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 ピリリリ、ピリリリ。小さく電子音が鳴ったのを確認して、ごそごそと脇を探る。
 熱気に曇ったガラスを、親指で拭いた。
 
 
 「 ・・・やっと微熱、か 」
 
 
 鬼の霍乱、ってヤツなのか。
 体調管理には充分気をつけていたつもりなのに、昨日の練習から帰ってきた途端、
 クシャミ連発・鼻水洪水、お腹を壊した上に高熱に苦しむハメとなった( 地獄を見た )
 仲間には悪いと思ったが、一日だけ学校と練習を休ませてもらった。
 
 
 「 ( 阿部と三橋・・・また面倒なコトになってたりとか、しないよな ) 」
 
 
 俺はふー、と小さな息を吐いて、厚い瞼を閉じた。
 目を瞑ると、浮かんでくる・・・朝の冷たい空気、昼間の穏やかなクラス風景。
 グラウンド。三橋、阿部、田島、栄口、泉、水谷、モモカン・・・それから。
 
 
 「 それから?? 」
 「 それから・・・・・・って、ぅわあああァァァァ!!! 」
 
 
 やけにリアルだな・・・と思ったら、めっちゃ現実だった、っ!!( ひっ )
 3秒固まって、反射的に飛び起きる。
 布団を飛び出して、壁に張り付いた俺に、彼女は眉を寄せた。
 
 
 「 ダメだよ、梓。ほら、布団に入らないと・・・ 」
 「 名前で呼ぶなっ!! 」
 「 あ・ず・さ 」
 「 てめ、っ・・・ゴホッ、ゴホンゲホ、ンッ・・・!! 」
 「 あああー、ゴメンゴメン 」
 
 
 ずるり・・・と床に突っ伏した俺の身体を、布団へと促す。
 久しぶりの熱に犯されて、微熱なのに抵抗する力も沸かない。
 
 
 「 なんで、が、ここ、に・・・ 」
 
 
 息も途切れ途切れに尋ねると。
 が枕の傍にあった桶に、落ちていたタオルを浸して、微笑んだ。
 
 
 「 プリント、届けに来たの。阿部くんから預かってきた 」
 「 阿部は? 」
 「 部活だよー 」
 「 ・・・マネージャーのお前は? 」
 「 梓のお見舞いのため、監督が行って来い!って 」
 「 名前で呼ぶなっつーの!! 」
 「 はーいはい 」
 
 
 彼女の手が俺に伸びて、思わず目を固く瞑った。
 ひやりとした感触。冷たいタオルが心地よくて、思わず吐息が零れた。
 クスリ、と笑う声が聞こえて、俺はむっとする。
 
 
 「 ・・・何だよ 」
 「 何でもなーい。あ、で、このプリントが数学の宿題で・・・ 」
 
 
 
 
 
 
 あ・・・何だか、心地良い。
 朗々とした、高くもない、低くもない声。グラウンドでいつも聞く声とは全然違う。
 って・・・ホントは、こんな声だったんだな。
 笑顔のまま、カバンから取り出したプリントを広げていく姿を見て
 訪ねてくれたのが、阿部とかじゃなくて、彼女で、素直に嬉しいと思った。
 
 
 ( なんか、すっげぇ可愛く見えてきたんだ・・・今、俺、見惚れてるのか? )
 
 
 
 
 
 
 「 ・・・って、ねぇ、梓!聞いてる!? 」
 「 え・・・ 」
 
 
 ・・・ゴチ、ン。
 骨と骨の当たる音。額を通して伝わる熱。長い睫毛。首筋を伝う黒髪。
 彼女が、タオルを取って俺の額に自分のをくっつけているのだと理解するのに・・・。
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・・10秒は、かかった。
 
 
 
 
 
 
 「 お・・・まっ、ちょ、わ、わわっ!! 」
 「 きゃぁ!! 」
 
 
 突き飛ばすと、彼女は簡単にひっくり返った。
 その後ろに鎮座したタンスに気付いて、反射的に彼女を手を引き寄せる。
 ( や、突き飛ばしたのは俺なんだけど・・・! )
 二人で布団に逆戻り。どすん、と床が揺れたような気がした。
 
 
 「 ・・・ふー・・・危ね・・・ 」
 「 あ、あの・・・っ 」
 「 ・・・・・・ 」
 
 
 聴こえるか聴こえないかの、控えめな声に・・・俺は顔を上げる。
 四つんばいになった腕の間で、真っ赤になったが俺を見上げていた。
 あ、あれ?この、状況は・・・・・・ヤバいんじゃね??
 
 
 「 ・・・・・・お、おわあぁっ!!! 」
 
 
 ばっと身体を横に倒すと、ドアに背中を思いっきり打ちつけた( 痛ぇ!! )
 起き上がったが、乱れた髪も整えず、カバンを引き寄せる。
 もがく俺の横を、慌てて通過する足音がした。
 
 
 「 あず・・・は、花井、くん! 」
 
 
 彼女は入り口に立って、蹲る俺の背をポン、と叩いた。
 
 
 「 お・・・お大事、に、ねっ 」
 
 
 階段を駆け下りる音が、どんどん小さくなっていく。
 微かに聞こえる母親の甲高い声。きっと、彼女が挨拶でもしたのだろう。
 ( ・・・後で、冷やかされんだろーな・・・ )
 俺はそのまま、布団に横たわると、落ちていたタオルを額に置いた。
 とうに温くなっているハズなのに、今の体温を落ち着かせるには充分な温度だ。
 目頭が熱い。涙が出そうなのは、痛みのせいなのか、熱が上がっているせいなのか。
 
 
 「 ・・・それ、とも・・・ 」
 
 
 呟いて、タオルを目元まで下ろす。
 呼吸も思考回路も、めちゃくちゃに乱れていてたけれど。
 俺は全部、風邪のせいだと思うことにした!( うん、それがいい!! )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明日になれば・・・体調も万全に回復して
 部活にもクラスにも、いつものように顔を出せるだろう
 にも、いつもと同じように『 はよっ! 』と挨拶して
 この微熱も、一時の夢だったと思えてくる、はず・・・・・・
 
 
 だけど
 
 
 ・・・だけど、以前と同じようには・・・
 
 
 彼女を見つめられなくなってしまったら?
 胸の中に渦巻く、この熱が覚めやらなかったら?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・・俺、どうすりゃ、いいんだろ・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 37.5 degrees( 治ったハズなのに、別の熱に侵されてしまったようだ )
 
 
 
 
 --- 微熱
 
 
 
 
 
 
 
 Title:"W2tE"  |