「 派手にやったなあ、三成 」






 どこからともなく声がして、櫓の上から降ってきた男は家康という。
 背後の櫓は、見上げて顎を最大限に伸ばさなければ見上げられないほど高いというのに。
 すとん、と砂埃も立たない足取りで着地し、三成と並んだが彼は振り向きもしない。


「 当たり前だ。秀吉さまに逆らう狼藉者を、ただでは赦しはしない 」
「 まあ、死人がいないってのが奇跡だな。さすがだな、三成。これで約束は果たせたわけだ 」
「 ・・・・・・フン 」


 鼻を鳴らした三成の顔が、どこか赤い。
 それを見た家康は苦笑を浮かべる。ほんと、全く素直じゃないなあ三成は。
 いつもの彼ならこの程度ではすまない。まず死人が出てない戦など、初めてだ。
 それを実践して見せたのが、世間から恐れられている三成なのだから、人は腰を抜かすほど驚くだろう。
 ・・・だけど、彼だけの功績ではない。三成を動かしたのは別の力だ。


「 これで、帰ってにいい報告が出来るな。お前の策通り、血が流れることはなかったとな 」


 秀吉殿の片腕である半兵衛様の元で、軍師としての才能を開かせる、二人の幼馴染。
 小さな鎮圧戦を任されるようになり、今回、三成を指名したのは彼女だ。家康は控えの将として。


「 きっとは・・・幼馴染のお前が、他人から避けられるのが見ていられなかったのだと思うぞ 」


 それだけのことを、三成は秀吉様の正義の名の下で、執行してきたのだから。
 だが三成は顔色一つ変えずに、鼻でせせら笑う。


「 余計な世話だ。奴こそ・・・軍師などを目指さず、どこぞの奥にでも輿入れしていればいいものを 」


 戦事に首など突っ込まず、女としての当たり前の幸せを選んで欲しかった、と言いたいのだろう。
 家康だった同意見だったし、彼女が軍師を目指すと聞いた時は最後まで止めた。けれど決意は固かった。


「 家康のことも三成のことも、放っておけない。何より私が傍に居たいの、だったかな。
  あれは効いたな・・・の方から求婚されたのかと思って、内心焦ったぞワシは 」
「 ・・・お前の脳内は常に沸騰しているな。いい加減、目を覚ませ 」


 もうここに用はない、と踵を返す三成。
 相変わらず、どこか勝手で奔放な三成を放っておけないのは、家康も同じだ。
 やれやれ・・・と小さな溜め息を吐いて、大きく伸びる。前を歩く彼に語りかけるよう、声を張った。


「 まああれだ!はいずれ、ワシの奥に輿入れしてもらうからな!三成が心配することはないぞ 」
「 ・・・家康、貴様・・・ 」
「 まだ本人に了承はもらってないがな、はは・・・ってうおッ!? 」


 目にも留まらぬ抜刀。それを間一髪でかわすと、耳元で空気のしなる音がした。
 居合いの達人である三成が本気を出すと、かわすがやっとだ・・・って本気なのか!?
 俯いた三成の顔色はわからない。ただ・・・殺気に満ちていることくらいは、幼馴染でなくても判る。
 み、三成・・・とどもっって一歩あとずさった家康に、氷点下にも等しい視線が突き刺さった。


「 家康、やはり貴様が唯一の死人となれ・・・には私からお前の死を伝えておく 」
「 ほ・・・本気なのか、三成 」
「 私はいつだって本気だ。死人に口無し、その軽口を二度ときけぬようにしてやる・・・ッッ!! 」


 刃の切っ先が家康の喉下に定められる。額に浮かんだ汗を拭うと、家康は平常心を取り戻した。
 がきん!と両拳を合わせると、そのまま体制を低くする。
 三成も、家康の戦闘体制を悟ると迎え撃つように彼も両脚に重心を置き、腰を落とした。


「 今日こそ決着をつけるとするかッ!三成!!を貰い受けるのはワシだ!! 」
「 ほざけッ!は・・・どんなことがあっても貴様のような輩には渡さぬぞ、家康ぅうッ!!! 」


 去ったはずの殺気に、なんだなんだと人々の注目が集まるが、その中心を認めると散り散りに逃げた。






 ・・・このことを知れば、あの幼馴染は、いつまで喧嘩してるの!?と怒るだろう。
 だがそうやって構ってもらえることこそ嬉しい、という二人の心情を知ればどんな顔をするだろう。
 が時折見せる、困ったような笑顔が・・・これまた可愛いんだな、と家康がにやける。
 それが余計、三成の殺気を高めたようで、慌てて三成に集中する。彼にだけは気を抜けない。


 何故なら、三成だけが色んな意味で・・・本当の敵、だからだ。












 水と油のように決して相容れない二人。特に・・・幼馴染の少女のことになると、どちらも一歩引かず。




 大地を揺るがす光と轟音が、誰も居ない戦場に響き渡った。












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capriccio

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