視界を横切ったのは、漆黒の流線。


音は無いはずなのに、サラサラと髪の流れる音がしたような気がした。
・・・日本人って、みんな、こんな綺麗な髪をしているのかしら。
( だとしたら、あたしも日本人に生まれたかったな )


熱帯夜に相応しい、激しい遊戯の痕が、あたしの小振りの胸に付いていた。
相手をしてくれた彼の胸には・・・それだけではない。
紅く散らした花びらの傍に、見慣れない紋様。








・・・それが、『梵字』と呼ばれるモノだと教えてくれたのは・・・








「 あんまり神田クンを困らせちゃ、いけないよ 」




書類に囲まれたコムイさんは、諭すようにそう言った。




「 どうして!?コムイさんは何か知っているんでしょ? 」
「 そりゃぁ・・・まあ、ね。ホラ、上司ですから 」




本人はそう思っていないにしても、ねー。
いつものようにヘラヘラと笑ってみせたが、そんなコトで誤魔化せるはずがない。




「 コムイさんっ!!真面目に・・・ 」
「 神田クンに、その理由を尋ねてみた? 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・答えて、くれた? 」




元気の無い茎のように垂れた首を、ぷるぷると左右に振る。
コムイさんの小さな溜息が聞こえて、あたしは更に惨めな気持ちになる。


・・・悔しい。
『秘密』を共有できない、という事実。
それは神田が・・・あたしに心を許してくれてない証拠なのだ。




「 神田クンが喋らない限り、僕も話すことは出来ないよ 」




神田はあたしに全てを打ち明けてくれた、と嘘を吐くことも出来た。
けれど、それをしなかったのは、神田があたしに心許さずとも、
あたしだけは彼を裏切ってはいけないと、思ったから。


頭の天辺に、大きな手の重みを感じた。
見上げると、そこには慈愛に満ちた笑顔。




「 大丈夫。時が来れば、神田クン自ら教えてくれるよ 」
「 ・・・コムイ、さん・・・ 」




・・・この、大きな手に何度助けられただろう。
信じられる。彼が、いつかあたしに打ち明けてくれる日を待とう。
あたしは、多忙な科学班室長に背を向けた。








神田は、小さな呟きと共に、ごろりと寝返りをうった。
それでもあたしの身体を離さないところに、愛を感じられずにはいられない。
嬉しさにクスクスと笑って、そっと・・・彼の胸に、指を這わせた。




「 ・・・愛し、てるよ 」








たとえ、貴方にどんな『秘密』があろうとも。


貴方を、精一杯・・・愛しているから。








「 ・・・・・・おい 」

舌打ちと共に降って来た、愛しいヒトの声。
半開きの瞳が、眠気と不機嫌さを物語っていた ( ひーっ!! )




「 か、神田・・・おはよー、ご・・・ 」
「 くすぐったいんだよ、テメェは! 」




メラリと怒りの炎を浮かべて。
神田の指が、あたしの鼻を摘んだ・・・っ!!( ふ、が・・・っ! )




「 あにふんひょひょーっ! 」
「 ごちゃごちゃ考えずに、今は眠れ・・・この、馬鹿が 」




・・・何で、わかったの?


ぱっと指を離して、背を向けた彼。
その背中に問うてみたかったけれど、神田の耳は真っ赤だった。
・・・あたしの気持ちなんて、とっくにお見通しらしい。
そんな彼がまた愛しくなって。




「 神田 」
「 あ? 」
「 どんな『神田』も、愛してるよ 」










意地悪なセリフを、桃色の耳元で囁いて。




きっと染まっているであろう頬に、音を立ててキスをした。







05: 刻印


シリアス5のお題








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  01 空も飛べるはず   02 窓辺   03 嵐の夜   04 If...   05 刻印