天使だ、と本気で思った。




 神々しいまでの光の中に、ぽつんと立っている小さな人影。
 蜂蜜色の髪が透けて見えるくらい、零れんばかりの光を浴びていた。
 教団の古い蔵書が並ぶ、本棚の奥の、奥で。


「 ・・・? 」


 音も無く。
 髪が揺れて、俯いていた顔を上げた。
 白磁器のような真っ白な肌。吸い込まれそうな、大きな瞳。
 形の良いふっくらとした唇が、ゆっくりと弧を描いた( ドキ☆ )
 にっこり笑って、手に持っていた本を軽く上げてみせる。


「 もしかして、コレ? 」
「 ・・・・・・え 」
「 私、もう読んだから。読むならドウゾ 」


 そう言って、俺の手に本を渡す。
 口を開けたまま呆けている俺に、彼女はもう一度微笑んで、その場を後にした。
 声を掛けて名前くらい聞くのは、お手のモノ・・・なハズなのに。
 後ろを振り返ることもできず、ただ、呆然と立ち尽くす。




 ・・・夢でも、見ていたんじゃないかと思って。
 彼女が立っていた、光の集まる場所を見つめていたら。
 現実に戻されるかのように、バンダナが落ちて・・・・・・俺の目を、覆った。
 

















「 ・・・あれ、昨日の 」


 次の日、同じ時間、同じ場所で。
 やっぱり光を纏った天使が、俺を見て微笑った。
 俺も今日はちょっとだけ、余裕を見せて( ホントは欠片もないけれど! )
 昨日彼女に渡された本を上げて、挨拶してみる。


「 もう読んだの?早いのね 」
「 ああ。割と面白かったんでね、あっという間だった 」
「 私、結構読破するまで時間かかったのに 」


 凄いなぁ、と連呼してクスクス笑った彼女の頬が、少し上気して赤くなっている。
 それが愛らしくて、俺の顔まで飛び火したように・・・熱い( ドキドキ☆ )
 クスクスクス・・・ケホ・・・ケホン、ケホン。
 咳に、身体を丸めた彼女に、俺は手を伸ばす。


「 ダイジョブか!? 」
「 ケホ、っ・・・う・・・うん、平気 」


 一瞬、躊躇ったけれど。
 彼女の眉間に寄せた皺を見て、思わず小さな背中を撫でた。


「 ( ・・・細い・・・ ) 」


 骨が出っ張った背中に、指から緊張が伝わってしまったのだろうか。
 止まない咳に身体を縮めながら、彼女は小さく、それじゃ、と呟いた・・・。


















「 よっ!昨日は咳、大丈夫だったんさ? 」


 そのまた次の日、同じ時間、同じ場所で。
 昨日より少しだけ早く来て、天使の到来を待っていた俺。
 ちょっと驚いた顔をして、おかしそうに微笑んだ。
 相変わらずの、蕩けるような笑顔に、そっと胸を撫で下ろす。


「 ・・・今日は?また何か読み終わったの?? 」
「 うん、オススメがあったら、教えて? 」
「 そうねー・・・なら、これは? 」
「 小説? 」
「 フィクションだけど、リアルっぽいところもあって面白いのよ 」


 この作家さん、好きなの、と言った時の嬉しそうな顔。
 そんな表情で・・・『 好き 』とか言うなよなー。
 くーっ!可愛いじゃんか、反則だろ!?( ドキドキドキ☆ )
 近くで見ると、陶器のようだと思った肌は、思いのほか青白い。
 もしかして・・・やっぱり、まだ体調が回復してないんじゃ・・・。


「 ここには、この作家さんの作品がいっぱいあるから、よく来てるの 」


 彼女はそう言って、手に取っていた本の表紙を愛しそうに捲った。
 ・・・ああ、だからか。決まってここで逢えるのは。
 ひとつナゾが解けたところで、また彼女の姿が揺れた。
 口元を強く抑えて、苦しそうに胸を押さえている。
 俺は背中といわず、崩れ落ちそうな彼女の身体を抱き締めた。


「 おいっ・・・大丈夫か!?待ってろ、医務室に・・・ 」
「 あ、待って・・っ!だ、大丈夫・・・だか、ゴホ、ら・・・ 」
「 大丈夫じゃねーだろ!?そんな・・・辛そうな顔をして! 」
「 お、願い。大袈裟にしないで、いっ、いつものコトなの・・・ 」
「 ・・・それって、どーいうコトなんさ!? 」
「 ごめ、ん、なさい・・・また、明日・・・ね? 」


 最後の力を振り絞ってか。俺の手を振り払い、逃げるように走り去る。
 追いかければいいんさ。捕まえて、医務室まで連れて行けば・・・。
 いつもならできるのに!いつもならそうしてきたのに!
 どうしてだろう・・・脚が、動かない。






 ( 必死な、凛とした彼女の意思を、尊重しようと思ったから )


















 そのまた次の日の次の日、同じ時間、同じ場所で。
 俺は待っていたけれど、彼女は現れなかった。




 そのまた次の日の次の日の次の日、同じ時間、同じ場所で。
 俺は待っていたけれど、彼女は現れなかった。




 そのまた次の日の次の日次の日の次の日、同じ時間、同じ場所で。
 俺は待っていたけれど、彼女は現れなかった。




 ・・・俺は、何で、あの時動かなかったんさ?
 後悔の念が、ぐるぐると俺のココロに巻きついて、締め付ける。
 あの後、医務室に行ってみたけれど、彼女らしき人はいなかった。
 誰に聞いても、彼女らしき風貌の女性はいないと言う。
 午後の光の中へと消えていった背中。透けてしまいそうだった、細い輪郭。


「 ( まさか、マジで天使だったりして・・・ ) 」


 バカな考えだとわかっていても、一抹の不安な拭えなくて。


「 ( また明日、って、言ったじゃんかよ ) 」


 あの人の『 好き 』な場所は、今も光に満ち溢れている。


「 ( そういや・・・名前も、聞いてなかった ) 」


 静かで穏やかな、図書室のいつもの空気。なのに、足りない・・・。












「 ( もう・・・逢えない、ん、か・・・? ) 」












「 ・・・ビ、ラビってば、ラビくぅーん♪ 」
「 コムイ? 」
「 あ、いたいた。探したよー 」


 図書室なのを気遣ってか、潜めた声が俺を探している。
 ひょこ、っと本棚の間から顔を覗かせたコムイ。
 千鳥足で近づいて来ると、そ・・・と俺に耳打ち。
 途端、猛ダッシュで図書室を後にしたっ!!( 後ろから誰かに怒鳴られた )


















「 ・・・よ 」


 トト、ン・・・トト、ン・・・
 ビニールパックの中で、黄色の液体が定期的に動いている。
 点滴の長い管は、あの時振り払われた枯れ枝のような腕に刺さっていた。
 図書室ではなく、集中治療室の奥の、奥。
 入室できる人間がごく限られたその場所に、彼女は横たわっていた。
 ふ・・・と瞳を開ける。宙を見つめ、そのまま俺に注がれる視線。


「 ・・・貴方・・・図書室、の・・・ 」
「 ラビ、って言うんさ。俺の名前 」
「 ラ、ビ・・・素敵な、名前、ね 」


 弱々しかったけれど、くしゃっと笑顔にかわる。
 その笑顔を見て、俺の心臓は相変わらず高鳴っていたけれど。
 ドキドキしてる場合じゃないんさ。それ以上に、今しなきゃいけないコトがある。


「 名前、教えて? 」
「 ・・・ 」
「 こそ、素敵な名前さ。まるで天使みたい 」
「 天、使・・・?ふふ、ラビったら面白いこと、言うのね 」








 ついこの間、自分がイノセンス適合者だと知って、教団に来たはいいけれど
 元来身体が弱くて・・・任務どころか、ろくに身体を起こすこともできなくて
 点滴を付け替える、あの時間帯だけ、自由時間だったの
 ほんの10分だけど・・・貴方に逢えると思ったら、ちょっとだけ元気になれた
 本当よ?私、ラビに逢いたいって、ベッドにいてもずっと思ってたんだよ
 ・・・治ったら、一緒に図書室に行きましょ




 今度こそ・・・約束、ね?














 絡めた小指の感触と、光を纏った君の満面の微笑みを、俺は一生忘れない
















待ってたんです、





あなたのこと



( 君が名前を呼んでくれたら、何度でも何処へでも逢いに行くよ! )


Material:"tbsf"
Title:"Rachael"