閉まった扉を頬杖ついて眺めては、溜め息を吐いている。
ごほん!とわざとらしい咳に、呂蒙がはっとして頬杖を解いた。
慌てて執務に取り掛かろうとするが、既に硯の墨が乾いていたのだろう。
焦る呂蒙は立とうとして椅子をひっくり返し、何も無いところで躓いて整理された竹簡をぶちまけた。
悲鳴じみた声を上げた上司に、陸遜の堪忍袋の緒が切れた。
「 いい加減にしてください、呂蒙殿!! 」
「 り・・・陸、遜 」
「 彼女がこの部屋を去ってからもう随分時が経っているというのに!貴方と来たら! 」
のことばかり!と言おうとしたところで、呂蒙が慌てたように陸遜の口を押さえた。
二人しかいない執務室なのに、何をそんなに慌てているのか・・・。
呂蒙がきょろきょろと見回すたびに陸遜の顔も左右に揺れていたが本人はそれに気づいていない。
陸遜は、動揺もせずに呂蒙のされるがままになっていた。
やがて・・・気が済んだのか、ほっと肩の力を抜くと拘束していた手のひらが離れる。
「 すまなかった、陸遜。いや、その・・・本当にすまない。私が悪かった 」
低頭し、両手を合わせて拝むように謝る呂蒙に、陸遜は何かを言いかけて・・・止めた。
こうも反省の意を素直に示されると、畳み掛けてしまうのも気が引けた。なんせ、相手は上司だ。
その代わり、とでも言うように、鬱憤の全てを篭めた大きな溜め息を一つ。
途端、びく、と呂蒙の大きな身体が震えた。陸遜はやや冷ややかな視線を送る。
「 好意を寄せている女性が現れれば慌てるのもわかります。でも、今は執務中。
は文官として、呂蒙殿に確認したいことがあって数刻前に訪れました、でも!それだけです! 」
「 ・・・わかっている。しかし陸遜、その言い方は若干傷つ・・・ 」
「 それだけ、ですッ!! 」
だむ!と執務室の机を叩けば、額に汗が浮かべた呂蒙は何も言わずにこくりと頷く。
その反応に満足した陸遜も一度頷き、机に置いてあった呂蒙の茶を一気に飲み干した。
あ、と口の開いた呂蒙だったが、一息つけたのか・・・彼の視線が緩んだ。
「 呂蒙殿に一度お聞きしたかったのですが・・・の、どういうところが好きなんですか? 」
発言の意図に呂蒙は疑問符を浮かべる。勘違いしないでください、と陸遜は付け足した。
「 同じことが起こらないよう、対策を練る必要がありますので。呂蒙殿のご意見を参考にさせて下さい 」
「 起こらぬよう今後は注意するが・・・そうだな 」
文官としても優秀だが、何より細やかで気のつく女性だ。
その優しさに、ひと時の安らぎを覚え、呂蒙はいつも癒されるのだ。
だからありがとう、と素直に伝えると、少しだけ頬を染めて、どういたしまして、と笑う彼女が好きだ。
空気が柔らかくなる瞬間。笑顔が伝染したように、呂蒙自身も自然と笑顔になる。
「 俺は必死に勉学に励んできたが、足りないものを彼女に教えられた気がするんだ 」
「 ・・・そんなに優秀な人間でしょうか。呂蒙殿と私とでは、に対する印象が随分違う気がします 」
「 ほう、そうか?では陸遜の中で、彼女はどんな印象なんだ 」
「 彼女は・・・は、 」
何もないところで転ぶ、余所見をしてぶつかる。竹簡を拾っている姿を見るのは数度じゃ済まない。
す、すみません!と謝ってばかり・・・苛々する。陸遜は無意識に、目で追っていた。
耐え切れずにしっかりしなさいと一度忠告した時、彼女ははまた頭を下げて自分を恥じ、唇をかみ締める。
黒髪の奥で目が潤んだから泣かせてしまったのかも・・・けれどは気丈に振舞って、その場を去った。
悪気のない彼女を責めた罪悪感と、ふいに見てしまった涙に、顔が火照って胸が締め付けられた。
この接触がと陸遜、二人の唯一の邂逅。でも、更に目が離せなくなって・・・。
「 ついに目がいくと、そんな自分が嫌になります。呂蒙殿が彼女に抱く想いとは正反対ですね 」
「 陸遜・・・いや、お前それは・・・ 」
と言いかけて、呂蒙は口篭る。自分はそれを教えてどうするのだ。
とうの本人は腹正しい気持ちを隠す様子もなく、ああもう!と言いながら乱暴に筆を走らせる。
拗ねたような顔。だけど本気で嫌がっている表情ではない。
を思い浮かべて唇が緩んでいるのを気づいていない・・・呂蒙は悟ると、こっそり溜め息を一つ。
これは身近にとんだ強敵がいたもんだ、と頭を振ると、また陸遜に怒られないうちに竹簡へと向き合った。
It can't be helped
しかたがないよ!
( だってきみに世界で一番、しあわせでいてほしいんだ )
capriccio
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01.陸遜&呂蒙 02.三成&家康 03.楽進&李典
04.幸村&佐助 05.文鴦&夏候覇
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10.?( secret )
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