「 だーかーら!何を食べたら、そんなに大きくなれるんだ、っつー、の! 」
どん!と乱暴に置いた杯から溢れた雫が、机を濡らした。
向かいに腰掛けた文鴦が、はあ・・・と曖昧な返事を漏らしたのが、また気に食わなかったらしい。
夏候覇はじと目を遠慮なくぶつけ、真っ赤な顔して机に突っ伏した。
「 俺だって・・・俺だって、もっと背ぇ、欲しかったのに・・・ 」
父さんの馬鹿、と呟いて、口元をむにゃむにゃと緩めていた。
眠ったのだろうか・・・と思ったが、それでも時折何事か呟いている。唸り声も聞こえる。
彼と同じ杯を握って、文鴦は一口含む。そんなに強い酒ではないはずなのだが・・・。
普段、人当たりが良い好青年が真っ赤な顔をして、こんなに絡んでくるなんて。
夏候覇殿の別の一面を見てしまった、と内心で文鴦が頷いていると。
「 文鴦ぅ!俺の話、聞いてるかっ!? 」
「 は、はい。もちろん・・・ 」
「 よぉっし、じゃあ言ってみろ!何を食えば俺の背が伸びるか、だ!! 」
「 それは・・・残念ながら、私たちの年齢では既に成長期は過ぎたかと 」
文鴦の性格を表したかのような、至って生真面目な回答に。
うあああ!と悲鳴じみた声を上げた夏候覇を何事かと、周囲の客がぎょっとする。
どうやら視線を集めてしまったようだ。文鴦が周囲に頭を下げる。
肝心の夏候覇も、自分のしたことに気づいたらしい。
ぶす、と膨れたままだったが、悪ぃ・・・と文鴦に謝ってきた。
「 ・・・一体、何があったのですか?夏候覇殿 」
文鴦が、彼と酒を挟むのはこれが初めてではない。
以前、夏候覇と呑んだ時は、夜明けまでそれぞれの思いを熱弁し、国の行く末を語り合った。
明るいだけでなく、強い志も持つ夏候覇に好感を持ったからこそ、今夜も誘われて嬉しかった。
「 ん・・・いやいやいや・・・何でも、ねえよ 」
「 夏候覇殿、そんなはずないでしょう 」
「 ・・・元はといえばアイツが悪いんだ。アイツが、が、俺と背が並ぶほどでかくなるから・・・ 」
「 殿?何故そこで、殿の名が出てくるのですか? 」
酔いから一瞬醒めたように、夏候覇が自分の口を慌てて押さえるがもう遅い。
机に突っ伏して隠れてしまおうとするのを、文鴦に止められて、夏候覇は泣きそうな顔をしていた。
「 だ、だってが、すっげ嬉しそうな顔で、俺と背丈が並んで嬉しいって言ったんだ・・・!
ずっと俺の方が高かったのに、だから安心してたのに・・・アイツ、俺の気持ちも知らないで 」
ぐす、と鼻を啜って文鴦の手を振り払うと、今度こそ机に突っ伏す。
さすがの文鴦も・・・ようやく事態を把握して、気が抜けたような溜め息を吐いた。
というのは夏候覇の幼馴染の名だ。年若い彼女はまだ成長期。追いつくのも無理はない。
だけど・・・それが、夏候覇の自尊心を逆撫でしてしまったようだ。
きっと悪意はない。幼馴染の背中を追いかけてきた彼女は、純粋に嬉しかったからそう言ったまで。
文鴦はくつくつと笑って、わざと明るい声を出して、夏候覇殿!と気丈に声をかけた。
「 背丈などお気になされるな。貴方ほどの雄姿を、私は見たことがありません 」
「 ・・・文鴦・・・ 」
「 大丈夫です。そのくらいで、殿のお気持ちは夏候覇殿から離れることはありませんよ 」
「 い、っ!いやいやいや!!あの、そ・・・俺、俺は、のこと、なんて・・・!! 」
夏候覇殿の気持ちをお伺いしたつもりはないのですが・・・と突っ込もうとして、止めた。
否定するようにぶんぶんと手を振り回していた彼は、必死に酒を煽って場を誤魔化そうとしている。
理由がわかれば、あとはとことん付き合うまで。幸い、明日はお互い休みであることも確認済みだ。
よし、と文鴦も覚悟を決めて杯を傾ければ、洛陽の夜は穏やかに更けていった。
It can't be helped
しかたがないよ!
( だってきみに世界で一番、しあわせでいてほしいんだ )
capriccio
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