いた。

入口へと近づいていくのに比例するかのように、心拍数が上がっていく。
着いてしまったとき、自分のそれは壊れてしまうのではないかと思うほどの、上昇感。
それはきっと、お互いに逃げ合っていたからだ。
無理やりに他の者を映そうとして、無理やりに好きにならないようにして。
けれど、結局瞳は──本能はお互いに欲しがっていた。


……眩しい、から。


眩しい。
彼の存在を一言で喩えるならそれが見合う。
眩しすぎるほど純粋で、優しくて、強くて。

気づけば、それに惹かれていて自然と好きになっていた。
けれど、それが強すぎることにも気づいて──捨て切ろうとした。
けれど──


まだ、好きだなんて…


彼かもしれないと認識した瞬間、大きく脈打った鼓動がそれを固く証明していた。
平静を保っていられるか、そればかりは自信がなかった。

悶々と思案してれば、既に入口へと到着していて、キラと受付人は隠れるように赤いサンバイザーをつけた人物を窺った。
「どうしますか?……追い出します?」
ちゃっかり尋ねながら通信機を光らせる案内人の彼は、実は内心は腹黒いのではないかと思う。
それに怯みながらも、もう一度入り口に立つ来客者へ目を向けた。

闇の帳が下りたかのような髪色。
赤いサンバイザー。
見覚えのある体つき。

受付人がSPを用いて追い出そうとしても、決して諦めることはないだろう。
重く息を吐き捨てて、覚悟を決めると、案内人と向き合った。
「仕方がありませんね。僕が直接行きます」
「え、でも……」
「これでも最高評議会議長の護衛だよ?」
にっこりと笑って納得させられるように言葉を並べ立てると、案内人はすんなりと納得した。
一度深く呼吸をして、意を決し、来客者へと歩んでいった。

心拍数がこれ以上ないまでに上がる。
けれど、ここで引き返すわけにはいかないし、第一押しかけられて問題を起こされても困る。

どうやらあちらもこちらが近づいていることに気づいたようで、
今までどこか辺りを見回している雰囲気だった来客者はキラのほうへ真っ直ぐに向いた。
サンバイザーが外されることはなかったが、その後ろから強い視線を感じる。
それをこちらも真っ直ぐに見つめ返して、無意識に拳を握り締め、正面に立った。
「…何か、御用でしょうか」

声は震えていないだろうか。
普通に喋れているだろうか。
笑顔は不自然じゃないだろうか。

それらを思わず心配してしまう。
そんな自分に反して、来客者は表情ひとつ変えずに口を開いた。
「――ああ、あるよ」

久しぶりに聞いた声に、心が震えた。
もっと聞きたい。
もっと話したい。

今まで心の内で眠っていた欲求が一気に駆り立てられる。
しかし、ここで屈してしまったら終わりだ。

華麗なまでに頭を下げれば、何事だと言わんばかりに周囲がザワリとざわめいた。
「申しわけありませんが、お引取り願います」
「何故?」
素直に、尋ねられた。
それに答えられずに黙っていると、頭を下げるキラよりも低い位置から覗き込めるように、
これまた来客者も華麗に座り、キラを見上げた。
それに気づいてビクリと身体を震わせると、にっこりと笑われた。
しかし、それは決して優しいものではなくて。
至極、冷たいものだった。
「…――俺が誰か、わかって言っているだろ」
「ッ――!!」

その声は、どこまでも低かった。
キラの心をいとも簡単に鷲掴みにした声に、キラは身体を後退させ、思わずその身を翻した。
だが、それを――彼が許すわけがなかった。


「逃げるなよ」


命じられて、この身は動きを止めてしまう。
そんな自分が悔しくて、屈してしまう自分が情けなくて仕方がなかった。

いつだって、キラを捕らえて離さない声。
そして、――視線。
いくつもの壁で隔てているはずの想いに気づかれてしまうのではないかと、恐ろしくてたまらない。

握り締めていた手に触れられて、そっとそれを優しく包まれた。
ここで抵抗すれば、大騒ぎになるのは目に見えている。
キラは心の中で大きく息を吐き捨てて、肩越しに振り返った。
「……わかりました。では、こちらへ…」
観念したように言えば、ぱっと包んでいた手は離れ、歩を進めれば、素直について来た。
心配そうにトランシーバーを手に持つ案内人に小さく首を振って合図を送れば、当然のように驚いた表情を浮かべた。
それでも尚、呼ぶなと告げると、渋々といった感じで本来の持ち場へと戻っていった。
それを確認して、キラはいつもキラが使う部屋へと来客者を招き入れ、何が起きても開けられないように鍵を閉めた。

「それは誘っているのか?」

面白いとばかりに口を開いた来客者の声と鍵が閉まる音は、ほぼ同時だった。
睨みを利かせながら顧みれば、来客者の彼は今まで目と大半の顔を隠していたサンバイザーへと手をかけていた。
「……どうして来たんだよ…」
「お前に会いたかったから」
今日ぐらいは。
戸惑い気味に訊けば、逆に何の戸惑いもなしに彼――アスランは返答した。
しかし、つけ加えられた一言に、キラはアスランの思いをなんとなく感じ取った。

同じ、だった。
アスランも自分に会うのが怖くてたまらなくて。
けれども、耐えることなんかできなくて。



アスランは、――キラが好きだった。



「…――キラ…?」
頬に熱いものが伝って、そうして、アスランはやっと、その声に含ませていた硬さを消した。
サンバイザーを取ろうとしていた手をキラの頬へと伸ばして、長く鮮麗な指はキラの目元を拭った。
それによって、涙を流していたことにキラは気がついて、ぼんやりと自分でも涙を拭ってみる。
確かに指に乗る雫を、未だぼんやりとした視界で捉えて、それからゆっくりとアスランのほうへ手を伸ばす。
指に乗っていた雫は手の甲へと流れていき、しかしそれに気を留めることなく、赤いサンバイザーをゆっくりと外した。
その下から姿を現してく瞳と端正な顔つきに、鼓動が早まっていく。
かしゃん、と音を立てて落ちたサンバイザーなんか、最早キラの意識にも、アスランの意識にもなかった。

互いの瞳に互いの姿が映るのを眺めて。
それから互いに全体を見た。

戦後、たまにしか顔を合わせなかった。
けれど、顔もその姿も確かに見ることなんか不可能で、こうしてしっかりとお互いを見たのは一年近く久しぶりだった。

ゆったりと見合った後、もう一度見つめ合って、どちらともなくほんのりと笑みを零した。
「…久しぶりだ」
「……うん」
何を、とは言わなくてもわかっているから、キラは小さく頷いた。
すると、アスランは急にキラを身体ごと抱き締めて、離さないとばかりに強い力で包み込んだ。
それに驚いて、どうしたのと尋ねようとしたが、それより先にアスランが声を発した。

「知ってたよ」

たったそれだけで、キラの身体は素直に反応を示して、アスランの腕に振動を与える。
動揺であるということを如実に感じつつも、アスランは言葉を続けた。
「キラが、俺を好きだってこと」
「…し、知ってて何も言ってこなかったの…!?」
「いや……その、勘違いだったらどうしようかと思って…!」

そこはあえてアタックしてきて欲しい。
これでは自分が馬鹿みたいではないか。

ぷぅと歳に似合わない表情を浮かべれば、ごめんとアスランは笑いながら謝った。
だが、ふと浮かんだ疑問にキラは表情を消した。
「……じゃあ、どうして…カガリのそばにいたの?」

キラの想いを知っていながら、確信はなくともそうだろうという推測を立てていながら、アスランはカガリのそばにいた。
戦争中も。
戦後も。
尚且つ、カガリのほかにもメイリンもいて。
確実にキラと共にいた時間より、彼女たちと過ごしていた時間のほうが多いだろう。

そんなキラの考えを見抜いたアスランは暫し思案して、そしてゆっくりと話し始めた。
「怖かったんだ……自分が。お前を目の前にしていると、何もかも捨ててまでお前を抱きたくなっていたから…」

耐えきれる自信などかけらもなくなっていく自分自身を明らかに感じて、
耐えきれなくなったときのことを考えて、離れることを決めた。
そばにいないようにと。
瞳に映さないようにと。
キラではない誰かを常に見ていなければ、意思に関係なく映そうとする自分の瞳が怖かった。
自分の本能が、怖かった。

だからそばにいれなかったと。
そう辛そうに話すアスランに、キラは胸を痛め、同様に胸を躍らせた。
嬉しくてたまらなくて、無意識のうちにアスランを抱き締めてしまうほど、嬉しかった。
「き……キラ…!?」
「…好き、アスラン」
困惑するアスランなんかそっちのけで、この口は思いを口にしていた。
さらに動揺するアスランが妙におかしくて、キラはクスクスと笑いを零した。
「わ…笑うなよ……」
「だって、君、可愛すぎ」


ちゅっ。


触れるだけの、ささやかなキス。
触れられた唇にその感触が残っている気がして、アスランは震える手で己のそれに触れた。
今。
今確かに触れたものは――

「き……ら…」
茫然と名を呼ぶと、キラの顔は急に赤みを帯びた。
それが、先の出来事を証言していて。

理性など、簡単に壊れてしまった。

キラの両肩を掴んで、ちゅっ、ちゅっ、と唇や額や頬、瞼などあらゆる箇所にキスを施した。
その度に身じろぐキラがどうしようもなく可愛くて、施しの中、外した襟元を広げて、くっきりと見える鎖骨に吸いつく。
今まで触れるだけだったそれに吸引を加えて、チリッと痛むほど吸いつけば、
キラはピクンとそれまでとは違う明らかな反応を示した。
そこから唇を離すと、そこには赤く印が浮かんでいた。
「あ…ッ、ちょっとアスラン…!」
「大丈夫。襟で見えないよ」
ほら、と再度襟を閉ざしてやれば、見事にアスランがつけた印は隠れ、見えなくなった。
いいように言いくるめられている気がして軽く不貞腐れるキラに、アスランは小さく苦笑した。
「今日くらいは、いいだろう?」
「ぁ……」

そうだ。
早く終われと思ってしまっていたのも。
こんなにも嬉しいのも。
全部ぜんぶ、今日という日だから余計に胸が焦がれていた。

「何言ってるんだよ…――今日と言わずに、ずっと僕は君のものだよ」


十月二十九日。
今日が君にとって、輝かしき幸せな日でありますよう――











[ Vers Libre ]様でフリー配布されていたアスラン誕生日記念ノベルです。
あまりにも2人が素敵なので、頂いてきちゃいました!
アスラン微妙にへたれなんだけど格好良いし、キラ可愛いしで読んでてモヘっとしてしまいました。
このお話の後、甘々のお話を読むともっとモヘっとしますよ(>▽<)

こんなに素敵なお話をフリーにして下さってありがとうございました!


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