その人は、儚げで、とても美しい女性だった。










 俺を『 梵天丸様 』と呼ぶ声は、小鳥の冴えずりのようで。
 その音色に惹かれるように、彼女にしがみついた。


 それほど長くはないが・・・今までの人生で。最高に愛した女性(ヒト)。






「 明日、とうとうお嫁入りですわ 」


 純白の袿を見つめて、彼女はうっとりしている。
 俺以外のヤツを思ってる・・・その事実に、吐き気がする( だけど、傍を離れられない )
 顔を背けたのを見て、とまどう彼女。


「 梵天丸様は、お祝いして下さいませんのね・・・ 」
「 ・・・ああ、祝えねえな 」
「 そんな悲しいことをおっしゃらないで下さい。
  梵天丸様は、私の幸せを願っては下さらないのですか・・・? 」
「 違う、俺は・・・っ! 」






 自分の手で、お前を・・・!!






 そう言おうと、顔を上げて身を乗り出した俺の口元に手を当てて。
 彼女は、少し苦笑混じりの微笑みを浮かべた。
 腰にしがみついたままの俺をあやすように、そっと頭を撫でる。


「 私・・・幸せになりますわ。旦那様になる方の元で 」


 柔らかな拒絶。
 指先をちくんと差すような・・・だけど、はっきりと伝わる意思。
 俺の口元に当てていた手を、そのまま自分の口元に持ってくる。
 涙目の彼女が、震える声で囁いた。


「 ・・・もう、何もおっしゃらないで。
  今まで『 私 』を大切にして下さって、ありがとうございました 」


 彼女が、頭を下げている間に・・・俺はこっそり涙を拭った。
 曖昧な関係にけじめをつけて、歩き出そうとするのを誰が止められるだろう。


 俺が大人だったら、俺にもっと力があったら。
 そう悔やんで、何度泣いたかわからない・・・でも・・・




「 幸せに、なれよ 」




 これが、最上級の愛の証。




 見ているこっちまで優しい気持ちになれるような。
 そんな微笑みを浮かべた、嬉しそうな表情を・・・生涯、忘れない。






























 あの頃なりたかった『 大人 』とやらに俺はなれたのか。
 次々と持ち込まれた縁談の中に・・・彼女が嫁いだ土地に住む武家の娘が候補にあった。


「 遠路遥々、よく来たな。俺が伊達政宗だ・・・顔を上げな 」
「 にございます、以後よろしくお願いいたします 」


 最初は、興味本位だけだった。
 彼女のいる土地の娘を見て、彼女に懐かしい想いを馳せて・・・。
 あの日、失くした恋もあったと・・・月夜の下で、一杯やりたかっただけ。
 思い出酒の肴・・・そのくらいの、軽い気持ちで呼び寄せた。


 ・・・だけど、というこの女の瞳は。


「 ・・・So cool・・・ 」


 蒼い焔の宿る・・・澄んだ『 輝き 』を持つ、瞳。
 これだけの力を秘めた瞳は、男でもなかなかいねえ。
 俺はニヤリと口の端を持ち上げて、彼女の顎に手をかけ・・・見下ろす。


「 この眼に俺だけを写し、伊達家に忠誠を誓うか? 」
「 伊達家はもちろん・・・私は命を賭して、政宗様にお仕え致します 」




 お覚悟なさるのは、政宗様の方でございますよ?




 そう言うと、はにっこり微笑む。
 挑戦的な笑み。思い出の『 あのヒト 』とは、似ても似つかねえ。
 ・・・そうだよな。彼女は彼女、コイツはコイツ、だ。
 の中にある『 輝き 』を比べるなんざ、彼女に対してもコイツに対しても失礼だな。


 ( そして俺は今、確実にその『 輝き 』に惹かれ始めている・・・ )






「 Ha!気の強い女は嫌いじゃねえ!!一生、ついて来い・・・ 」
「 御意 」






 俺の名を優しく呼ぶ声は、もう、ない。
 ( そしてそれは、もう二度と手に入らないとわかっている )


 けれど、失った悲しみすら力に変えて・・・俺は、生きる。














( ・・・それで、いいのですよ )














 瞼の裏の女性は、あの日のように・・・・・・美しく微笑んで、消えた。














青色失恋日和





( これからは幻影ではなく、目の前の・・・お前だけを大切に想って、生きていく )






BASARA Harvest Festival 2009に出品しました。