昨日の雨が嘘のように、青空晴れ渡る卒業式となった。






 暖かい日差しが差し込む体育館で、朗々と響き渡る自分の声。
 日頃の演説とはまた違った・・・でもこれが、生徒会長だった私が生徒に語る最後の仕事。
 答辞を読み終えた私は、盛大な拍手を受ける。壇上から降りる際に、必死に彼女の姿を探すが。


『 最後のお仕事、頑張ってね!会長さん 』


 そう微笑んだ彼女を、どこにも見つけることができなかった・・・。




















「 それは・・・本当ですか!?凌統殿 」
「 あのね、嘘吐いて俺の得になること、ある?ないでしょーが 」




 とは何回か面識があるって、お前、気づいてた?




 クラスメイトの台詞に、耳を疑わずに入られなかった。
 え、今何と・・・、いやだからさ・・・なんてやり取りを交わしていると。
 凌統ー!甘寧が呼んでっぞーと声がかかる。
 教室の入り口近くで手を挙げている巨体は、凌統殿の幼馴染だった。
 溜め息を軽く吐いて、彼はだるそうに指差す。


「 はさ、甘寧のクラスメイトで、あーやって俺とアイツを繋いでくれたワケ 」


 と言い残して、席を離れた。
 上履きを引きずるように教室の入り口まで行くと、声をかけてくれた生徒に礼を言って消えた。
 取り残された私は、窓の外へと目を放る。
 校舎の至るところに設置された花壇。花は見頃を向かえ、咲き誇っている。
 業者から株で買ったものなのだろう。どれも彼女が昨日私に渡した花だった。






 ・・・こんなに近くにあったものなのに、気づかなかった。
 花の美しさにも、それに携わる彼女の存在にも。


 胸の中がむずむずとする。目の前の風景に携わった彼女の『 存在 』を知っただけで。
 この教室を飛び出して、今すぐにでも彼女に逢いたい、と思う自分がいる。
 昨日のお詫びと、花をくれたお礼を言って、それから・・・それから、何を話そう。
 思いつかなかった。だが、伝えたい『 気持ち 』がたったひとつだけあった。






 そのうち担任が教室にやってきて、席に着くよう声をかける。
 凌統殿もいつの間にか戻っており、大きな身体を椅子に預けた。


 かさ、と紙の音がした。隣の席にいた友達が、机の上に放った紙の音だった。
 何ですか?と問う視線を送れば、彼は首をかしげて、前の方の席にいた凌統殿を差した。
 彼はウィンクひとつして、手紙を開けろとジェスチャーをする。
 私は、支持されるまま用紙を開き・・・固まる。


『 甘寧の情報によると、どうやら彼女、風邪で休んでいるらしい。
  住所を書いておくから、行くなら早めの方がいいぜ。
  なんせ、お前の場合、校門が女子が殺到して混み合うだろうからな。
  とりあえず地図を描いておいた。甘寧自慢の抜け穴だ。
  それと、これは俺の推測なんだが・・・・・・ 』


 凌統殿の『 推測 』に、正直ぎょっとする。片手で、頬に上がった熱と緩んだ口元を隠す。
 その様子を見ていた凌統殿が、遠くで笑っているのがわかった・・・だが。


「 ( 彼の憶測が、外れなかったことはない ) 」


 今回ばかりは、彼女に直接確認してみないとわからないけれど・・・。


 卒業証書は先程もらった。あとは担任の話が延々と続くだけだろう。
 メモをポケットにしまうと、鞄を掴んで机の下へそっと潜り込む。
 卒業生へのメッセージ、と黒板に一心不乱に綴っている担任は、私がこんなことするとは想像も出来ないだろう。


「 ( 元生徒会長が、聞いて呆れますね ) 」


 苦笑をこらえて、教室の扉に手をかける。
 クラスメイトは驚いた顔をしていたが、凌統殿だけは頬杖をついていたまま唇を持ち上げていた。




















 学校のすぐ傍に開発された新興住宅地の中に、彼女の家はあった( やっぱり駅は使わなかったんだ・・・ )
 メモに書かれてあった住所を交番で尋ねる。懇切丁寧に教えてくれた道案内を記憶すると、駆け出した。
 新しい家が立ち並ぶ路地を、一本、二本、と入っていく。
 そして・・・『  』と書かれた看板の前で、ようやく足が止まった。


「 ( ・・・ここですね ) 」


 じわりと浮かんだ額の汗を拭う。襟元を緩めて深呼吸をして、また締めた。
   ・・・突然、お見舞いに来てはさぞびっくりするだろう。
 改めて自分の行動力に驚くが・・・もう一度逢いたい気持ち、それが何にも勝った。






 ちゃん、お友達よ、という母親の声に、扉の向こうで動く気配。
 部屋まで案内してくださった彼女の母親に頭を下げ、ドアノブに手をかけた。
 ・・・が、回すのには、勇気が要った。自分の鼓動以外、何も聞こえないくらい緊張しているのがわかる。
 全神経が・・・ようやく逢える、彼女へと集中していた。
 ぎ、と小さく軋んだ音を立てて、彼女の部屋の扉を開く。
 ベッドの中から足を出し、大きな欠伸をしている彼女が無防備に振り向いた。


「 ふぁあ、誰・・・・・・え、あ、ぅあああッ!!! 」


 悲鳴を上げる寸前で、彼女は自身の口をばふっと押さえる( 悲鳴はまずい、と思ったのだろう )
 そして慌ててベッドの中に、もぐらのように隠れてしまった。


「 さん!? 」
「 ご、ごごごっ、ごッ!!ごめ、ごめんなさいッ!!ごめんなさぁあい!! 」
「 何故、貴女が謝るのですか?謝らなければならないのは・・・私の、方です 」


 ベッドの傍に膝を突いて、そっ・・・と、丸まった布団の上に手を置く。
 布団の中にいた彼女が大きくびくりと震えて・・・しばらくしてから、もぞ、と動いた。
 端からくしゃくしゃになった頭と、真っ赤になった顔が半分覗く。


「 ・・・り、陸遜、さん・・・ 」
「 昨日は申し訳ありませんでした。一方的な感情だけで辛く当たり、傷つけてしまった。
  その結果、貴女をずぶ濡れにして、大切な卒業式を休ませてしまいました・・・ 」
「 結果、じゃないです。私の態度も悪かったし、送ったのは私がそうしたいと思ったから、で・・・ 」
「 ・・・では、お礼を言わせてください。さんの応援あって、答辞はばっちりでした 」
「 本当?ふふっ、よかったね、会長さん 」


 さんは嬉しそうに、くすくすと微笑んだ。
 そしてはっとして再び潜ろうとするので、すかさず私は引き止めた。


「 待ってください、その・・・あ、風邪!風邪は大丈夫なのですか!? 」
「 か・・・風邪、は、あの、大丈夫です、ホント・・・。朝、熱があって動けなかったんですけど。
  さっき計ったら、午前中休んだおかげですぐ引いちゃったみたい 」
「 そうですか、ならよかった・・・・・・えっと、それ、から 」
「 ・・・陸遜さん 」
「 は、はいッ! 」
「 私のことを心配してくれてるなら、もう、平気です。傷ついてもいない、です。
  だから・・・だから、私みたいなのに、もう構わなくてもいいですよ・・・? 」


 さんは、微笑もうとしたんだと思う。細めた瞳から、ぼろろっと涙が零れた。
 あ・・・と小さな悲鳴が上がり、あっという間に布団の中に逆戻り。
 私は、ふりだしに戻ったという落胆よりも、伝えられない・・・もどかしい想いに、身を焼かれそうだった。
 声を堪えて震える彼女の身体を、布団の上から抱き締めた。


「 、さん・・・ずるい、ですよ? 」


 もう、隠れたって無駄なのに。
 貴方と出逢ってしまった私は、出逢う前の自分には戻れないのだから。


「 3年6組で、園芸部で、生徒会室の真下の花壇の担当で。
  さんは私のことをよく知っているようなのに、私は貴女の事を、それだけしか知らないんです 」


 私を見知ってくれていたのはいつからなのか、とか。甘寧殿と凌統殿を知っているか、とか。
 何も知らない。知らないことが悔しい。貴女だけ私のことを知っているなんて、ずるい。
 卒業してしまったら、貴女をもう見守ることさえ・・・叶わない。
 三年間も同じ校舎にいたのに、たった一日の出逢いで三年分の日常を後悔している。


「 貴女を、もっと知りたい。だから、これきりだなんて言わないで下さい。
  卒業しても、時々でいいから・・・私と、逢ってくださいませんか? 」


 私たちには『 これから 』があるとわかれば、焦ることはない。
 出逢ったことを無意味なものになんて、したくないのだから。だから、二人で意味のあるものにしましょう。
 大人しかった布団がもぞもぞと動くので、拘束を解く。
 中から顔を出した涙目の彼女が、小さく頷いた。身体を起こして正座し、ぺこ、と頭を下げる。


「 ・・・う・・・うん、お願い、します・・・ 」
「 よかった・・・ありがとう、さん 」
「 う、ううん!お、お礼を言わなきゃならないのは、私の、方で・・・ 」


 その・・・と真っ赤になって口篭る彼女に、ポケットの中身を差し出した。
 俯いた視線に入ったそれを、首を傾げながらまじまじと見つめると・・・破裂せんばかりに飛び上がる。


「 まっ!ままままさ、か、そ、それ・・・ッ!! 」
「 クラスメイトである凌統殿の『 憶測 』なんですが。これを貴女に差し上げれば、熱など吹き飛ぶ、と 」
「 りょ・・・凌統くんが、何でそ、それを・・・あ、まさか甘寧・・・! 」
「 思い当たる節があるのですか?・・・フフ、むしろ熱を上げてしまったようですけれど 」
「 そそそんなっ、ことっ、は・・・!! 」
「 そうですか?ならば、確かめてみるまで 」


 肩を引き寄せて身体を近づけると、自分と彼女の額をこつん、とくっつけた。
 驚きに息を止めて、さんが固まる。ぎゅっと瞑った瞳の睫が長く、影を落とす様が綺麗だと思った。
 薔薇色の頬に、熟れた唇・・・こんなに彼女は魅力的なのに、どうして今まで気がつかずにいたのか。
 ますます『 熱 』が上昇していくのは・・・さんだけでなく、自分も同じだ。


 そっと離し、彼女の掌にそれを転がす。
 彼女は自分の掌と、私の胸を見つめ、恥ずかしそうに・・・私を見上げた。






「 貴女が、私の第二ボタンを欲しがっていた理由・・・いつか、聞かせてくれますか? 」






 さんは、やっぱり俯き加減に、こくりと頷く( ふふ、これが今は精一杯、でしょうか )
 そしてゆっくりと、ありがとう・・・という言葉と柔らかい笑みが零れたのを見て、私も微笑んだ。












 恋、などというには早過ぎる・・・けれど。




 確実に膨らんでいく『 想い 』を痛感しながら、今はただ、彼女が笑ってくれれば・・・それだけで、嬉しかった。














それはと言うには







淡すぎる





// 後 編 //



( 貴女の口から聞く前に、私の方が先に『 気持ち 』を伝えてしまうかもしれませんね )






Title:"31D"