持ち上げた椅子は、予想以上に重く。
ふらついて、それでも踏ん張って、ようやく体勢を整えた。


ゴト・・・ン


重そうな ( いや、実際重かったんですが ) 椅子を窓辺に置いた。
ガラス窓を開けると、爽やかな風があたしの頬を撫でた。
射しこんだ陽の光が、真っ赤だった。もうすぐ山の陰へと沈むのだろう。
目の前に、大地を潤すフェイタス河と、雄大なソルファレナの大地が広がっている。
もうすぐ・・・陸路か、水路を使って、あのヒトは還って来る。


あたしは夕焼けの中、独りで椅子に腰掛けた。
手を伸ばせば届く範囲に、包帯や数々の薬品が用意されている。
・・・みんな、自分で用意したものだ。


軍の中でも、最前線で戦っていると聞いた。
・・・彼は、優しいヒトだから・・・
共に戦った、最前線の仲間を医務室へと運び込み、次に後軍の負傷者を優先させる。
自分だって・・・敵の群れに突っ込んでいるのだから、軽症でないはずなのに。









「 ・・・こんな、怪我で・・・よく、歩けたものですね 」
「 あはは、見た目ほど酷くないよー 」




半年ほど前、戦争を終えて。
いつものように、ご主人様の身支度を整えようとしている時だった。
胸部にどす黒くこびりついた血が、その傷の深さを物語っていた。




「 ・・・れ、どこ行くのー? 」
「 医務室です。お医者様を呼んできます 」




そこで待っていて下さい、と翻した身体を、すっぽりと包み込まれる。
腰に回されたのは、軍人の腕だ。暴れたところで、自力で逃れられるワケがない。




「 離し・・・! 」
「 だーめ!今、戦争終わったばかりで、医務室いっぱいいっぱいなんだからー 」
「 でも、その傷じゃカイル、が・・・ 」
「 平気だってー。じゃ、後で包帯だけ貰ってきて。ね♪ 」




ぎゅーっ!と抱き締められて頬擦りしたのは、引き止めた行為とは無関係だろう。
踵で思いっきり彼の足を踏むと、泣きそうな声と共に、腕の力を緩めた。









・・・そんなコトがあってから。
彼の手当ては、あたしが引き受けている。
シルヴァ先生に理由を説明して、応急処置の仕方を教えてもらった。
暇を見つけては、ムラード先生相手に薬品の知識を習っている。
カイル様も、そんなあたしを見ていたのだろう。
自然と・・・戦争から還って来ると、医務室には寄り付かず、
あたしの前に傷を晒すようになっていた。


茜色の光の中で、何かが動いた。
あたしは瞳を細める。次第にその粒は大きくなり・・・




「 還ってきたぞ・・・! 」




別の部屋でも、還り来る戦士たちを待ち侘びていたのだろう。
そんな歓喜の声が上がると、城内の空気が熱くなっていくのを感じた。








もうすぐ・・・あのヒトが、還って来る・・・!








軍勢の中に、彼の姿がないか、瞳をそらすことなく見つめた。
呼吸の感覚が、少しだけ短くなる。
ああ、まさか『 いない 』なんてことは・・・・・・




「 たっだいまー!! 」




大きな音を立てて、背後の扉が開いた。
あたしはビクリと肩を震わせて、声の主を見つめた。




「 カ・・・ 」
「 報告の先駆けで、みんなより少しだけ早めに還って来たんだー・・・っと 」




遠い昔に負った傷は、もう癒えている。
その胸の中に飛び込んだあたしを、あの頃のようにぎゅっと抱き締めてくれた。
夕焼け色に染まった唇が、そっとあたしの額に口付けた。




「 ・・・ただいまー 」
「 お還り・・・なさいませ 」










・・・後日、私はこの窓辺に立つ。




貴方が、また無事に還って来てくれることを・・・心から、信じて







02: 窓辺


シリアス5のお題








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  01 空も飛べるはず   02 窓辺   03 嵐の夜   04 If...   05 刻印