桶に浸した布を掬い上げて、ぎゅと固く絞った。
それを広げ、額に乗せてやる。つかの間の快楽に、眉間の皺が解かれたのを見て、自分もほっとした。
「 大丈夫かい、旦那。何か食べたいものある?? 」
「 ・・・、殿・・・ 」
「 あのねー、それ冗談にならないから。俺様だよ俺様、ちゃんなら別室でお医者殿と話してるよ 」
ぺち、と真っ赤な頬を叩くと、幸村が薄っすら瞳を開いてそのまま茹蛸になった。
本気で俺とちゃんを間違えたな・・・と佐助が冷たく見下ろす。
その冷たい視線をまともに受け止めた幸村は、す、すまぬ佐助・・・と素直に謝ったが。
「 なんだ佐助か、って聞こえるんですけど! 」
「 ・・・男のヤキモチは見っとも無いと、お館様が仰ってたぞ・・・お館様、おやか、た、すぁむぁ 」
「 ヤキモチなワケあるかいッ!っていうか、叫ぶ余裕あんなら熱なんか出すんじゃないよ 」
むしろちゃんが早く戻ってくればいい、と思っている。
戻ってくれば、じゃないな。戻ってきて欲しい。俺だってちゃんが大好きだから逢いたいんだ。
・・・なのに、新婚旅行と称した小旅行から帰って来た途端、この様だ。
どうやら風邪のようだが、以前のように甲斐甲斐しく世話を焼いていてもちっとも楽しくないというか。
幸村の妻となった彼女とも、まだ今日はほとんど喋っていない。
佐助さん、いつも見守ってくれてありがとう、と鈴の音のような声で微笑む彼女が大好きだった。
旦那のことものことも、親愛の情で愛してる。なのに、いまいち気分が晴れないのは何故だ。
「 ・・・これ、ホント嫉妬だったらどうしよう・・・・ 」
そう佐助が独りごちた時だった。目の前の幸村が、とんでもない勢いで飛び起きる。
「 佐助ぇッ!嫉妬とは何事だ!殿にか!?何と、殿に嫉妬とはぁぁぁ! 」
「 旦那・・・俺様、ちゃんに嫉妬してるとか一言も言ってないけど 」
肩を掴まれ、がくがくと前後に揺さぶられながら、佐助はぼんやりと考えた・・・ああ、そうか。
「 殿でないとしたら、某に、か!?お主、ま、さか・・・ 」
「 なわけないじゃん。本当にそんなんだったら、旦那には悪いけどとっくに掻っ攫ってる 」
「 かっ・・・! 」
絶句した幸村を見て、にっと佐助が意地悪い笑みを浮かべる。
熱が侵食した身体で動くのは余程辛かったのだろう。日ノ本一の兵が、どさりと寝台に落ちた。
さすがにイジメ過ぎたか。ついついからかってしまうのは、弁丸と呼ばれた幼少期から見ているから。
自分自身に言い訳をしつつ、幸村の枕元に腰を下ろす。
だーんな、そんな格好で寝てると悪化するよー・・・と布団をかけようとした時だった。
「 許せ 」
と、顔をうつ伏せに伏せた幸村が呟いたのは。佐助の頭の中に疑問符が浮かぶ。
「 いくら佐助が想おうとも、殿だけは譲れぬ。殿だけは駄目だ 」
「 ・・・旦那・・・ 」
「 だから、許せ 」
表情は見えないけれど、その周囲が滲んでいるから泣いているのだろうな、と思った。
・・・なんて卑怯な。俺だってちゃんを独り占めできたら、って思う。
でもさ、旦那のことも好きなんだ。忠誠心とかそーいうの抜きにしてもさ。
だから・・・嫉妬というより寂しかったんだな、俺様。置いてかれた子供のように。
こんな感情、認めたくなったなー。んーでも向き合ってみればそんなに怖いことじゃない。
幸村は佐助を全幅の信頼を寄せている。佐助も同じくらい、幸村を信じている。
そしてだって。お医師殿の話だって、俺が聞くって言ったのに。
佐助さんがいるなら安心ね、申し訳ないけれど代わりに看病お願いしてもいい?と席を立ったのだ。
夫婦って似るのかな・・・やんなっちゃうよ、信頼されることってこんなに心地良い感情だったなんて。
佐助は独り照れたように頭を掻いて、ホラ旦那!と布団から幸村を引っぺがす。
「 足音が遠くから聞こえてきた。ちゃんだよ、きっと。しゃんとしなきゃ 」
「 うむ・・・うむ・・・ 」
泣いていたかと思えば、薬が効き始めたのかとても眠そうだった。
意識をなくした主をひっくり返すと、布団を被せる。楽になったのか、幸せそうな寝顔。
結婚しても変わらないな、と佐助は苦笑する。
そして『 二人 』になった主をこれからも見守っていける自分も、幸せそうな顔をしているだろう。
そろそろ彼女が到着しそうだ。障子に影が映ったのが合図のよう。
襖が開くまで3、2・・・1・・・・・・。
It can't be helped
しかたがないよ!
( だってきみに世界で一番、しあわせでいてほしいんだ )
capriccio
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