ありがとうございました!
気に入った小説やご感想がありましたら、下記フォームよりどうぞ。
全て任意ですので、どれも書き込まなくても拍手だけしていただけます。
コメントは、文字数無制限です。
コメントのお返事はWordで3日以内にお返ししています。
お礼SS その8
「……また失敗か」
「貴方は何故私の下に来て下さらない」
「私の治世は間違っているのか」
「貴方の残した言葉は嘘だったのか」
「何故」
「何故…………」
LOLシリーズ 番外 セファン 32歳
その日、王宮の片隅で齢十一の少年が密かに荼毘に付された。
王宮の表は、美しい花と華やかな飾りで彩られている。
花嫁となる者を乗せた豪奢な馬車が到着した。
緋毛氈の上に降り立った少女は、眩しげに空を見上げた。
これからひと月このティーア王宮でティーア式の作法を学び、晴れて婚姻の儀式が行われる。
幼い頃からこうと決めた男の妻になる。そして、国守となる子を産む。
誇らしさで若く瑞々しい胸はち切れそうだった。
国守を生んだ後の自身の運命を知っていても、それが薄れる事はなかった。
命を賭すもの。それだけの価値のある事だ。
「よくぞいらせられた、シルヴィーナ殿」
「お目にかかれて光栄です、セファン26世陛下」
迎えに現れたセファンの前に跪く。
黒く波を打つ髪に、セファンはそっと触れた。
手ずからその頭へ髪飾りを着ける。
ティーアの紋章の刻まれた、正妃のみが着ける事を許されるものだ。
「さあ、中へ」
「はい」
国内の貴族の殆どが揃う中、シルヴィーナは王宮へと迎え入れられた。
それは、華々しく、晴れやかな事である筈だった。
「きゃぁっ!」
盛大に食器が引っ繰り返る音が響き、大広間が一瞬静まり返る。
花嫁を迎え、盛大な祝賀会が開かれていた。
「あらぁ! 申し訳ございません、どう致しましょう」
食べ物や食器、飲み物などが散乱する中、二人の美少女の姿があった。
一人は衣服を胸元から足まですっかり汚し、もう一人は少しばかり年嵩で、その汚れた圏内から僅かに逸れた所で膝を付き頭を下げている。
「とんでもない粗相を致しまして、わたくし……」
「……い、いいえ。わたくしも注意が足りなかったのでしょう。怪我をしたわけでもございませんから、どうぞお手をお上げ下さい」
広間の隅、食べ物を置いてある台に当たったか足でも引っかけたのだろう。
事故だ。そう思い、優雅に手を差し伸べる。悪意など知らなかった。
しかし、手を差し伸べても頭を上げることはなかった。
「どうした!」
「何があったのだ?」
大股で、幾人かの男達が駆け寄って来る。
セファンにギルティエス、そして、もう少し年配の男だ。
「お父様」
服を汚された少女──シルヴィーナは少し困った様に父を見た。
「怪我はないか」
「はい」
「ナーガラーゼ、お前は何と言うことを!」
小気味よい音がする。
頭を下げていた少女は頬を押さえ、キッと手を挙げた男を睨む。
しかし、直ぐにそれを納め、更に深く頭を下げた。
男もその横へ膝を付く。
「陛下、娘の不始末、平にご容赦下さいませ」
「……処断は後に下す」
ギルティエスではなく、何処までも冷たい物言いでセファンが答えた。
親子は身を竦ませている様に見える。
「シルーナ。お前は下がって着替えておいで。お前の為に、既に何着かは取り揃えさせている。丁度良い機会だ」
態度も声音もまるきり変わる。シルヴィーナに対する時は、何処までも甘く、優しい。
その事に僅かに身を竦ませながらも、シルヴィーナは了解に軽く膝を曲げる。
「はい。あの、おじ様、お父様も……わたくし何ともございませんから、こちらの方を許して差し上げて下さい」
「今日よりはセファンと呼ぶのだよ、私の事は。これの事は、お前は気にせずとも良い。今宵の主賓はお前なのだから、早く着替えておいで」
汚れが自分の衣類に移る事も気にかけず近寄り、柔らかな頬に触れる。
やっと微笑を見せ、セファンの手招きした幾人かの侍女に付き添われてシルヴィーナは辞した。
「躾がなっていない様だな」
シルヴィーナが慣れるのを見届け、セファンは再び氷点下にまで声音を戻す。
見かねてギルティエスが口を挟んだ。
「セファン、そこまで怒らずとも……そなたも、怪我はないか?」
「は……はい……」
娘とそう変わらぬ年頃だ。震える様な声を気の毒にも思い、ギルティエスはナーガラーゼの肩に手を触れる。
「気をつける様にな」
「申し訳ございませんでした」
床に額を付ける様に頭を下げるのを見て微笑む。そして、セファンを振り返った。
「これで良かろう、セファン」
「お前は甘過ぎる。……ジュナス・ハインセリア。次はないと思え」
ナーガラーゼの父、ハインセリア公爵は、国内でも王家の他に比する者がない程の権勢を誇る家の長だった。
その鼻息には、国王であるセファンも一目を置かざるを得ない。
国王に比する決定権を持つ貴族の隠居老人達で構成される国内機関、「古老会」の長も、長年この家が務めている。
「……お言葉ではございますが……不慮の事故は、何事に付け起こる可能性はあるものでございます」
「不慮の事故、な。……度重ならぬ様に、心得る事だ」
「畏まりました」
セファンの苦々しい顔を見る事もなく、形ばかりは頭を下げ続けている。
「もういい。下がれ。見苦しい」
「お許し頂けますか」
「……早く行け」
そう言いながらセファンはそれ以上一瞥もくれず、足早にその場を立ち去った。
振り返りつつギルティエスもその後を追う。
王二人が去るのを見て、給仕達が群がり始める。
床が片づけられて行く中、親子もゆっくりと立ち上がり、セファンやギルティエスの背を強い視線で見詰め続けていた。