こ の 手 を 放 さ な い
Written by Kei,Sisidou

 いつもの日曜日と、ちょっとだけ違う朝。
 キラは鏡の前で髪型や服装チエックに余念がない。
 今日、キラはアスランと一緒に出掛ける約束をしていた。
『明日、9時に迎えに行くから。寝坊するなよ?』
「って僕だっていつまでも子供のまんまじゃありませんー」
 キラは昨夜のアスランの携帯でのやり取りを思い出し、鏡に向かってイーをした。
「キラーアスラン君来てるわよー」
「えっ!もう!?」
 階下からの母の声に、キラは慌てて時計を見た。
 九時ジャスト。
 時間に正確なのは昔のまんまだ。
「待ってて!すぐ行くからー」
 キラはもう一回、鏡の中の自分の姿を確認した。
「…変じゃないよね……髪跳ねてない?」
 うん。大丈夫。
 キラはひとしきり確認を済ませると、階段を駆け降りた。
「アスラン君を待たせるのは相変わらずね〜」
 キラの母親がころころとどこか嬉しそうに笑っていた。
「それにしてもアスラン君、本当に男前になったわね」
 母親の感心を通り越した感嘆の声にも頷ける。
 カジュアルスーツに身を包んだアスランは反則なぐらいカッコがいい。
 大学での白衣姿も様になってるけど。
「門限はありますか?」
「アスラン君が一緒ならノープログレムよ」
「責任をもって送り届けます」
 キラがスニーカーを履いているうちに、ぽんぽんと会話は進み…
「では、行ってまいります。キラ…」
「ぇ?…い…行ってきます!」
 自然な感じでアスランに肩を抱かれて、ドキッとした。
 そのまま玄関前に止めている車の助手席まで案内されて、ドアまで開けてもらったりして…これってエスコートって言うんじゃないの?
 ドキドキしっぱなしのまま、キラは助手席に納まった。
 そもそもなんで朝からこんなに気合がはってるんだろう、自分は。
 キラは顔を赤らめてちょっと恥かしくなった。
 アスランが『デート』とか、変なことを言うからいけないんだ。
 アスランと休みに出掛けるのなんて、昔はいつもしていたことだ。
 出掛ける乗り物が自転車から………ポルシェに変わったくらいで。
「…なんでポルシェ?…しかも、赤」
 思わずキラは呟いた。
 大学でも滅茶苦茶目立ってる。アスラン自身だって目立ってるのに。
「貰ったんだ、あっちに居た時に。中古だよ…メンテは自分でしてるし」
 アスランは六速マニュアルギアをシフトして車を発進させた。
 どこか楽しそうなアスランの様子にキラは納得した。
 かなり、気に入ってるらしい。
 昔からモノに執着しないクールな一面と、その反面気に入ればとことん拘るところがあった。壊れた玩具も分解して自分で直してみたり…。
 そんなところは変わらないな……と、キラは嬉しくなる。
 桜の下で再会した幼馴染は、面影はそのままに凄く大人びていて、少しだけ戸惑った。
 身長だって、肩幅だって、自分より一回りも大きくなってて、ずるいと思った。
 だけど。
『相変わらず、泣き虫なんだな…キラは』
 泣き出したキラの髪を梳いて、少し困ったみたいに宥めてくれる仕草は昔のままのアスランだった。


『遠くに行くんだ』
 そうアスランに告げられた幼い日。
 どうしたらいいのか分らなくて、アスランのいない毎日なんて想像もつかなくて…
『このまま会えなくなるなんてことは無いよ』
 アスランはそう言って慰めてくれた。
『大きくなったら、迎えに行くよ』と。
 だけどアスランが行ってしまってから、キラも父の仕事の都合で引越しが決まってしまい、キラは泣いて嫌だって言ったけれど、子供のキラにはどうすることも出来なくて。
 新しい街で、もう本当にアスランとは二度と会えないんじゃないかと思うと、悲しくて幾夜も枕を濡らした。
 どんなに会えなくても、離れていても、キラにとっては誰よりも大好きで大切な友達はアスランだった。
 だから『待ってる』だけじゃなくて、いつかは自分からアスランを探しに行くんだ……。
 そう密かに決意を固めていた。
 だから、突然現れたアスランを前に、涙が溢れてどうすることも出来なかったのだ。



 その日アスランはキラの要望通り、『シロイルカ』のいる水族館に連れて行ってくれた。
 水族館を有したテーマパークというのが正しいのかもしれない。
 イルカやアシカ、ペンギンのショーも勿論満喫した。
「可愛いッ可愛い!」とキラが連呼していると「そんなキラが可愛い」と、とんでもない事を言われ真っ赤になった。
「子供扱いしてるでしょ?」とキラが拗ねると、「機嫌治せよ」とシロイルカのぬいぐるみを買い与えられてしまった。それこそ子供扱いじゃないかっ…と思ったけど、シロイルカに罪はないので、大事に腕に抱いている。
 こんな風にはしゃいだのは久し振りな気がする。
 楽しい一日なんてあっと言うまだ。
 夕食を済ませて帰宅の途に着くためにアスランの愛車に乗り込む。
「少し、走ろうか…」
「ぇ…うん」
 まだ帰りたくないという思いを見透かされたようで、キラはちょっと頬を染めながら慌てて頷いた。
「海、見たいかも」
「海!?まだ寒いぞ?」
「ダメ?」
 上目遣いにアスランの顔を見遣れば、呆れたように笑われた。
「相変わらず、キラは突拍子もないな。いいよ、海、見に行こう」
 アスランはそう言ってハンドルを切った。




「此処まで来ると、さすがに星が綺麗だな」
「そうだね」
「海岸に降りてみるか?」
「うん」
 海が見たいなんて言ったのは、少しでも長くアスランと一緒にいたかったからだ。
 車から降りて、二人で並んで海岸を歩く。
「凄いね、星に手が届きそう」
「本当だな」
 春の海は、やはりまだ肌寒い。
 不意にキラの肩にふわりとジャケットがかけられた。
「アスラン」
「俺は平気」
 驚いて顔を見上げたキラに、アスランの柔らかい笑顔が向けられた。
「ありがと」
 キラははにかむように微笑んで、アスランの優しさを受け止めた。
 昔から、変わらない優しいアスラン。
 桜の下で彼の姿を見たときは、幻なんじゃないかと思った。
 会いたくて会いたくて、ずーっとそう思っていたから、幻が見えたんじゃないかって。
 入学式が終わってから、改めてアスランから話を聞いて、彼が『学生』ではなく『准教授』として大学にいることを知った。
 その事実は6年間の空白をキラに突きつけた。
 幼馴染は身長だけじゃなくて、ずっと先に大人になってしまったのだという寂寥感がキラの胸に込み上げた。
 戸惑うキラに、だけどアスランはアスランだった。
 そんな事は僅かな時間を共に過しただけで分った。
 6年間のブランクなんて嘘のように、二人は昔のままだった。
 ただこの一ヶ月、キラは新入生のカリキュラムに追い立てられ、アスランも着任草々ということもあり、こんなにゆっくりと長い時間を過ごすことは出来なかった。
 昔は当然のように、いつも一緒に過していたのに………。
 キラが俯いたその時、アスランの指先が手に触れたかと思うと、ぎゅっと握られた。
 キラもきゅっと握り返して、顔を上げた。
 放さないでね……。
「放さないよ」
 キラは息を呑んでアスランの顔を見つめた。
「もう、この手を放したりしないから…」
 アスランは真摯な瞳でキラを見つめた。
 キラはこくんと頷いた。
 繋いだ指先から流れ込む温もりが、キラの胸をいっぱいに満たしていく。
『アスランが戻ってきた』
キラはこの時、改めてその事を実感した。

 二人は言葉を交わすことなく、手を繋いだまま月明かりの浜辺を歩き続けた。