図書館の落ち着いた空気は好き。
静謐のような空間は、まるで海のようだと思うんだ。
誰の干渉もない、深海の底のような。
私の背なんかよりずっと高い本棚の間を漂いながら、そんなことを考えていた時だった。
「 ( ・・・・・・あ、れ? ) 」
並列した本と、本棚のちょっとした隙間に見えたストレートヘア。
どこかで見たことのある、背中・・・のような。
ちらりと見えた横顔に・・・自分の顔から血の気が引いてくのが、わかった。
「 ( は、早く、たったた退散しなきゃ・・・っ! ) 」
彼は、書物の一冊を手に取って、見入っているようだった。
そんな彼の立ち位置とは逆の通路へ回り込むと、荷物のある、共有スペースへと走った。
( 若干うるさかったかも・・・でも!一大事なんで!! )
大きなトートバッグで良かった。とりあえず、荷物は全部持っ・・・・・・!
「 ・・・? 」
控え目に呼ばれた声に・・・今度は、全身から血の気が引いた。
頭ん中、真っ白。かろうじて座り込まなかったけど、顔はひきつってたかも。
「 ・・・たっ、高瀬、くんっ・・・ 」
「 久しぶりだな 」
「 そ、う・・・だね 」
自然と俯いて、声が小さくなっていく。やっぱりまだ、直視できないよ・・・。
声音が弱っていく私の手元に、目が止まったのか。
「 は、もう帰るところだった? 」
と聞かれて、答えに詰まる。
( ・・・でも『 答えに詰まる 』のは、心のどこかで、期待してるから )
「 う、うん 」
「 ・・・そっか。俺も帰るところだから、駅まで一緒に行かね? 」
「 ( え、あ、 ) あのっ!私、寄るところがっ! 」
「 付き合う。用意してくっから、出口んところで待ってて 」
必死の抵抗もむなしく、高瀬くんはニカッと笑うと、本の波間へと消えていった。
( 相変わらず、邪気のない爽やかな笑顔にどきっとする )
取り残されたし私はこっそり肩を落として、放り込んだ荷物を改めて入れ直した。
『 ずっと、好きでした 』
そう告白したのは、一年半前のこと。
桐青高校ではなく、別の女子高に進学が決まっていた私は、
誰もいない桜の大樹の下で、3年分の思いを告げた。
少女漫画みたいなシチュエーションは、クラスの友達の協力あってこそ。
・・・両思いにならないのは、わかってた。
『 高瀬くんに彼女がいても、言わずに去るのは嫌だったんだ 』
だけど、こんなの自己満足だ。高瀬くんが眉を潜めた。
『 ・・・? 』
『 でも、高瀬くんに逢えたおかげで、楽しい中学生活だったんだ!だから、ありがとう! 』
勝手で、ワガママで・・・最低な告白だったけれど、彼の前で泣くのだけは我慢しようと思った。
目に焼き付けようと思っていた彼の顔が、ぼやけてきたのをキッカケに。
ぺこっとお辞儀をして、私はそのまま踵を返した。
そして、一年半が過ぎて・・・・・・淡い思い出が、少しずつ色褪せてきたところだった、のに
「 お待たせ 」
大きなスポーツバッグを肩に下げて。軽い足取りで、私の隣に立った・・・あれ??
「 高瀬くん、背、伸びた? 」
「 え、ああ、うん。は、まだ伸びてる? 」
「 ううん、高校入って伸びなくなっちゃった 」
「 そういや、女子高はどう? 」
「 楽しいよ!最初は不安だらけだったのに、今じゃ嘘みたい 」
そっか、と高瀬くんが微笑んで、私も笑顔を返す。
弾む会話に、少しずつ緊張が解れていって、肩の力が取れてきた時だった。
「 ・・・・・・さっき、さ 」
呟くように。
彼の口から零れた小さな声に、私は顔を上げた。
「 本棚の隙間から、知ってる背中が見えて・・・俺、だって、わかったんだ 」
「 ・・・背中? 」
思わず足が止まって、高瀬くんと私は向かい合う。
伸びたと言っていた背の高さなんか気にならないくらい・・・ううん、近すぎて、逆に息を呑む。
風が吹いて、ちょっと長めな、彼の前髪が揺れる。
・・・見上げた彼の瞳がいつになく真剣だったので、言葉を、失った・・・。
「 中学ん時も、ずっと・・・の背中、目で追ってた、から 」
「 ・・・・・・え 」
「 だから、わかった。俺、がどんな人込みにいてもわかる自信、あるし! 」
これは、デジャ・ヴュ?
高瀬くんと、『 あの日 』の自分が・・・重なって、見える。
「 つまり、その・・・とにかく!ずっとに言いたかったことがあるんだ 」
捲くし立てるように言い放った彼は、一度、深呼吸をして
「 今からでも遅くなければ、だけど・・・『 あの日 』の、返事 」
「 へ・・・ん、じ・・・? 」
「 うん・・・は、俺に『 彼女 』がいると思ってたって、後からクラスのヤツに聞いたんだけど 」
「 中学ん時も、今も・・・・・・『 彼女 』になって欲しいと思うは、だけだ 」
だから、付き合ってください
そう言った高瀬くんの顔は、熟れたトマトのように真っ赤だったけれど
そう言われた私の顔だって・・・負けないくらい、真っ赤だったに、違いない
あの日失くしたもの
( 失くしたと思っていたのに、本当はずっと君の側にあったんだ )
Title:"LOVE BIRD"
Material:"空色地図"