一陣の風が、吹き抜けた。




 ゆっくりと瞳を開けると、見たこともない景色が広がっていた。
 雲のたなびく夕空。夕焼け色に染まった野原。
 ふわり・・・と、漂った、どこか懐かしい花の香り。
 僕は、その景色を受け入れるまでに、少し時間がかかった。
 擦った瞼(まぶた)が、少しだけ熱い。






 ・・・AKUMAは?
 さっきまで戦闘していたはずなのに。


 僕は・・・一体、どうして・・・・・・






 ズ、シャ・・・


 砂の音。
 隣に立っていた、が地面へと座り込んだ。
 僕は慌てて駆け寄る。


「 !?どうかしましたか? 」
「 ・・・・・・レン・・・ 」


 は、泣いていた。
 艶やかな肌を、ダイヤモンドのように輝いた雫が伝う。


「 どこか痛むんですか? 」


 そう問うと、ふるふると首を横に振った。
 ひっく、と上がった息を必死に止めようとして、また喉を鳴らした。


「 ・・・ココ、私の・・・故郷なの 」


 は、天を仰いで言った。


「 大きな河辺にある、赤いレンガを敷き詰めた美しい町並み・・・。
  あの店も、ほら、角のパン屋も・・・あの頃から変わらないわ 」


 どこか遠くを見つめながら、懐かしそうに語る
 まるで子供のように瞳を輝かせて、とめどなく涙を零していた。
 けれど・・・それは『僕』の景色じゃ、ない。
 僕の瞳に映るのは、一面の野原。


「 AKUMAの見せる、幻影・・・ 」


 そう考えれば、全てが納得いく。
 この幻に捕らわれている隙を狙ってくるのだろう。
 対象者の、脳裏の深層にある・・・懐かしい風景。






 ・・・じゃあ、ここは・・・


 胸が締め付けられるような、この風景は・・・






「 ・・・・・・ 」


 唇から漏れた言葉は、音とならずに消えた。
 ・・・周囲に気を配りながら、一度イノセンスの発動を解除する。
 を、このままにしてはおけない。


「  」


 未だ泣き止まない彼女を、抱き締めた。
 アレン、アレン、と僕の名前を呟いて、は嬉しそうに抱きつく。
 その背中を優しく撫でて、ゆっくりと彼女を立たせた。


 ・・・ごめん


 彼女を横目に、僕は胸の中で謝った。
 エクソシストをして当然のこととはいえ、彼女を傷つけることに抵抗を覚える。
 けれど・・・愛しい彼女を、夢の中に置き去りには出来ない。


「 ・・・・・・イノセンス 」




 発 動




 はっと顔を上げたが信じられないといったふうに、僕を見つめた。
 そんな彼女の両目に、掌を当てる。


「 少しの間だけ、目を瞑っていて下さい 」


 つ・・・と、指先を濡らす感覚。それでも彼女は、頷いた。
 の額に、キスを一つ送って。




 僕は、高々とイノセンスを振りかざした。












 この世に生まれ出た日を、僕は知らない
 

 けれど、僕の中にも確かに存在していた
 一瞬、胸を掠めた・・・・・・郷愁の念




 じわり、と浮かんだものを・・・彼女に知られたくなくて
 こっそり焼き付けた景色と一緒に、強く、胸の中に閉じ込めた








 ・・・頬を、雫が濡らした






















( 世の中は夢かうつつか うつつとも夢とも知らずありてなければ )




タイトルはいろは歌の、最後の和歌は、古今集のものです。










Material:"*05 free photo"

Title:"構成物質"