遠目からでもわかる、その井出達。




 丈の短い黒コートに、濃紫のマフラー。色素の薄い髪とグラデーションのようで、美しい。
 人気のない放課後の廊下を歩くその背に、私は声をかけた。


「 うおーいっ!!みぃーつーぅなぁぁ・・・ 」
「 ・・・煩いッ! 」
「 あたッ!! 」


 振り向き様にツカツカと走り寄ってきたかと思えば、いきなり拳固で殴られた・・・!
 ( 女の子に対して、酷い!酷すぎる!! )
 殴られた場所を押さええいると、ふん、と三成が鼻を鳴らす音が聞こえた。
 抗議しようと顔を上げた私の目に入ったのは、腕組した三成が持っていた書類。


「 三成・・・大学院に行くの? 」
「 ・・・ああ、これか。薦められている院があってな。まだ検討中だが 」


 そういや、彼はとても傾倒している教授がいるとか言ってたっけ・・・。
 水色の封筒には、有名大学院の名前とロゴが大きく入っている。
 じ、と見ていた私の身体が震えて、くしゃみが出た。
 鞄からハンカチを取り出していると、ずい、と三成が何かを差し出した。


「 貴様にやる・・・先程買ったばかりのものだから、まだ温かい 」
「 あ、ありがと・・・ 」
「 ・・・フン 」


 手渡されたカフェオレは、彼の言うとおり温かかった。
 三成は、そのまま近くのベンチに座った・・・ってあれ?どこか行く途中じゃなかったのかな??
 少し距離を開けて、ちょこんと私もベンチに腰掛ける。
 プルタブに手をかけて、缶を傾けていると、ふと隣から視線を感じた。
 ぼーっと私を見ていた三成に、何?と問えば、な、何でもない!っと真っ赤になって怒られた。
 ( な・・・何なのよ、もう・・・ )


「 ・・・、は、 」
「 ん?? 」
「 決まったのだろう、卒業後の進路 」
「 うん、OBのコネで内定もらった会社だけどね。私も、4月から社会人だわ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 三成・・・? 」
「 ・・・4年も、当たり前のように隣にいたのに・・・最後は、離れ離れ、か・・・ 」


 すごく、ものすごく小さな声で呟かれた言葉は。
 彼の性格を知っている私でも、自分の耳を疑いたくなるようなセリフで。
 目を見開いたまま、今度は私が彼を見つめたまま固まっていた。
 端正な顔立ちに、寂しそうな影が落ちている。その儚げな表情に、思わず釘付けになってしまった。
 はっと気づいて、慌てたように三成は口を片手で塞ぐ。そして、私の頭をまた小突いた。


「 痛っ!何すんのよ!! 」
「 う、煩いっ!!貴様は黙っていればよいのだ! 」
「 意味わかんないよ・・・ 」


 さっきからずっと黙っているじゃん・・・まあ、黙って、見惚れてはいたけど( 否定はしない )
 残りの分を飲もうと缶に口をつけていると、三成が、またぽつりと呟いた。
 ( 今度は、私に話しかけるように )






「 お前は・・・どこへ行っても、お前のままでいろ 」






 隣を見れば、三成は私に顔を背けていた。
 だけど、赤く染まった耳たぶとか、急に白くなった吐息とか。


 彼が、どれだけ照れた状態で・・・そのセリフを呟いたのかが、わかった。






「 ・・・うん 」






 素直に頷けば、ぴくり、と三成の肩が震えて、しばらくして向き直る。
 頬を赤く染めたままの彼に、私はゆっくりと微笑んだ。
 三成の瞳が、少し潤んだような気がしたが・・・視線を逸らしたので、確認はできなかった。


「 三成も、三成らしく!新しい場所で、好きなこと追求すればいいと思うよ! 」
「 ・・・フン、貴様に言われるまでもない 」
「 でも、三成は勉強できても、友達作るのは下手だからさ、それが心配だよ。
  仕方ないから、私はもうしばらく、三成の友達でいてあげるよ 」
「 と・・・・・・とも、だち・・・・・・ 」


 なぜか泣きそうな表情になった三成を横目に、カフェオレを飲み干す。
 立ち上がると、ゴミ箱に空き缶を捨てる。酷く落ち込んだ様子の三成の肩を叩く。


「 ご馳走様。私はこれで帰るね 」
「 ・・・なら、送ってやる。バイクで来ているからな 」
「 え、今日はもう用事とか、ないの? 」
「 ・・・まあ、あるにはあったが・・・ 」


 鞄を肩に背負うと、三成も立つ。
 すらりとした長身。一切無駄のない肉付きをした身体は、見かけよりも逞しい。
 急に早足で歩き出した彼の背を、私は慌てて追いかける・・・が、突然立ち止まった。
 どん、と見惚れていた背中にぶつかって、堪らず悲鳴を上げた。










「 今日は、もう少し・・・の傍に、居たくなった・・・ 」










 急接近した三成の細い瞳が、優しく私を見下ろしていた。








 他の皆の前では、いつだって仏頂面なのに( だから敵も作りやすいんだけれど )
 本当はとっても不器用で、他人にどう接したらいいかわからない、子供のようなオトナなのだ。


 なのに、いつしか・・・『 私 』にだけ、心を開いてくれるようになった、三成。








 そんな私でも・・・久しぶりに拝めた『 笑顔 』に嬉しくなって、腕を絡ませる。










「 な・・・っ!!きゅ、急に!ち、ちちちちか、近寄る、なァァァ!! 」
「 ねえ、どこか寄っていこうか!お腹空いちゃった! 」
「 ・・・貴様、今、俺の買ったカフェオレを飲んだだろうが・・・ 」
「 暖まったらほっとしちゃったんだもーん。あ、それとも、近いからうちに来る? 」
「 ・・・・・・!!ひっ・・・一人暮らしの女の家になど、男の俺、が・・・!! 」
「 そうだよねー、散らかっているからやめよっか。彼氏彼女でもないしね 」
「 ・・・・・・・・・ッ!!! 」












 口をパクパクし出した三成が、最終的には観念したように、勝手にしろ、と溜め息を吐く。
 笑った私の白い息は、高らかにふわりと宙に舞って・・・。






 ・・・彼の吐息と一緒に、厚い曇に覆われた冬空へと溶けて行った。











ブ レ ス ホ ワ イ ト





( 混じり合う、彼と私の白い吐息。交じり合う、彼とハートと、私のハート )






Title:"わたしのためののばら"
Material:"Sky Ruins"