今宵の宴も、最高潮に盛り上がっていた時だった。
先頭を歩いていた女中が、彼女の部屋の襖を開ける。
襖の前までは何度か足を運んだことがあるが、こうして実際に入るのは初めてだ。
武田の一の姫だというのに、質素な生活を好むところが殿らしい。
「 奥が寝室でござるか? 」
「 左様でございます。水を持ってまいりますので、姫をお願い致します 」
「 相解った 」
頭を下げた女中が下がったのを見送ると、某は部屋へと一歩踏み込む。
きょろきょろと部屋を見渡す。左側の襖を開けると、真白い布団が引いてあった。
宴に参加して酔うであろう殿がすぐに横たわれるよう、城の者が配慮したのだろう。
「 ・・・ん、・・・ 」
胸元で彼女が吐息を漏らす。それだけで、某の肩が震える。
・・・べっ、別にやましいことをしている訳ではないのでござるがっ!
こここんなにあからさまに反応しては、腕に抱いた彼女が起きてしまうのではないかと内心焦っている。
ど・・・どうも先程からおかしいのだ・・・何故か、今夜は過敏になって、いる。
今夜は、お館様が愛娘である殿の為に開いた『 婚約者選び 』の宴だった。
目論みに気づいてからは、わざと酒を煽って失態を見せることで諦めてもらおうとしていたようだが・・・。
鼓動高鳴る自分とは裏腹に、殿はぐっすりと眠っていた・・・それも、とても気持ち良さそうに。
こんなあどけない表情をされては、結婚などまだ早かろうと、某でも思ってしまう。
敷かれた布団へと殿を移す。起こさないように、そっと下ろそうとしたのだが。
浮遊感に逆らうように、寝返りを打つ要領で殿が腕の中で転がる。拍子に、某も転がった。
「 なっ・・・!! 」
咄嗟に伸ばした腕に力を篭める。
覆い被さる・・・のは、かろうじて避けることが出来たが、枕元を挟むように腕をついてしまった。
おかげで、喉元に感じる彼女の吐息から察するに距離は無いに等しいようだ。
な、何度も言う訳ではないのだが、決してやましいことなどし、していないのでござるっ!
そのまま腕の反動を利用して身体を起こせば良いだけのこと。
殿は寝ているし、気づかれることなく離れれば・・・と思った矢先、だった。
「 ・・・ゆ、きむ、ら・・・ 」
桃色の唇が、触れた顎の下で吐息混じりにもぞりと動いた。全身が粟立つのを感じた。
声を上げないようにするのがやっとだった。
今日はどこか違う、彼女に何故か反応する・・・なんて範疇は、あっという間に超えてしまった。
何とか身体を起こして、震える両手を唖然と見つめる。
殿に何をした訳でもなく、彼女に何をされた訳でもないのに・・・この背徳感は、何だ。
それと同時に沸き上がる黒いものが、透明な水に混ざる墨の如くどろりと心の中に溶け出していく。
「 ・・・・・・、殿 」
眠ったままの姫君は、相変わらず夢の世界の住人だ。
・・・だけどどこか違う。いや、変わったのは某の眼であり、『 心 』だ。
彼女のことを、ただの『 お守りするべき武田の姫君 』として見つめるだけなど、もう、できやしない。
どうして気づかなかったのだろう。どうして当たり前のように接していられたのだろう。
その頬も、唇も、長い睫も、横たわった細い肢体も・・・この幸村を、黒く染めることに。
気がつけば震えたままの手を伸ばしていた。
吐息を漏らす彼女の唇は柔らかい・・・この世にこんなに柔らかいものがあるとは知らなかった。
そのまま上唇をなぞり、指の腹がふっくらとした下唇を撫でた。ん、と漏らした声が某の理性を揺さぶる。
無意識に喉の奥からが唸り声が上がり、牙を彼女の首筋に立てようとした瞬間。
「 お水をお持ちいたしました 」
と、襖の向こうから声がかかる。先程の女中が、酔い醒め用の水を運んできたのだ。
「 ・・・あ、ああ・・・後は、頼む 」
そう言い残して、逃げるように部屋を後にする某を不思議そうに見つめる女中の視線があった。
だけど、気にしてなどいられない。早く、い、一歩でも遠ざからねば!
そうでなければこの衝動を抑えきれずに、欲望のままに殿を歯牙にかけてしまうだろう。
「 ( どうすれば、いいのだ・・・ ) 」
内にある牙を研いでいる自分と、それを必死に堪えている自分がいる。どちらも『 某 』だ。
けれど理性が打ち勝たねば、決して表に出してはいけない感情が噴き出しそう、で・・・。
殿の部屋から遠く離れたのを確認すると、その場で蹲る。
先程まで美しく輝いていたはずの月が、某をあざ笑うかのように見下ろしていた。
Freak prelude op.3
点 火
( どうしようもなく愛してた、今でも狂いそうなほど愛してる )
capriccio
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