いつからだろう・・・この、甘くて切ない気持ち。
窓から吹き込む柔らかな春風に、アイツの髪が揺れる。
香水なんかじゃない・・・甘い匂いが俺の鼻を刺激して、くらりと眩暈を引き起こす。
俯いて前髪が影を落とすと、その金糸の間を覗くように見上げる。
「 琉夏くん・・・? 」
大丈夫?と不安そうに眉を寄せる様が、あまりにも可愛くて。
笑ったら怒る、とわかってても、俺は吹き出してしまう( っと、ヤベ )
案の定、ぷうと膨らませた頬を突いて、の名を呼ぶ。
「 ごめんごめん、でもさ・・・今のは、が悪い 」
「 えっ、私!?な、何かしちゃった!? 」
「 俺を、きゅんとさせるような仕草ばっかっりするから 」
驚きと羞恥に、抗議の声を上げることはわかってた。だからその前に、彼女の全てを抱き締める。
俺の胸に閉じ込められたお姫様は、ジタバタともがいて・・・しばらくすると、大人しくなった。
諦めたのだろう。軽い意地悪の成功に、自分の口元が緩むのが解るのが合図。
頃合を見計らって、両腕の力を緩めてやる。
ぷは!と大袈裟に息を吐いて、俺の腕の束縛を自分で解くと。
真っ赤な顔で、琉夏くんのバカ・・・とぼやきながら、ぼさぼさになった髪を撫で付けた。
俺はごめんね、と謝りながら、便乗して彼女の髪を撫でてやる・・・大好きな、の髪。
軽く梳いてやるだけで、あっという間に元通り。落ち着きを取り戻して、天使の輪が浮かぶんだ。
「 ・・・私ね、琉夏くんに撫でられるの、好き 」
撫でている間に機嫌も直ったのか、ぽつりと彼女が零す。
目を伏せて、少しだけ・・・頬を染めて。まるで詩でも読んでいるかのように口ずさんだ。
「 俺も。の髪、撫でるの、すごく好きだ 」
「 ふふっ、じゃあお互い『 好き 』なことなんだね。それって嬉しいかも 」
そして、彼女は俺の手を自分の頬に持ってきて、愛しそうに頬擦りした。
吸い付くような肌。彼女の髪を撫でる以上に・・・俺は、彼女に『 触れ 』るのが好き、だ。
・・・ああ、そういやいつから、こんな風に『 触れ 』たいと思うようになったのか。
は、他人。彼女は、俺自身じゃない。
当たり前だけど、俺にとっては当たり前じゃないこと。
『 触れ 』れば、嫌でもわかってしまう。
どんなに愛しても、溶けることのない存在。ひとつになりたくても、なれない。
身体も心も繋げて・・・それに近い感覚は確かにあるのに。
目が覚めれば、俺たちは『 個 』の存在であることを、改めて思い知らされる。
だけど・・・『 触れ 』ば『 思い出す 』こともあるんだ。
ちゅ、とリップ音がして、現実に引き戻される。
掌に口付けた彼女が舌を出して恥ずかしそうに笑った。
心臓が高鳴る。どんなに長く一緒にいても、俺の鼓動が落ち着く暇はこの先もないのだろう。
・・・だって、はいつだって俺に教えてくれるから。
「 ・・・ 」
俺が・・・独りでないこと。
『 個 』と『 個 』が寄り添えば、孤独ではない。
俺の隣には、大好きなお前が在ってくれる。それだけで、全てが満たされるんだ。
「 ・・・ヤバい。俺、もうダメだ 」
「 へ、ちょッ、ちょっと!琉夏くん!!こ、この後は商店街で買い物って・・・!! 」
「 埋め合わせは、今度必ずするから。今は・・・大人しく、食べられて? 」
「 ・・・・・・ッ!!( 食べ・・・!! ) 」
昔は怖かった・・・『 触れ 』れば、何かが壊れてしまうのだと。
それは、両親を亡くして泣いていたばかりの頃の、俺の潜在意識だ。
手に入れたら、あとは離すだけ。どんなに願っても、魂はひとつに融合しない。
「 ・・・琉夏くん・・・! 」
折り重なるカラダ。何度貪っても飽きることのない味。そして、俺の名を呼ぶの声。
たった独りで、幸せに生きることなんて出来ない。
傍に寄り添う、の存在があるからこそ、自分は独りじゃない。
二人で、大好きなと幸せになりたいんだって・・・そう思えるんだ。
「 を好きになってよかった。だって俺・・・凄く、今、幸せだ 」
そう告げると、彼女は照れたようにはにかむ。つられて俺も微笑んで、キスをひとつ。
・・・ああ、幸せすぎる!言葉にするのも難しいけど、いつか伝えたい。
の笑顔を見るたびに、胸の奥がくすぐられたような甘い気分になる
頬を寄り添えば、温かい。この温度が、俺の・・・何よりの、幸せの証なんだってことを
グッバイアローン
( さようなら、ずっと独りだった『 僕 』・・・もう『 俺 』は、大丈夫だから )
Title:"ユグドラシル"