が走る。






 もつれそうになる足を必死に動かして、息を切らしながら細い路地を駆け抜ける。
 時々、ちらりと周囲を見渡す彼女の顔は引き攣っていた。
 こちらを刺激しないようにと冷静さを装いたいのに、全然隠しきれていない。










 恐怖に脅えたその、表情・・・堪らない。










 舌なめずりしたい衝動が身体中を駆け巡り、どくりと波打つ心臓を妬き焦がす。
 ああ、・・・貴女にこの胸の高鳴りに触れて欲しい・・・!
 私がいかに貴女を欲しているか、貴女を手に入れたくてたまらないのか、理解してほしいのだ。
 しかしこんな風に仮面で顔を隠し、視線で彼女を犯しているような今の私では逃げ続けるのだろう。


 人間みなニ面性があるとしても、私は極端な方だと思う。・・・これも、貴女のせいだ。
 貴方を想うが余り、その真摯な瞳が『 黒い 』私に向けられるのは、私も辛い。
 本当は・・・『 正体 』を知ってほしいとも思う。全部知って、受け入れて欲しいという気持ちもある。
 でも仮面の奥の私を見れば、本当の私からも逃げてしまうだろう。
 ・・・そうなれば、私はを今度こそ捕まえて離さないだろう。
 細い腕を捻り上げて、泣いて赦しを請おうと手を緩めることはない。
 だから、まだこうして視線で追うだけで済んでいることに、むしろ感謝してもらいたいくらいだ。




 自由で、天真爛漫な貴女を愛しているのに・・・自分でもどうしたいのか、わからない。


































 暗かった路地を抜け、彼女はついに大通りへと抜けた。
 足元の濃い影が薄れ、ほっとしたかのように肩の力の抜けていく背中。
 騒々しい人々の行き交う場所に辿り着いて、少し勇気が出たのか。
 背後の人影を確かめるように、そっと振り返ろうとしたところで・・・。


「 趙雲っ!! 」


 背後を振り向く直前、どこからともなくやってきた私の姿を見つけ、が叫ぶ。
 一目散に駆け寄るとそのまま私に抱きついてきた。


「 どうしたんだ、?・・・泣いて、いるのか 」
「 趙雲、趙雲・・・ふえ、え、ええぇん・・・っく、ええん・・・ 」
「 何があったんだ?私でよかったら力になろう。さ、話してごらん 」
「 ・・・ここ最近、誰かがずっと私のこと見てる。姿は見たことないのに視線だけは感じるの。
  でも、その視線だけで気が狂いそうになるというか・・・耐え、られない・・・ 」
「 誰か、とは?そこまで脅えるような熱視線を浴びる原因は、思い当たらないのか? 」


 矢次に質問を重ねると、ふるふると首を横に振る。涙がぼろぼろと零れ、とうとう嗚咽した。


「 う、っ・・・ひっく、私、何か、悪いことしたの、っく、かなあ・・・ 」
「 ・・・もう大丈夫だ、。貴女さえ良ければ、私が傍にいよう。傍に誰かいれば心強いだろう? 」
「 でっ、でも!相手がどんな人かわからないんだよ!?趙雲を危ない目に遭わすのは嫌だよ! 」
「 は私の腕を知っているだろう?これでも、貴女一人を守れるくらいには鍛えてきたつもりだ。
  貴女を見ている誰かも、男がいるとなれば諦めるかもしれない・・・駄目、か? 」


 ぐっと嗚咽を堪えるように、彼女は唇をかみ締める。
 私を守りたい気持ちと耐えられない恐怖に鬩ぎ合っているのか、迷ったように視線を泳がせている。
 彼女の両肩を抱いたまま足元に膝を突いて、懇願するような私の表情に・・・の瞳が再び潤んだ。




「 ・・・お・・・願い・・・趙雲・・・ 」




 そう呟いて、また泣き出した彼女を今度こそ抱き締める。
 愛しそうに抱え込むと、も安心した様子で私の胸に頬を摺り寄せてきた。








「 ああ、約束しよう。この趙子龍、いつまでも貴女の傍で、貴女を守ろう 」








 長い睫に踊る涙をそっと唇を啄ばんで、にそう誓う。
 願望が叶った悦びに飲み込まれそうだったが理性を総動員させ、押し止める。


 彼女が胸に顔を埋めている間に、私は外套の隙間に隠していた用済みの仮面を地面に落として踵で割った。
 ぱきん、と鳴った乾いた音は雑踏の中に掻き消える。
 泣いて腫れた顔を両手で包み、涙を拭うフリをして、下を見ないように固定する。
 さあ、とりあえず屋敷に戻ろうか、と私は彼女を促すと彼女は素直に頷き、共にその場を後にした。










 ありがとう、と繰り返す、私を信頼しきったの眼差しに・・・罪悪感の欠片も浮かばなかった。










Freak prelude op.3

火花散る、よな、熱視線



( どうしようもなく愛してた、今でも狂いそうなほど愛してる )
capriccio

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