この腕に抱くものが確かなものでありますように
Written by ひいらぎつばめ 様
 
本日のプラント最高評議会の白き天使兼、歌姫の騎士は、非常に忙しなく走り回っていた。
いつもが落ち着いた様子であるため、その忙しなさは余計に倍増させるものがある。
あまりにもいつもとは違う様子に、とうとう欲求に耐えかねたとある議員が彼に話しかけた。
「キラ様、そんなに慌てていかがなされましたか?」
呼びかけられたキラはその柔らかな髪をなびかせて、ふわりと笑みを浮かべて振り返った。
それに議員が見惚れてしまっているのを知りつつも、白い軍服にとても似合う笑みを浮かべたまま、
慌てていた姿が嘘のように穏やかに挨拶を述べ、頭を下げてから問いかけに答えた。
「今日……いえ、明日はとても大切な日で、今日のうちに明日の分を片付けたら、休暇を与えて下さるとラクス様が仰って下さって……」
「ほう、それでですか」
相槌を打つ議員にまたにっこりと笑うと、ではと小さく頭を下げて、キラは再び慌しく動き始めた。


そんな、十月二十八日の朝の出来事。




<この腕に抱くものが確かなものでありますように>




さすがに二日分の仕事量を一日でこなすというのはさすがに身体に堪えたが、
なんとか日が完全に暮れてしまうまでには無事終わらせて、キラは忙しなさを残したまま帰宅した。
そうかといって落ち着くときはなく、白い軍服を脱ぎ、ハンガーにしっかりと通すのも面倒くさくってベッドの上に放り投げると、
薄いブルーのエプロンを身につけて、台所に向かった。
冷蔵庫から材料を取り出して、よしと気合を入れて作業にいざとりかかろうとした瞬間、
無情にもピンポーンと、なんとも間抜けた音が鳴り響いた。
時計を見れば、約束の時間よりまだ二時間早いではないか。
渋々玄関に向かい、扉を開けると、そこには今から約二時間後に会う予定だった人物――アスランが立っていた。
「…――もっと笑顔で迎えてくれると思っていたんだが」
アスランが想像していたのは笑顔でいらっしゃいと迎えてくれるキラだったのだが、
玄関から現れたキラはぶぅぶぅと不貞腐れた表情を浮かべていた。
「だって…! ……だって、午後八時に、って言ったのに!」

部屋の時計の短針は六と七の間を指しているが、決して狂っているわけではない。
あえて狂っているとすれば、それは今、キラの目の前でにこにこと腹立たしいまでに笑っているアスランだろう。
十分前くらいとか三十分前くらいに到着するくらいなら嬉しいが、一、二時間前の到着は末恐ろしいまでに気味が悪い。
可愛さのかけらなんか微塵も感じられない。

こうなったら、とキラは半ばやけくそににんまりと笑顔を浮かべて、握ったままだったドアノブに力を込めた。
「アスラン」
「ん? なんだ?」
「ちょっとだけ後ろに下がってくれない?」

プラントに来てから身につけた営業スマイルは完璧だ。
その証拠にアスランは何の疑いもなしに後退した。

バタン!!

――と、アスランが後退したことを確認したキラは、勢いよく扉を閉めた。
それに驚いたのはもちろんアスランである。
「――なっ、キ、キラ…ッ!?」
「うるさい馬鹿アス!! 時間を守れない人は嫌いだよ!!」

だいぶ自分のことを棚に上げているなと思っていたが、それ以上に至極ショックを受けていた。
しかし、アスランには早く着いてしまった理由があった。
「キラ…! 俺だって本当は時間通りに来たかった…!」
必死に説得しようとする姿はなんとも惨めで情けないものであるが、この際そんなものはどうでもいい。
今アスランにとって一番大切なのは、キラに真実を話すということだった。
――でなければ、十月末の冷え込み始めている外に二時間近く待たされることになってしまう。
それだけは御免被りたい。

「カガリに無理やり追い出されて……どうすればいいのかわからなかったんだ…!」
「どこかの喫茶店で時間を潰すとか考えないの!? このお坊ちゃん!!」

言われてみれば確かにそうだと、アスランはぐぅの音も出せない。
お金は持っているのだし、それくらいのことはできただろう。
キラへの機嫌取りとしてケーキを買ってくるだとか。

しかし、恐らくこの脳がそれらの答えを導き出さなかった理由は、心に宿る想いの強さ故だったのだろうと思う。

会いたくて。
見つめたくて。
抱き締めたくて。

誰よりも大切で愛しい彼を想う気持ちは、思考回路さえも狂わせる。
正しい答えを出すことよりも、彼のことしか考えられない。
まるで病気だな、とアスラン自身でさえ自嘲してしまう。

そうして、暫しの沈黙が降りて、長いような短い時間が過ぎる。
評議会近くに建つマンションの上階に位置するここは冷たい風が容赦なく吹きつけてくるため、早くも身体が寒さを露骨に訴えてきた。
まさか本当にこのまま外に突き出しておくつもりじゃないだろうかと、青ざめる考えをし始めたとき、
カチャリと小さな音が静かな空間で聞こえた。
ゆっくりと目の前の扉が開かれて、顔ひとつ分のスペースからキラの顔が半面だけ覗いた。
ふるり、と震える瞼と、微かに伏せられた目は至極アスランを魅了する。
控えめに見上げてくる紫電の瞳も、小さく揺れていた。
「…――……反省、した…?」
小さな声だったけれども、もう二十歳であるのにまだまだ可愛げのある彼の問いかけに、アスランの思考は数瞬停止した。
しかし、瞬時にこくこくと激しく首を縦に振ると、キラからクスクスと笑みが零れ、
アスランはようやく自身に恥じらい、顔を真っ赤に染めた。
純粋ににっこりと微笑んで扉を開けると、キラはアスランに中へ入るように勧める。
お邪魔します、と少々控えめに言うアスランにまた小さく笑みを零してしまった。
「どこか適当に座って? 今お茶出すから」
椅子に腰かける音を耳で確認しながら、キラはホットティーを用意する。
少量の砂糖を入れ、零さないように注意しながら、アスランに差し出した。
「砂糖、少なめでよかったよね?」
「よく覚えてるな」
「君のことはちゃんとわかってますー」
再び台所へと向かっていきながら告げられたキラの言葉に、アスランは驚喜に口元を押さえた。
嬉しさに、顔がにやけて仕方がない。

エプロンを身につけて料理を行なうキラを見ていると、どうも新婚生活のような錯覚を受けてしまう。
まだ前日だというのに、こんなに幸せでいいのだろうか。
前夜祭……これは前夜祭なのだろうか。

オープンキッチンであるため、そんな幸せを噛み締めているアスランの視線をしっかり感じていたキラは、
ふと熱いそれが逸れて、無意識に込めていた力を抜いた。
なれない料理なんてしているから緊張しているのか、はたまたアスランがいるからなのか、それでさえよくわからなくなってくる。
こんなので大丈夫なのかなと不安になっていると、背後から急に抱き締められた。
包丁を使わない作業中でよかったと内心安心しながら、微かに後ろへ顔を向けると、
少し高めの位置にあるアスランの藍色の髪が窺えて、手探りで水を止めて、瞼を閉じた。
「どうしたの?」
誰にも聞かせない甘い声で問いかけると、キラの身体を抱くアスランの腕の力が強まる。
そんな腕にそっと手を添えた。
「何か、不安?」
「……いや…幸せだなって、思って」
嬉しさが滲み出ているアスランの声色に、キラは笑みを浮かべる。

戦争が起きている最中は、こうやってアスランと過ごすことさえできるはずもなくて、常に切り詰めた状況が続いていた。
だから、それを想像してみるとかそういうこともできなくて、今このときが夢のように思えてくる。
けれども、アスランの体温や鼓動を感じると、現実なのだと実感した。
ここに自分がいて。
アスランもいて。
お互いに、愛し合っていて。
それは、ずっと心の底から望んでいたことで、だからこそ益々幸せに感じる。

「うん…。そうだね」
アスランに頭を傾けて、キラは静かに頷いた。
その返答にアスランも笑みを浮かべて、キラのほうへ頭を傾けた。
そうして、幸せを噛み締めた後、ゆっくりとキラの耳元で口を開いた。
「キラ…」
「ん…?」
「……キス、して?」

突然の、要望。
けれど、心のどこかでは予想していて。
そして、――期待、していた。

ふるり、と震える心を押さえつけて、キラは首を横に振った。
「どうして」
「だめなものはだめ」
キラはそう言って、自身の身体に絡むアスランの腕を丁寧に解いた。
先程、アスランに抱き締められ、中断せざるを得なくなった調理の続きをするため、水道水を出して、レタスを水洗いする。
「だから言ったんだよ、八時に、って。だって、君耐えられそうにないし」


自分の中の欲求も、抑えられそうになかったから。


長い間、離れ離れで、会える機会も少ない二人は、それでも互いの中にある恋慕が消えることなく、その強さを増し続けてきた。
だから、久々に会ってしまえば、それが爆発してしまいそうになるのは最早目に見えていたことなのだ。
自分が耐えられる時間、その限界点が四時間だと予想して、八時にと告げたのに、
思いのほか早く来すぎてしまったアスランの行動は罪に近い。

けれども、彼がしっかりと耐えられるように、まじないの言葉を口にする。
それがただひとつのストッパーだ。

「アスラン。僕、明日休みをもらえたんだ」
「え…?」
「何のために――誰のために、僕が二日分の仕事をこなしたと思ってる?」
水を止めて、タオルで手を拭いて。
ゆっくりと、振り返る。
アスランの唇に人差し指を添えて、ふわりと微笑んで、キラは魔法を唱えた。


「十月二十九日になったら、僕を好きにしていいから」


だから、それまでは我慢をして?
そうしたら、うんと愛してあいして、愛しきってあげる。

だから…――


君の誕生日は、僕を独占してください。











[ Vers Libre ]様でフリー配布されていたアスラン誕生日記念ノベル、甘々編です。
シリアス編を読んでからコチラを読むと、モヘ度が倍増です!
キラが優しくてアスランに甘いのが素敵です〜〜〜(><)
それに可愛いのが!
アスラン幸せ者だな〜と思いましたよ!
解禁されたら沢山愛し合って下さいませ〜ですね!(-人-)

こんなに素敵なお話をフリーにして下さってありがとうございました!


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