台風が近づいているのは知っているけれど、こう通り雨が多くちゃ敵わない。












 あーあ・・・と無意識に漏れた声と、小さな溜め息。
 見上げた透明の屋根に、水滴がまばらに落ちていく。周囲に雨の匂いが広がった。
 スーパーの出口に立っていた私は、慌ててその場を離れる。
 背後の出口から、同じ買い物客が手に持っていた傘を開いてその場を去っていった。
 ぽん、ぽぽん、と周囲で音を立てて咲いていく、色とりどりの傘の花。
 激しくなっていく雨が地面を打ち、やがて細かく霧散する。
 とうとう諦めて・・・私は、邪魔にならないように避けた店の端で立ち尽くした。


「 ( うーん・・・自宅までもつと思ったんだけどなぁ ) 」


 自宅の窓から覗いた時は、まだ太陽が雲間から覗いて出ていたのだ。
 だけど、引っ越して間もない新居からスーパーまでの道程は、思ったより入り組んでいて。
 ようやく辿りついた時には・・・真っ黒な雨雲が、晴れていたはずの空を覆っていた。


「 ( スーパーまですぐだと思ったから、携帯電話も置いてきちゃったし・・・どうしよう ) 」


 ほんの少し、のつもりだったのだ。
 玄関の電球が消えかかっているのに気づいて、財布だけ持って飛び出してきてしまった。
 スーパーで物色するうちに、籠の中のに持つがどんどん重くなって・・・。
 結局、今の私は両手一杯に荷物を抱える羽目になってしまった。
 疲れてきた腕に喝を入れるように、抱え直して・・・後ろの壁に、背をつける。


「 ( ・・・三成、気づいて、くれないかな・・・ ) 」


 同居人は、そういうことに『 疎い 』と、昔から有名だった。
 真っ直ぐすぎるあまり、融通がきかないというか。外見だけでなく、中身まで鋭利な刃物のようで。
 出逢った時には、誰も近づけない、誰も近寄らない・・・そんな存在だった。
 氷のように研ぎ澄まされた彼を・・・私だって最初は、遠くから見ているだけだった。






 ・・・・・・だけど。






「 ( ・・・・・・あ、 ) 」












 いつからだろう、その氷の奥にある・・・清らかな灯に、気づいたのは。












「 ・・・探したぞ、 」
「 三成・・・! 」


 目隠しされたような、霧の向こうから現れた背の高い人影。
 ゆっくりと、確かな足取りでこちらへと近づいてくる彼は・・・。
 私を見つけるなり、にこりとも微笑まずに溜め息だけを吐いた。


「 私の傍を・・・離れるな、と言っただろうが 」


 語気は荒いし、勝手に行動するな、と言っているんだろうけど・・・。
 ( 傍を離れるなって、束縛もいいところだし・・・って、本人は気づいていないんだろうな )
 自分用の傘を挿した反対の手には、、私の愛用している傘がある。
 涼しげな表情だけど、額には玉のような汗が浮かんでいた。


「 ・・・ありがとう、探してくれて 」


 部屋から消えた私が、どこかで濡れていやしないか・・・随分、探してくれたのだろう。
 お礼を言うと、雨と汗に濡れた前髪を照れたようにかき上げる。
 逸らした顔の頬が、薄っすら赤かった。
 それを見て、こっそり微笑む私に、ずいっと傘を差し出される。


「 荷物は私が持ってやる、貸せ 」
「 あ、いいよ、三成!自分で持てるから・・・ 」
「 ふん、お前の細腕で持ったまま自宅まで歩けるわけなかろう。俺に寄越せ 」
「 ちょ・・・!! 」


 三成は、私の両腕にぶらさがったスーパーの白いビニール袋を、強引に奪い取る!
 でも激しく争って、底が破れてしまうのは困る、ので・・・( とっても! )
 あまり抵抗せずにいたら、全部持っていかれてしまったが・・・その中の、一番軽い袋だけ奪い返した。
 驚いた顔が、険しくなっていく寸前で、私は自分の傘を開かずに三成の傘に飛び込む。


「 三成の傘に、入れて! 」
「 !?何を・・・ 」
「 何をって・・・こうするの 」


 左手には畳んだままの自分の傘と、ビニール袋。
 反対の右手で・・・私は、傘を挿した三成の腕にしがみついた。
 なッッ・・・!!と、彼の上擦った声が、弱まってきた雨音の中に響いた。


「 いいでしょ、三成?一緒に、帰ろ 」






 これからは、いつだってこうして・・・寄り添って、生きていくんだし、さ。






 見上げた彼は、もう頬の面積なんかじゃ収まらないくらい、赤く染まっていて。
 捕まった腕も・・・よく見れば、いつもより赤い( もしかして、全身・・・?? )
 私の視線に我に返った三成は、フン!と鼻を鳴らして、精一杯の虚勢を張る。


「 す・・・好きに、しろッ! 」


 投げかけられた台詞は、いつもの『 彼 』なのに。
 三成は、自分の腕に添えられた私の手を、傘を握る手に絡ませる。
 まるで、2人で傘を広げているような感覚!
 うわぁ!と子供のようにはしゃいだ声を上げた私が、三成に微笑む。


 すると三成も・・・いつも以上に柔らかく、微笑んだ。










 ・・・ねえ、三成。
 出逢った頃は、すごく凍った瞳で私を見ていたよね?


 でも・・・人は変わる、変わることが出来る。そう教えてくれたのは、貴方だよ。


 三成との出逢いが、私を変えたように。
 私との出逢いが・・・三成にとって、良い方向へ『 導く 』ものでありますように。












 大きな大きな、紫紺の傘の下。
 寄り添って歩く私たちには、共に帰る家がある。




 曇天の隙間から、消えていたはずの日差しが、並んで歩く2人の足元を照らしていった。














 水溜りを反射して輝く・・・・・・その光は、永遠。


















々傘







( 「 ねえ、三成・・・恋人繋ぎのまま、自宅まで歩くの?私はいいけど 」「 ・・・・・・ッ!?( はっ! ) 」 )






「燦参」企画参加作品!ありがとうございます、楽しませていただきました(灯)