あ・・・空が、青い・・・
目に入ったのは一瞬だったのに、瞳に焼きつく、という表現がぴったり合う
周囲の音が全部消えて、私の耳には一切届かない
( 何か、劈(つんざ)くような声が聞こえた気がしたけれど )
ぐらりと歪んだ視界を最後に・・・そこで、意識が途絶えた・・・
「 お・・・気がついたか? 」
一度止まった記憶回線が働くまでに、約30秒ほど。
『 ここは? 』とか『 私は? 』という言葉すら浮かばないまま、声のする方向を向いた。
私を見下ろす声の主は、同い年くらいの屈託のない笑顔を浮かべた男の子・・・。
見覚えは・・・ないと思う、多分。
「 ・・・・・・・・・あ、の、私 」
「 まだ動かない方がいいと思う。ゆっくり話すから、まずは『 じっとしてる 』って約束して 」
「 は・・・はい・・・ 」
動くなって、どーいう意味?私、どこか怪我でもしてるの!?( でもどこも痛くないよ )
少しずつ動いてきた脳裏に浮かんだ、血まみれのイメージ。
不安な表情に歪んだのか、男の子は慌てたように手を振った。
「 別に怪我してるとかじゃなくてさ。落ちて、頭、打ってるみたいだからさ 」
・・・ああ、思い出した。
ここ、学校の屋上、だ。昼休みに、屋上で休んでて上から彼が・・・降ってきたんだっけ。
まさか上から飛び降りてくるとは思わなかったから、悲鳴あげちゃったんだ。
( 耳を劈いたのは、自分の悲鳴だったのか・・・ )
それで・・・それ、で・・・??
「 あの・・・授業は、もう 」
「 今始まったところ。3分くらい、気絶してた 」
「 そう、ですか・・・ 」
まあ、休んでも平気な授業だったし。
・・・この人は、自分の授業を休んで、気を失った私の側についててくれた、ってことか。
「 ( ちょ・・・っと、待って ) 」
私・・・今、どこに寝てるの・・・っ!?
「 わ、わた、しっ!すみ、すみませ・・・っ!!! 」
「 ちょ・・・お前!!じっとしてろっつっただろッ!? 」
「 きゃ! 」
「 気にすんな!ど・・・どうしても嫌っつーなら・・・仕方ないけどよ 」
「 ・・・い、いえ・・・ 」
枕代わりにしているのが、男の子の膝枕だと気づいた途端、反射的に身体が動いた!
彼は、暴れだした私の後頭部をがしっと掴んで、自分の膝に戻す。
い・・・いくら、自分のせいでこんなことになったとはいえ、良いんだろうか・・・。
ちら、と紅い顔のまま彼を見上げれば、彼も照れたように顔を背けていた。
( ・・・でも、耳まで真っ赤になっていた )
「 ・・・ごめんな 」
「 え、 」
「 下に、人がいると思わなくて・・・だから・・・ 」
飛び降りたんだ、と呟く。
「 いえ、大丈夫です・・・私も予鈴を聞いて、慌ててたから 」
「 俺も。給水塔んとこで昼寝してたから、急がなきゃって思ってさ 」
「 あ・・・それで上から、降ってきたんだ 」
「 そ、ごめん 」
そう言って私を見下ろした顔の周囲に、黒髪が揺れる。
青空をバックに、負けないくらい輝いた彼の顔に・・・見惚れる。
ちょっと下がった黒くて大きな瞳に、ぽかんと口を開いた自分が映っている( 間抜け、かも )
・・・ヤだ、呆けたままの自分を見られたくないっ!!!
「 あ・・・あの、私、そろそろ起き・・・ 」
「 まだ寝てろよ!・・・あ、そうだ、名前・・・聞いても、いいか? 」
「 ・・・、、です 」
「 俺は、高瀬。高瀬準太 」
「 高瀬・・・くん 」
「 おう! 」
彼の名前を口にすると、嬉しそうににこっと笑った。
無邪気な笑顔。ちゃんと他人に謝れる、優しい人。イマドキ・・・珍しい人かも。
びゅ、と風が吹いて、思わず瞳を閉じる。
揺れた前髪に、高瀬くんの指が触れた・・・・・・心臓が、跳ね、る。
( 全身が固まって、とてもじゃないけど閉じた瞳を開ける勇気がなかった・・・! )
「 はさ、屋上によく来んの? 」
「 ・・・時々 」
「 俺はよく来てる方かな。時々でいいからさ・・・これからも、逢える? 」
「 え、っ・・・!? 」
唐突な申し出に驚いて、とうとう瞳を開いてしまった
そこにあった彼・・・高瀬くんの顔は、少しだけ紅くて、少しだけはにかんだような
なんともいえない、優しい顔つきだった
「 寝顔見てる間に、のこと、もっと知りたいと思った 」
「 あ、これって、もしかして・・・・・・一目惚れって、ヤツ、かも 」
前髪に触れていた指先が、私の頬をなぞって、唇に触れた時、
安寧、ことごとく
( 穏やかだった『 日常 』は、いとも簡単に壊された )
Title:"Rachael"
Material:"空色地図"