お礼SS その4
「兄上、庭にお花が咲きましたよ」
「兄上、今日はご加減がよろしいようで何よりです」
「兄上、先程、父上からお手紙が届きました」
「兄上」
「兄上────」
LOLシリーズ 番外 セファン 11歳
南に面した窓から、清かな風が入ってくる。
直接には陽が入らぬ様長く突き出た庇の奥から窓の外を眺め、庭で元気良く剣の修練に励んでいる弟を眺めながら、ルシェラは微笑んでいた。
半分ほど身体を起こせる様に作られた寝椅子に横たわり、側に付いた壮年の美丈夫に扇で風を送って貰っている。
齢十六。
窶れの色濃く浮いた面立ちは、それが故か、息を飲むほどに幽麗だった。
ティーア王国の第一王子である彼は、祖国を離れ、母の郷里であるアーサラ王国内に位置するここ、リーンディル神殿で静養していた。
標高はひどく高く本来ならば身体に障ろうが、特殊な生まれと力を持つルシェラにとってここはまさしく聖域だった。
ここは最も神に近く、神から遠い場所。
世界が今の姿となる基を作った者達……ルシェラ達の為の居場所のようなものだ。
この世界の中心とも言うべき、あらゆる力の集う場所だった。
「兄上、お茶に致しませんか?」
剣を収め、窓越しに弟セファンが駆け寄ってくる。
この神殿は世界の神殿の中でも最も格式が高く、各国の王侯達の間で、リーンディルに行儀見習いに入れることが一種の流行となっている。
セファンもその為に先頃神殿へ預けられた。
五歳年上の兄のことを非常に慕っていたセファンは、嬉々としてここに滞在している。
遠縁で同い年、仲の良いアーサラ王国王子ギルティエスと同時に預けられたことより、兄とより長い時間を過ごせることが何より嬉しい。
「お片づけをしていらっしゃい。ギルティエス殿達もお誘いなさい。用意をしておきますから」
「兄上と二人だけではいけないのですか?」
「大勢の方が、楽しいでしょう?」
「…………はぁい」
国にいる頃には、病身の兄とそう長い間過ごすことは出来なかった。
ここは城ほど広くはないし、庭からどの部屋も一望できる。
ずっと距離が近くなった気がして、それだけでも喜ばしく思える。
病がちながら、いつでも美しく、優しく、博識な兄のことが大好きなのだ。
そう、兄の側に例え誰がいようとも。
ルシェラの命通りに木剣を片づけに行く最中、セファンは振り返った。
ルシェラはセファンに向ける微笑みよりもっと、ずっと、深く美しい笑みを隣に立つ男に向けている。
男はルシェラの髪を優しく指先で梳きながら、愛おしそうにルシェラを見詰めていた。
時折お互いに耳打ちをし、また微笑み合う。
そこには何人たりとも入り込めない空気があった。
悔しい。
けれど、その男のことも、セファンは気に入っていた。
甘やかせない代わりに決して自分を子供扱いはせず、対等に話をしてくれる珍しい大人だ。
剣の腕は世界でも屈指だし、楽を奏でるのも「神の手」と称せられる程。
髪には少し白いものが混じり始めているが、毅然として凛々しい姿は兄とは違うように美しい。
それがルシェラと並ぶとより一層の輝きを放つ。
悔しいけれど、納得する他ない。
兄はこの男の事が好きなのだ。
自分に向けてくれる微笑みとはまるで違う表情を眺めながら、その事を痛感せざるを得ない。
兄が同性に興味を示す事、それから、この男の事は、父も納得しているらしい。
セファンに口を出す権利はないのだ。
兄は長くは生きられないのだと、父母や周りの大人達から十分に言い含められている。
ティーアの王位を継ぐのは、第二王子である自分だ。
兄はその命が短い代わりに、全ての自由を容認されている。
羨ましくも思うが二人の様を見ていると、セファンもそれを納得し兄の幸せを心から祈って止まない。
生きていて欲しい。
微笑んでいて欲しい。
いつまでも、いつまでも、美しいままで……。
「セファン、どうした? 早く片づけないと、お菓子がなくなっちまうぜ」
大きな声を出すことの出来ない兄に変わって、男が声を掛けてくる。
セファンはぺこりと頭を下げると、今度こそ木剣を片づけに倉庫へ走っていった。
終
作 水鏡透瀏