冷 た い 手 を 暖 め な が らWritten by Kei,Sisidou
『クリスマスうちでしない?』
そう誘ったのはキラだった。
勿論『アスランに予定がなければ……だけど』と控えめに付け加える配慮も怠らなかった。
アスランはにっこり笑って了解してくれた。
『小学6年生以来だもんな。楽しみにしてるよ』と。
アスランにクリスマスを一緒に過すような特別な誰か、が居ない事は何となく分っていた。もしそんな相手がいたなら、週末毎にキラと一緒に遊びに出かけたりしないだろう。
片やキラは、学友達からの誘いを片っ端に断っていた。
折角アスランが帰ってきて、昔みたいに一緒にクリスマスが出来るんだから、合コンなんかに行ってる場合じゃない。
それに、アスランが帰って来たといっても、昔みたいに通学は勿論、学校でも帰宅してからも一緒なんていう過し方はもう出来ない。
そんなの分ってる。
自分達はもう小学生ではないのだ。
むしろアスランは既に社会人で、キラはやっぱり少しおいてきぼりにされたみたいで寂しいし、焦ってもいた。
その反面、小学生の頃は何でも出来て卒の無いアスランに感心していたけれど、最近ではその実、結構大雑把でいい加減なところがあるのも発見した。
研究に没頭すると他の事はどうでも良くなるらしい。
学者肌っていうのか……家系かもしれないけれど。
食事なんか最たるもので、流石にちょっと心配になった。
母親に今度から自分で弁当を持っていくから、出汁巻き卵の作り方を教えてって言った時は目を丸くして驚かれたけれど…。
母親にアスランのお弁当を作って貰うのは嫌だったのだ。
でもなんか、アスランのお弁当を作ってあげるんだとは恥かしくて言えなかった。
勿論、アスラン本人にも言えなかったから『母さんから』という事になっている。
先日、ひょんなことから母親に嘘が露呈した。
『お小遣いからカットしちゃった昼食代、戻してあげましょうか?』
なんて含み笑いで訊かれ、意地でも『いらない』と言い張った。
バイトだって始めたし。
大丈夫。
アスランと対等な友人でいる為には、それも必要なことだ。
一緒に遊びに行ったとき奢ってもらうのは嫌だったのだ。
こんなのは独りよがりかもしれないけど、アスランはちょっと困ったような顔をしながらも、キラのことを立ててくれた。
アスランはキラにとって、いつだって一番大切な友達で、一番大好きな親友なのだ。
ずっと一緒に居たいけど、今の立場と関係じゃそれは無理な事だってわかってる。
でも、一日一回は絶対会いたい。
お弁当を届けるのは都合のいい口実だった。
勿論、アスランの研究室を訪ねるのに口実なんて要らないのだけれど。
それに、お弁当を作ろうと思ったのにはもう一つ、重要な理由があった。
それこそ酷く子供じみていて、恥かしくなるような理由だけれど。
アスランがまたふらりと学食を利用しようなんて思ってやってきて、女の子達と一緒に食事する姿なんて絶対見たくないと思ったのだ。
何だか凄く腹が立ったし、それ以上に悲しかった。
こんなことで泣きたくなるのは変だと思ったけど。
それこそ小学生並みの独占力みたいで恥かしくなったけど、嫌なものは嫌なのだ。
これから冬休みに入ったら、毎日は会えなくなるのだからクリスマスぐらいは一緒にいたい。
夏休みは大学で研究を続けていたアスランの手伝いと称して研究室に入り浸って、そこで自分の課題もこなしていた。大学が閉鎖されるお盆休みには、一緒にちょっとした旅行に出かけたりもした。
でもこれからの年末年始は、きっとそうはいかない。
だから尚更、クリスマスは重要なのだ。
6年振りのアスランと一緒のクリスマスは、最高に素敵に違いない。
そう思うとキラの胸は、小さい子供みたいにわくわくとドキドキで一杯になった。
「お招きありがとうございます」
クリスマス当日にヤマト家を訪れたアスランは、出迎えてくれたキラの母親ににっこりと微笑んだ。
「すいません、予定より早く着いてしまって…」
お酒を飲むんだから車は置いておいでよとキラに言われ、電車できたら目測時間を誤った。というか、気が競って早く着いてしまったというのが正しい。
「いらっしゃいませ、さぁどうぞ」
キラの母はアスランをリビングに通してお茶の準備を始めた。
「キラね、御遣いのついでに駅まで迎えに行くって……」
「えっ!?じゃ…」
「あ、いいのよ。すぐ近くだから、電話入れておくわ。アスラン君は座ってて」
慌てて駅までキラを迎えに行く勢いで立ち上がりかけたアスランを、彼女はやんわり制してキラに電話をかけた。
「どの道、御遣いは済ませてもらわないとねぇ」
電話を切った彼女はのほほんと笑っている。
そうしてアスランの前に温かいハーブティーを出してくれた。
「クリスマス会なんて、アスラン君と離れて以来だから…6年振りよ」
「そう…なんですか?」
何となく、キラの家ならアットホームなクリスマス会はずっと続いていたような気がしていた。
キラの母はアスランの前のソファに腰かけて、ころころ笑った。
「でも、6年間って…凄いわね。あんなに可愛かったアスラン君も、すっかり立派な紳士になって」
「ぁ…いえ、そんな…」
アスランは無性に照れ臭い顔をしたが、確かに彼女にしてみれば息子も同然だったのだ。
子供にとっての12歳から18歳の6年間は、一番変化の激しい時期でもある。
いわば、子供から大人への成長過程を駆け上がる6年間だ。
身体の成長だけではなく、思春期を迎え、様々な価値観を身につけ内面的にも成長していく。
その6年間を離れていたのだ、この二人は。
「キラが中学に入ってからすぐ家も転勤になっちゃって……もー大騒ぎだったのよ?キラが『アスランと会えなくなる』って大泣きしちゃって、宥めるの大変」
そう言って肩を竦める彼女を見て、アスランは少し切ない気持ちになりながら小さく笑った。
「でも、新しい環境にも慣れてきて、新しい友達も沢山できて……」
アスランはハーブティーを口に運んだ。
キラならきっと、そうだろう。
明るいし、誰にでも優しいし、友達だって…親しい友達だって、すぐ出来たはずだ。
「それでね、ある時何気なくキラに聞いてみたの。『今、キラの一番のお友達は誰なの?』って」
そう言って、彼女は昔を思い出すように視線を泳がせた。
「そうしたらあの子…『アスランだよ。どうしてそんなこと訊くの?』って…泣き出しそうな顔で言ったわ……。正直、こたえた……。どうしてあげることも出来なかったんですもの」
「……………。」
「だから今、アスラン君がキラの傍にいてくれるのが、おばさんは嬉しいのよ」
彼女はにっこりと、アスランの顔を見て微笑んだ。
「でも本当に、アスラン君はアスラン君よねぇ?」
「?」
彼女の晴れ晴れとした笑顔と意味深な言葉に、アスランは僅かに首を傾げた。
「ちゃんとキラのことを見つけてくれたじゃない」
彼女はくすくす笑って席を立つと、今夜のディナー作りに取り掛かるためキッチンに向かった。
アスランはその後ろ姿を視線で追いながら、つくづく思う。
このなんとも掴み所のないふぁふぁした雰囲気は、流石に親子だ…と。
「もうすぐキラも帰ってくるから、ゆっくりしててね」
キッチンから声を掛けられた時。
「アスラン!」…とドアの向こうから声がした。
アスランは出迎える為に、慌ててリビングを出た。
「キラ?」
だけど、玄関にキラの姿は無い。
「アスラン!」
声は二階からだ。いつの間に帰って来たのだろうか。勝手に早い電車できたことを怒ってるのかもしれない。と、アスランは階段を駆け上がり何度か通してもらったキラの部屋のドアを開けた。
『アスラン!』
アスランは茫然として、ガックリ膝を着いた。
「……トリィ……お前かぁ〜」
『アスラン?』
篭の中の綺麗な緑色の鳥は、アスランが別れる時にキラに渡した鳥だ。
あの時は雛だったのに、今では立派に大きく成長していた。
キラはオウムだと信じているが、実はそうじゃないらしい…と、別れてから(渡してから)母に言われて、アスランも気付いた。母が研究所で飼っていた鳥の雛だったのだから、多分、そうなんだろう。
信じきっているキラに今更「違う」とは言えない…。
せめて別れるキラに、自分の代わりにと渡した小鳥に、キラは瞳を瞬かせた。
『名前は?』と聞かれたので、咄嗟に『トリィ?』と答えたら、笑われた。
泣いていた涙はそのままだったけど、笑顔が見れて嬉しかった。
『アスラン、センスないよ』
『だったらキラが付けろよ、名前』
『ううん。トリィでいい。アスランが付けたくれた名前だから、これがいい』
大事に小鳥を胸に抱くキラは、そのままにこの鳥を大事に大事に育ててくれたのだろう。
トリィは立派な『手乗り』に育てられていた。
「……幼馴染からもらった、大事なものか…」
『アスラン』
「ん?なにだ?トリィ?」
アスランは苦笑して、鳥篭を突付いた。
「飼い主の物真似が随分、上手なんだな…お前は」
『大好き』
「もーアスラン一本早い電車で来るなら連絡くれてもいいじゃないか!」
「ごめん、キラ。まさか迎えに来てくれるとは思わなかったから」
帰宅するなりぷっと膨れるキラのご機嫌を、アスランは一生懸命とっていた。
確かに、どこでもすぐ迷うキラと違い、アスランなら迎えがなくても平気だろう。
そんなこと、分っていたけど…迎えに行きたかったんだもん…。
と、ちょっと拗ねたい気分がご機嫌斜めの原因だ。
だけど折角のクリスマス。
いつまでも拗ねていて台無しにするのは勿体無いから、キラの機嫌はすぐに浮上した。
色とりどりのパーティー料理もわくわく感を倍増させた。
「久し振りに存分に腕を奮わせてもらいました〜いっぱい食べてね二人とも」
「ありがとうございます。頂きます」
「母さんのケーキなんて6年ぶりだよ」
「あら……だってキラがクリスマスには女の子と出かけちゃうから」
キラは思いっきり噎せ返った。
「か…母さんっ!何言ってるの!?違うよ!みんなだよ!!!クラスの友達っ!」
何を言い出すんだこの母は!!!!
キラは焦りまくって『違うんだよ』と必死にアスランの顔を見た。
確かに、強引な年下の女の子に拉致された年もあったけど、断じてそう言った関係ではなかった。
「キラはモテたんだな」
違うって言ってるのにこの幼馴染はっ!
「そんなこと無い。アスランこそ、どうだったんだよ」
今はそういった相手はいないけど、以前はそうとは限らない。絶対、モテたに違いないのだ。
「俺か?母と居た時は研究者仲間とパーティーをしてたけど、大学に上がってからは毎年研究室に篭もってたかな…」
「そうなの?折角のクリスマスなのに?」
「そう。折角のクリスマスなのに」
アスランはキラの顔を見て苦笑した。
折角のクリスマスを一人で過していたなんて、同情してあげるべきなのかもしれないけど、正直ほっとしている自分は……酷いかも。
そう思っても、やっぱりキラの頬は自然と緩んでしまうのだ。
はぐはぐと誤魔化すように料理を頬張って、アスランの顔を見てニコっと笑った。
「美味しいね」
するとアスランは見惚れてしまうような笑顔で頷き返してくれた。
楽しい時間を過しての別れ際はいつも以上に寂しい。
アスランはもう暗いからいいよと言ったけど、どうしても駅まで送るとキラは譲らなかった。
駅までの道を他愛無い会話をして歩き、キラは定期があるからといってホームまでアスランに付いて行った。
「わー寒いと思ったら雪だよアスラン!」
キラは自分の手を合わせて息を吐きかけながら、空を仰いだ。
「本当だ……寒いはずだよな」
アスランはそう言うと、キラの手を自分の手で包み込んだ。
「……アスラン…」
キラより一回り大きい手に包まれて、キラはアスランの顔を見つめた。
温かい。とっても…。
アスランに手を包み込まれたまま、どのくらい見詰め合っていただろう。
ホームに電車が入るアナウンスが流れた。
「……キラ、好きだよ」
「うん。僕も」
キラはキョトンとして目を瞬かせた。
するとアスランは困ったみたいに小さく笑ってから、物凄い真剣な眼差しをしたから、キラはドキリとした。
「……恋人として、付き合って欲しい」
「…………ぇ…」
「答えは急がないよ。ゆっくり、考えて…」
アスランは包んでいたキラの指に、そっとキスした。
「気を付けて帰れよ……おやすみキラ」
アスランは優しく微笑むと、キラの手を離しホームに滑り込んできた電車に乗った。
「…………っ…て…アスラン!?」
真っ白になっていたキラの思考が再び動き出した時には、アスランを乗せた電車はホームを走り去って行くところだった。
「ぇ…え―――――っ!??」
キラは真っ赤になってホームの端にしゃがみ込んだ。
どうしようっどうしょうどうしよう!
キラは大きく深呼吸をした。
そっとアスランに暖められたい手を開いてみる。
そこに雪の結晶が落ちて、消えた。
アスランの温もりがまだ残っているようで、キラは両手をぎゅっと胸に押し当てた。
「どうしよう………」
キラはぽそりと呟いて、頬を染めた。
だって……。
『嬉しい』