あ ぁ 、愛 し い 人 よ
Written by Kei,Sisidou

 あぁ、愛しい人よ


 ずっと、ずっと…想いつづけている人がいる。
 幼い頃から、変わらずに……ずっと。
 たとえ会えない日々だとしても。
 ずっと……ずっと。
 彼のことだけが、大切だった。



「ねぇ、アスラン聞いてる?」
「ん?聞いてるよ」
 桜の下で再会を果たした幼馴染は、驚くほど綺麗になっていて嬉しい反面、少し困った。
 つい、見惚れてしまうから。
 柔らかい栗色の髪に指を絡めると、大きな菫色の瞳が瞬いた。
 成長しても、どこか幼さの残る表情や仕草が微笑ましい。
 アスランはキラの顔を覗き込んで微笑んだ。
 キラは入学以来、アスランに講義がなくて自分も空講の時はよくアスランの研究室を訪れていた。
 同じ大学に通っていたとしても、広いキャンパスで、しかも専攻が違うとなればこうでもしないとなかなか会えない。
 ましてやアスランは『先生』でキラは『生徒』という立場なのだから、気軽に学食で待ち合わせというわけにもいかない。
 だからアスランが自分のスケジュールをキラに教えて『暇な時は遊びにおいで。お茶とお菓子くらいはだすよ』と言っておいたのは賢明だった。
 実際、キラの前にはダージリンとクッキーの小皿が置かれていた。
 お菓子の類は教授たちの学会や出張の土産が回ってきて事欠かないのが現状だ。
「アスラン、来週は学会なんでしょ?」
 キラはクッキーを咥えながら小首を傾げた。
 そんな仕草も、小動物めいていてなんだか可愛い。
「あぁ、でも俺は今回、クルーゼ教授のサポートだから楽だよ。お土産、買ってくるから」
「そんなのいいから……早く帰ってきて」
 アスランは目を瞠った。
「アスランと…一週間も会えないの、寂しいよ……」
「キラ……」
 6年間会えなかったのに比べたら、たかが一週間。
 だけど、やっと会えた今だから、もう離れたくない。
 たとえそれが一週間でも。
 そう思うのはアスランも同じだ。
 ただそれを、キラは言葉にして素直に伝えてくる。
 愛しいと思う。
 本当に、愛しくて愛しくて……。
 アスランは瞳を細めてキラの顔を見た。



 桜が咲くずっとずっと前のこと。
 異国の地でアスラン・ザラは非常に焦れっていた。
 幼い頃に別れた幼馴染の行方が露として知れないのだ。
 自分も十八歳になったのだから、相手だって同じく成長しているはずだ。
 ………きっと、凄く魅力的に成長しているに違いない。
 そんな彼を周りが放っておくわけが無い。
 早く迎えに行かないと、手遅れになる前に。
 そんな想いで焦ってはいるものの、個人情報保護法とやらも手伝って、海外からの捜索は困難を極めていた。
 アスランが日本を離れたのは、母の海外赴任に伴ってだった。
 しかし生物学者であった母の赴任先は、南海の孤島……文明ってなに?と言った感じの辺境ぶり。そこで貴重な動植物の研究を続け、島々を巡って周ったのだ。
 ただアスランに幸いだったのは、研究スタッフは各国の優秀な学者達で、アスランは彼らからそれぞれの国の言葉や、色々な事を学んだ。
『レノアはクレイジーだ。こんな処に子ども連れて来るなんて』
と、驚く人もいたけれど、アスランには何となく、母の意図も伝わってはいた。
 幼馴染と別れさせられた上に、寄宿舎なんかにぶち込まれるくらいなら、此処での生活の方が何倍も刺激的で有意義だった。
 アスランは母の学者仲間たちと「友達」になれたし、彼らはアスランに学校では学べないことを沢山教えてくれた。
『レノア、君の息子は優秀だ!こんな処にいつまでもいて良い訳が無い!』
 母も息子の自立の時期と判断したのだろう。
 その一言に同意して、アスランが彼らの推薦でカレッジに進んだのは15歳の時だ。
 そこから順調に飛び級を重ね、工学博士の肩書きを得て現在に至る。
 そして愛しい幼馴染の行方を捜す日々に明け暮れている。
 そんなこんなでじりじり焦っているアスランに、学会の後のレセプションで教授が紹介してくれたのたのは、日本からきた大学の教授達だった。
 その大学で予定しているプロジェクトメンバーにと引抜をかけられたのだ。
 幼馴染のいる日本に戻るのは魅力的だったが、折角戻るなら彼の傍がいい。
 そんな想いがアスランの決断を鈍らせていた、その時。
『来年の新入生に、優秀なのだが……面白い子がいてね』
 黒髪の教授の含み笑いに、相方の金髪の教授が相槌を打った。
『あの「もっともロマンチックな小論文」を書いた彼か?』
『ロマンチックな小論文?』
 アスランは怪訝な顔で眉を寄せた。
『推薦入試の小論文で、出だしは普通だったのだよ。理工学の裾野を広げるためには初期教育が大切で、そのための子どもを対象にしたイベントの開催、それに関する知識や情報など、彼がなかなか優秀であることが覗えたよ。そして何故そのことが有効であるかの裏づけに、自分も幼い頃友人と一緒に一体のマイクロユニットを作った経験が、この分野に興味を持った切っ掛けだと……ただ、この辺りから主題が微妙にずれてきてね。大好きだったその友達と離れ離れになって悲しいのだと切々と語って、この分野で活動をしていれば、いずれ彼と出会えるかもしれないと……。彼も此処まで書いて、自分の小論文の方向性が違ってきていることに気付いて取り繕うとしている様子も窺えるのだが…』
『その大好きな『幼馴染』に、見つけてもらいたくてこの分野で頑張ろうと決めた彼が、なかなか健気だと教授たちの間で話題になったのさ。なんという名前だったかな、ギル?』
『キラ・ヤマト君だよ』

 そしてアスランは准教授の肩書きで、桜の季節にこの大学を訪れた。



「アスラン、聞いてる?」
 大きな潤みがちな菫色の瞳に見上げられ、アスランはその髪をそっと撫ぜた。
「聞いてるよ……ちゃんと、早めに帰ってくるから」
 キラはアスランの返事にぱぁと花咲くみたいに微笑んだ。
「帰って来たら、GWは一緒に遊ぼうね」
「そんだな。久し振りにキラとデートだな」
「デ…デートって君ッ…」
 キラが何か言いたげに口をぱくぱくさせたけれど、そろそろタイムアップだ。
「キラ、次の講義始まるぞ」
 アスランの一言にキラは時計に視線を走らせ、慌ててファイルを抱きかかえた。
「じゃアスラン、また後でね」
 そう言ってパタパタと駆けていく姿は、幼い頃と変わらない。

「本当に…参るよ」
 愛しすぎて、君のことが。

 幼馴染の後ろ姿を見送って、アスランはホッと甘い溜め息を吐いた。