ぱちん、と乾いた音が昼下がりの午後、庭先に響いた。
途端に李典が眉を顰めたのを見て、楽進は内心ほくそえむ。李典は勘の冴える男だが、自分は元文官。
武将が共に鍛錬をすることで人間関係を養うように、囲碁の場数なら李典よりはるかに多い。
それがわかっていながら、私としたことが・・・調子に乗ってしまいました。
「 ( ですが、この勝負・・・もらいました ) 」
勝ち負けにこだわってしまうようになったのは、武官としての自覚が芽生えてきた証拠だろうか。
顎に手を当て、ううーんと時折唸るような声を上げる李典。
最初のうちは碁石を置くのも早く、割と囲碁は強いほうだぜ!と嬉々として勝負に臨んでいた。
対照的に楽進は控えめに、控えめに、と努めながらも、彼の気づかないところで攻める。
その甲斐あって・・・彼が勝負に出れる『 駒 』はもう潰した。
李典が一手先、二手先を読んでどこに打ったとしても、楽進の勝利が確実だ。だが李典は諦めない。
それでも、この戦況をひっくり返すことができないか、と彼は必死に考えているのだろう。
李典の苦悩する顔を見ながら、静かにその時を待った。
「 ああああッ!くっそー、仕方ないな・・・じゃあここだ!! 」
八つ当たりもいいところ。ぺちん!と叩くように碁盤に石を置いた。
そして不貞腐れたのか、むすりと怒ったような顔でそっぽを向く。
機嫌を損ねてしまいましたか、と楽進はそんな彼を心配しつつも、碁石を握った。
・・・打つべき場所は予め決まっている。楽進が碁盤に指先を滑らせる。
自分の勝利を確信して、堪えきれない笑みを浮かべた時・・・だった。
「 そういや・・・のことだけどさ 」
「 え 」
愛しい人の名を耳にして、反応しないほうがおかしい。
反射的に顔を上げた楽進の指が、ふいに碁石から離れた。気づいた時にはもう遅い。
予想より早く離してしまったのが運のつき。目を剥いた楽進を、李典が覗き込む。
「 よーっし!次は俺の番だよな 」
「 ちょ、いや、あの、李典殿!い、今のはな・・・ 」
「 今のはなし、とか男気ないこと・・・楽進殿は言わないよな? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
う、と言葉に詰まった楽進と対照的に、頬杖をついた李典はしたり顔だ。
にしし、と笑って手のひらの碁石を転がした。
「 あの、李典殿・・・それで、その・・・殿がいかがしたのでしょうか 」
「 うん?気になる?気になるの???楽進殿 」
「 い、いえ、気にならない訳がないというか・・・とても気になりますっ!だから教えてください!! 」
「 今はだーめ。そうだな・・・せめて、この一局が終わってからかな 」
「 ( ・・・卑怯、な ) 」
だが・・・何も言い返せない。
思いも寄らぬ『 駒 』の出現に、楽進はがっくり肩を落として、李典の一手を見つめていた。
打って変わって自信満々の表情で、これからの戦局を読もうとしている。
・・・の名を出されてしまえば、自分はこんなにも動揺してしまう。
見抜かれているのは非常に悲しいが、そんな己の性すら・・・を想う証だと思えば愛しかった。
諦めたようにふっと笑って、やれやれと小さく首を振った楽進だったが。
李典の放ったその一手に、やっぱり悲鳴を上げることになる。
It can't be helped
しかたがないよ!
( だってきみに世界で一番、しあわせでいてほしいんだ )
capriccio
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01.陸遜&呂蒙 02.三成&家康 03.楽進&李典
04.幸村&佐助 05.文鴦&夏候覇
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10.?( secret )
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